781:予想外の遭遇
申し訳ありません、779話が抜けてしまっていたため、割り込み投稿として7/30の更新で追加となります。
7/30は最新話としての更新はありません。
唐突に響き渡ったダミ声は、坑道の入口からのものであった。
振り返れば、そこにいたのはずんぐりと背の低い、髭面の男の姿。
見ればわかる、地妖族の男性であった。
「お前らか! 何つーことをしてやがる!? メタリックディノスを呼び起こすなんぞ――お、おお?」
「あー……とりあえず、懸念しているメタリックディノスについてはこの通りだ。今片付ける」
真っ二つになったメタリックディノスの体に触れれば、その巨体は光に包まれて消失した。
パーティメンバー全員へ自動的にドロップアイテムが配られたということは、一応はボス扱いだったということだろう。
まあ、装備を作るときはパーティ単位で出しているためあまり気にしていないのだが、沢山配布される分には問題ないだろう。
「済まない、まさかこんな近くに生き残りの現地人がいるとは思っていなかった。ずっと坑道に潜んでいたのか?」
「……お前さんらは何者じゃ?」
「この地に進出してきた異邦人だ。中央を支配していた大公アルフィニールを倒したから、北を調査するためにここまで来た」
俺の言葉に、地妖族の男は息を呑む。
いきなり大公を倒しましたと言っても信用できる話ではないだろうが、俺たちがここにいること自体が証拠でもある。
「中央を攻め落とした悪魔か……ちゅーことは、ここから南西にいる大悪魔はまだなんじゃな?」
「ああ、大公ヴァルフレアとはまだ戦っていない。というか、そっちは情報も殆ど無い状態だ」
「そうか……しかし、中央の悪魔を落としただけでも朗報じゃな。その実力があるなら、メタリックディノスも問題にはならんか」
半眼を向けてくる男には、軽く肩を竦めて返す。
この坑道のルールとして、アースグロウ鉱石の持ち出しは禁止されていた。
たとえ対処できるだけの力があったとしても、ルールに反した行いであることに変わりはない。
これについては謝罪するしかないだろう。
「済まない、軽率な行いだった」
「……倒せたのならまあ良い。じゃが、やるにしてもこの近辺は避けてくれ。儂らに影響が無いとも言い切れんからな」
「ああ、約束する。ところで、他にも生存者がいるのか?」
坑道の中に潜んでいたから何とか悪魔の攻撃を避けられたのかと思っていたが、この内部は生活するには向いていない。
結界の類があるように見受けられたとはいえ、暮らしづらいことに変わりは無いだろう。
そんな場所に、果たしてどれだけの人間が残っているというのだろうか。
俺の問いに対し、彼は僅かに逡巡したものの、小さく頷いて俺たちを手招きした。
「ここで立ち話をして悪魔に見つけられたら堪ったもんじゃない。ついてきな、若いの……そっちの真龍は、しばらく隠して貰うしかないがの」
「……了解した」
一目でシリウスが《テイム》されていることに気付くとは。
こちらも言い出すつもりではあったが、どうやら優れた観察眼を持っているらしい。
彼の視線はそこそこ俺のテイムモンスターたちを注視していた様子だったが、職人の類であればそれも無理からぬことだろう。
今のシリウスは、鱗の一枚でもかなりの価値を持っているのだから。
ともあれ、言われた通りにシリウスと、後はセイランも従魔結晶に戻して坑道の中へと足を踏み入れる。
進むのは、先程とは違う更に奥へと続く道。果たしてどのような状況になっているのかと、期待しつつも改めて問う。
「俺はクオン、こっちは緋真とアリシェラ、そしてテイムモンスターのルミナだ。アンタのことはなんと呼べばいい?」
「ジョルトじゃ。しがないデュオーヌの職人じゃよ。街の方はもう滅んだがの」
「デュオーヌって、この近くにある街ですか?」
「ああ、その通り。しかし、そちらはもう悪魔の襲撃で滅んでおる」
やはり、この近くには街があったということだ。
ここまでは予想していた通りの展開であるためあまり驚くことではないが、位置関係的にそこまで生き残りがいることは驚きであった。
ここはヴァルフレアとアルフィニールの支配地の境目付近にあるとはいえ、街という大きなシンボルを悪魔が見逃す筈がない。
事実、彼らの街は悪魔によって攻められ、滅んでいるのだ。
だが、それだけの数の攻撃から逃れ、生き延びている人間がいる。それは驚くべき事実であった。
「悪魔の襲撃を逃れられた場所はほとんど見ていないが……どうやって奴らの目から逃れたんだ?」
「なぁに、色々と準備がしてあったというだけの話じゃ。何しろ、デュオーヌは職人の街じゃからな」
「っていうことは、地妖族がメインの住人ってことですか?」
「小人族や他の連中もおるが、デュオーヌには儂らの数が一番多いじゃろうな」
どうやら、鍛冶師たちにとっての聖地とも呼べる場所のようだ。
となると、俺たちよりもフィノや『エレノア商会』に向いた場所のようにも思えるが――まあ、そこは現状を確認してからだろう。
あまり派手な動きとなると悪魔に発見されてしまうリスクもあるし、まずは様子を確かめるべきだ。
しかし、気になるのは今の言い方だ。まるで、数多くの住人が生き残っているかのような発言に、真意を問い質そうとし――ふと、空気が変わったことに気が付いた。
「……これは」
風が吹いている。それも背後からではなく、前方からだ。
地面を掘り進める形で作られる坑道は、基本的に空気の動きは少ない。
ガスの滞留を防ぐためにあれこれと手を施される傾向にはあるが、ここまでわかりやすく風が吹くようなことはまずないだろう。
それはつまり、この坑道がどこかに通じているということを示しているのだから。
「ここは、坑道じゃなかったのか?」
「気づいたか、若いの。お前さんの言う通り、ここは坑道で間違いじゃあない。しかし、今はそれ以外にも役割があるってことじゃな」
明かりが設置され、ある程度は見通しが良くなっている坑道の中。
しかしジョルトは、その陰になっている場所へと足を踏み入れる。
それは偶然ではなく、光源の配置場所を調整することによって視界に入り辛くするという仕掛けだった。
僅かではあるが、風が吹いている先。明かりの見えない通路の先で、彼は岩壁にしか見えない仕掛けを操作する。
そして――岩壁がスライドするように移動して、その先に隠されていたものを露わにした。
「これは……」
「へぇ……流石に、こんな光景は初めて見たわね」
すり鉢状の階層構造となり、何本もの巨大な柱によって支えられた地下空間。
光を放つ柱によって照らされたその内部には、煙を吐き出す施設の姿がいくつも見受けられる。
それは正しく、地下都市と呼べる空間であった。
「確かに、デュオーヌの街は滅んだ。しかし、それはあくまでも地上にあった街だけの話じゃ。この地下都市までは見つけられなかったようじゃな」
「そうか、ヴァルフレアの悪魔は強力だが数は少ない。隠れ潜む相手を捜索するほどの数はいなかったのか」
「でも、いいんですか? 私たちをここに招き入れてしまって」
ジョルトたちは、今までここに隠れ住むことによって難を逃れていたのだ。
外部との接触は、それだけで高いリスクを背負うことになりかねない。
しかしながら、ジョルトはその疑問に対して首を横に振った。
「確かに、地下都市だけでも生活はできるようになっておるがの。それでも、限界はあるんじゃよ」
「つまり、その支援の依頼として俺たちを呼び込んだと?」
「単純な話じゃろう? 悪魔を退け、メタリックディノスを一蹴するほどの力を持つ異邦人――その力を貸して貰いたい、というだけのことよ」
『――《デュオーヌ地下都市の支援》のクエストが発生しました』
耳に届く、インフォメーションの音声。
どうやら、思いがけずクエストを発見することに成功したようだ。
とはいえ、内容的にはどう考えても『エレノア商会』向けの仕事であるのだが――とりあえず、話を聞いてみることとしよう。