779:アースグロウ鉱石
申し訳ありません、こちらの779話が抜けていたため、7/30に割り込み投稿の形で追加しました。
目的地である坑道を見つけることは、そう難しいことではなかった。
トロッコのレールが続いているため、それを辿って行けば済む話だったからだ。
窪地を下って行った先で見つけた、木によって補強されているぽっかりと開いた穴。
トロッコのレールは、その先へと続いていた。
「思ったよりは大きいが……それでもやはり狭いか」
「セイランとシリウスは無理そうですかね?」
「小さくしたシリウスは入れなくもないが、あの重さで踏み込んだら崩落しかねないからな……」
シリウスは重さを変えることもできるが、それでも十分すぎる重量がある。
下手に暴れれば、坑道が崩落してしまう危険性があるだろう。
この辺りに出現する魔物は俺たちだけで十分に対処できるし、セイランたちには外で見張りを頼むこととしよう。
若干不満そうではあったが素直に俺の指示を聞き、坑道の入口の両側で大人しく腰を下ろした二匹を残し、内部へと侵入する。
光源はまだ残っているようだが、あまり明るくはない。吊り下げ式のランタンを起動して、その奥へと足を踏み入れた。
「うーむ……天井が低いな」
「すぐに天井に手が付いちゃいますね」
一応、腰を屈めないでも通れる程度の高さはあるのだが、手を伸ばし切らなくても天井に触れてしまう程度のものでしかない。
下手に跳躍すると頭を強打することになってしまうだろう。それに、刀を振るう時にも注意が必要だ。
その高さの影響もあってか、横幅はそこそこあるのに狭苦しく感じる。
一方で、恐らく高さはあまり気にしていないであろうアリスは、きょろきょろと周囲を見渡しながら反響する声を上げる。
「長居は無用かしらね。例の鉱石はどこで採掘すればいいのかはよく分からないけど」
「採掘か。それもアリなんだろうが、恐らくそこまでしなくても何とかなると思うぞ?」
「その心は?」
「採掘したタイミングで選別するより、集積してまとめて選別した方が効率的だからな。おそらく、アースグロウ鉱石はそのタイミングで弾いているんだろう」
地面を掘ったからといって、百発百中で狙った通りの鉱石を得られるわけではない。
目的外の鉱石も頻繁に出現して、その中にはアースグロウ鉱石も含まれていることだろう。
しかし、それを発掘した場でいちいち弾いているとゴミが溜まってしまうことになる。
どのような方法で処分しているのかは知らないが、一ヶ所に集めてから処分する方が効率的だろう。
運が良ければ、処分されていない鉱石が残っている筈だ。
「つまり、鉱石を外に運ぶためのレールが続いている先。トロッコに鉱石を詰め込むであろう場所辺りが狙い目だ」
「ふーん……とりあえず、基本的にはレールを辿って行けばいいってことね」
レールはまだ奥へと続いている。
それを辿り先へと進んでいくが、今のところ生き物の気配は感じ取れなかった。
地面から唐突にメタリックビーストが生えてくるような気配もない。
「案外、魔物は出ませんね。ダンジョンではないっぽい感じですか」
「現地人が普通に働いていた場所なら、その辺りの対策はしていたんじゃないか? 流石に、魔物がうろついている場所で仕事はできんだろう」
洞窟っぽい場所ということで警戒していたが、考えてみれば当然のことではあった。
こういった集団が働いていたような場所であれば、魔物避けの仕掛けを施しているのも当然だろう。
元々、このような閉所で戦うことには相応のリスクがあったのだ。
魔物が出現しないなら、それに越したことはない。
「普通に採掘もできる場所なら、プレイヤーが集まってくる可能性もありますね」
「まあ、報告するのは別にいいと思うんだが……少し、待った方がいいかもしれんな」
この辺りの地質から考えれば、中々に有用な鉱脈を掘り当てられる可能性はある。
しかし、安易にそれを報告することは憚られた。
何故なら――
「こいつは、割と最近に人の手が加わっている気配があるぞ」
「え? あ、そうだ明かりが……!」
「松明じゃないだけマシだが、魔法の道具でも電灯よりよほどメンテナンスを必要とする類だ。ずっと付けっぱなしにしておいて、維持できるような代物じゃない」
短い期間ならともかく、長期間となるとこの明かりはメンテナンス無しで維持できるものではない。
消しておいたならまだしも、こうして付いているということはずっと付きっぱなしだっただろうからな。
つまり、このライトには誰かしらの手が加わっている可能性が高いということだ。
「けど、外には人の気配は無かったわよ?」
「まあ、それもまたその通りなんだよな。ここに来るまで、他の痕跡は見つけられなかった」
状況証拠となるのはこのライトだけ。
他の部分については、まだ痕跡を発見できてはいない。
何かしら、特別な技術を用いたライトだという可能性もあるだろう。
しかし、もしも本当に人の手が入っているのだとするならば――
「この状況で、まだこの坑道を利用している存在がいるかもしれない。報告するなら、その辺りを確かめてからの方がいいだろうさ」
「まあ、そうですよね。生存者がいるなら、それに越したことはありませんし……もしかしたらクエストもあるかもしれませんし」
クエストがどのような条件で発生するかは分からないが、現地人がいる場所なら発生の確率は高いだろう。
現地人の生存者を発見できたならば、是非とも接触しておきたいところだ。
まあ、まずはその前に、アースグロウ鉱石を見つけたいわけなのだが。
「クオン、レールが分岐してるわよ」
「ふむ、床回転式の方向転換機構か。頻繁に使われていたようだな」
レールは正面と、右側に続いている。
その交差部分は円形の台座となっており、九十度回転させることによってトロッコを方向転換できる仕組みとなっていた。
周囲のすり減り方からも、この機構が頻繁に利用されていたことが確認できる。
この正面が坑道の続きであるとするならば、右側は外に鉱石を運ぶ際の必要施設である可能性が高い。
「よし、右に行ってみるか」
「了解、期待できそうじゃない?」
少し上機嫌な様子のアリスは、フードの下で笑みを浮かべつつ右の通路の先を覗き込む。
どうやら、少し進んだ先が広い空間になっているようであった。
レールはそこで一度終点となっており、ここで作業をしたのちに再び外へと向けて出発する仕組みとなっているようだ。
「ビンゴ、ですかね?」
「ああ、そのようだ」
足を踏み入れた部屋の内部は、多くの棚や篭などが並んでいる。
恐らくは、ここで運んできた鉱石を選別する作業を行っていたのだろう。
どのような人々が働いていたのかは分からないが、結構な数の人間が利用していた形跡はある。
しかし、机の上にはうっすらと埃が積もっており、しばらくは使われていなさそうな様子であった。
「……あんまり、人は入っていなさそうですね」
「ああ。だが、悪魔の襲撃以来使われていないにしては、埃の積もり方が薄い。それに、その辺に足跡が残っているだろう」
「ホントね。今は使われてはいないけど、人は入ってきたってことかしら」
「そういうことだろうな。それで、必要なものだけ持ち出して行ったんだろう」
多くの人間が使用していた形跡があるのに、残されている道具が少ない。
恐らくは、何者かがこの場の道具を持ち去った後なのだろう。
その証拠にというわけではないが、この部屋の中に使える鉱石はほとんど残っていないようだ。
部屋の隅にあった大きな鉄箱を覗き込み、頷く。
「鉄とかの使える鉱石は残っていない。つまり、その辺りもどこかに持ち出したんだろう」
「結局、この坑道はもう使われていないのか、どっちなんですかね?」
「さてなぁ……現状じゃ判断はできんが、とりあえず目的のものは見つけられそうだぞ」
廃棄品のコンテナの上によじ登ったアリスが、その中からいくつかの石ころをピックアップする。
俺の目には普通の石と大差なく見えるが、どうやらそれがアースグロウ鉱石であるようだ。
「掘り返してまで探すのは面倒臭いから、とりあえず三つだけね。これで足りるのかどうかはよく分からないけど」
「どの程度効果があるのかも分からんし、それだけあれば十分だろう」
「じゃあ、戻ります? この辺りの痕跡についてはちょっと気になりますけど……」
「調べるのは後でも出来るからな。目的は一つずつ片付けた方がいいだろう」
さて、まずはこのアースグロウ鉱石でメタリックビーストを誘き寄せられるのかを確かめる。
坑道の痕跡を調べるのは、その後にすることとしよう。