777:情報収集
「緋真、情報は回ってきてるか?」
「いえ、全然ですね……多少は上がってきてますけど、まだ少ないです」
北西への道を進みながら、集まってきている情報をチェックする。
今確かめているのは、『MT探索会』が公開している情報の一覧だ。
このリストは確認済みの情報と、未確認の情報の二つに分かれていて、緋真が見ているのは未確認の方である。
流石に昨日の今日では、『MT探索会』の精鋭たちも情報の精査をすることはできないだろう――そう考えての確認だったのだが、どうやら報告そのものがまだ少ないらしい。
「今はまだ、情報を秘匿して恩恵を独り占めしようって段階なんでしょうね」
「別にいいんですけど、そのうち揉め事が起きそうですよねぇ」
「ま、それはそいつらの責任だからな。俺たちの気にすることじゃないだろうよ」
強いて言うなら、調停役となる『キャメロット』が苦労する羽目になるだろうが、そこは必要経費として受け入れてもらいたい。
情報の秘匿と独占、そして十分に恩恵を受けた後の情報公開――どのように情報を扱うかは、発見者の自由だ。
だが、こういうゲームである以上、情報を完全に秘匿しきることは難しい。
他のプレイヤーが嗅ぎ付け、情報の奪い合いになることもあるだろう。
または、出し抜く形で情報を報告し、その報酬を横取りするようなこともあるかもしれない。
実に面倒臭そうな調停役であるが、アルトリウスもその辺は理解した上で今回のキャンペーンを行っているのだろう。
「仕方ないとはいえ、アルトリウスさんも大変ですね」
「どうしても、必要にはなっちまうだろうからな……あいつ自身も強くなる必要があるし、本当に無茶をするもんだ」
果たして、あいつの業務量は今どんな状況になっているのやら。
賛美するわけではないが、あいつは人類を救う英雄になる必要がある。
過労で倒れるなどあってはならない立場だし、その辺りは上手く調整して欲しいものだ。
「ともあれ、こっちはこっちで目標は高いわけだが……流石に、闇雲に探しても見つかるのは魔物だけか」
「ランドマークでもあればいいんですけどねぇ」
地面から僅かな振動が伝わり、やがて盛り上がるように土の下より姿を現す。
恐らくはゴーレムの類であるのだが、その姿は知っているものとは少々異なるものであった。
四足歩行の、大型の獣の姿をしたゴーレム。あまり詳細な造形ではないためモデルはよく分からないのだが、どちらかというと細身な恐竜といった印象であった。
今はスキルを外しているためステータスは分からないが、名前はメタリックビースト。その名の通り、多量に金属を含むゴーレムであった。
「あまり相性が良くないんだよなぁ、コイツは」
「素材はそこそこ美味しいんですけどねぇ」
「かと言って、今更そこまで金属素材も必要じゃないのがね」
俺たちが使っている武器は基本的に成長武器だし、それ以外の武器についてはいずれ龍王の爪を使った装備に替わる。
つまり、今はあまり金属素材を求めているわけではないのだ。
とはいえ、防具には一部金属を使っているし、この魔物は低確率ながら珍しい金属素材を落とす。
正直面倒ではあるが、狩っておいて損は無い相手なのだ。
「こいつらも情報としては有用なんだろうがな……まあいい、一人一体だ」
「了解です!」
「そっちに行っても文句は言わないでよ?」
敵を引き付けることが苦手なアリスが文句を言っているが、分かっていることであるため今更それを拒否する者もいない。
面倒な敵であることは確かだが、別に二体相手に戦えないほどではないのだから。
「『呪命閃』」
俺が接近すると共に、メタリックビーストはどこに発声器官があるのか、唸り声を上げ始める。
相手の防御力が高いため、剣での直接攻撃はあまり向いていない。
テクニックでの攻撃がメインとなるだろう。
斬法――剛の型、刹火。
こちらへと襲い掛かってきたゴーレムの攻撃を躱し、擦れ違い様に一閃を叩き込む。
生憎とそれだけで切断することはできなかったが、その金属質な体を削り取ることには成功した。
「中々に硬いな……!」
この魔物が頑丈であることは厄介であるのと同時に、期待できる要素でもある。
何しろ、コイツは頑丈であればあるほど、珍しい金属を落とす確率が高くなる傾向にあるのだ。
レベルの差なのか、それとも取り込んでいる金属の問題なのかは分からないが、とにかく倒しづらい奴ほどドロップを期待できる。
まだそれほど多くのパターンを確認したわけではないのだが、今攻撃した相手はそこそこに頑丈な個体だろう。
「どうせ戦うなら、いい物を落としてくれよ――」
魔法を発動し、餓狼丸を強化する。
相手が硬い以上は、こちらの攻撃力を上げなければならない。
テクニックを使っても掠り傷程度しか与えられない相手ならば、MPの消費程度は惜しむ必要もないだろう。
傷を受けたメタリックビーストは唸り声を上げながらこちらに振り返るが、こちらは相手の視線を避けるように横合いへと踏み込んでいる。
ゴーレムのくせに目で物を見ているのかどうかは不明だが、何にせよ相手の反応が遅れるなら御の字だ。
「《練命剣》、【煌命撃】」
斬法――剛の型、中天。
正直普段はあまり使い所のない、打撃属性のテクニック。
巨大な柱と化した餓狼丸を、小細工なしに振り下ろす。
とにかく頑丈な化け物ではあるのだが、斬撃よりは打撃の方がダメージが通りやすい。
黄金に輝く柱を叩きつけられたメタリックビーストは、その脇腹に罅を走らせながら膝を折って体勢を崩した。
その様子を見つつ更に肉薄した俺は、相手の脇腹へと拳を触れさせる。
打法――寸哮。
足元が爆ぜ、その衝撃を余すことなくメタリックビーストの内側へと叩き込む。
生憎とゴーレムであるため内臓は存在せず、有効なダメージを与えるには至らなかったが、それでも罅の入った体を砕く程度の威力はあった。
そして、基本的には頭部以外の弱点部位が存在しないゴーレム系の魔物であるが、こうして内部を晒した傷は弱点扱いとなる。
そうなれば――
「――『練命破断』!」
斬法――柔の型、零絶。
弱点部位に対する防御貫通を付与し、《練命剣》による一閃を振り抜く。
餓狼丸の刃は頑丈極まりないメタリックビーストの胴を真っ二つに両断し、そのHPを全損させた。
マトモに相手をしていると非常に厄介だが、性質さえ分かってしまえば対処も可能というものだ。
「他は……もう終わってるか」
「流石に、私たちは先生より相性がいいですからねぇ」
魔法による高い攻撃力をもつ緋真やルミナ、そして防御を無視する攻撃がメインとなるアリスにとっては、比較的戦いやすい相手だったか。
ともあれ、倒し切ったのなら素材の回収だ。
珍しい金属であれば、それなりに強力な防具になるかもしれないし、使えなければ売り払えば済む。
メタリックビーストの死骸に触れ、そのドロップ品を確認し――小さく、笑みを浮かべた。
「『アダマンタイト鉱石』。緋真、確かこれがレアな金属だったな?」
「はい、そうですね。鉱脈はまだ見つかってないから、出回ってる量はかなり少ないかと」
「……群れを一つ相手にして、鉱石が二つか三つ程度ね。一人分程度ならともかく、パーティ全員分となると結構大変な量じゃない?」
鉱石は一つあるだけでは装備を作ることはできない。
作成のためには、それなりの数を準備する必要があるのだ。
メタリックビーストの群れを一つ倒してもその程度の数しか手に入らず、しかもこいつらは地面から出現するため探すことも中々難しい。
集めるとなると、それなりに苦労する羽目になるだろう。
「ふむ……進みながら集められるだけ集めて、必要になったら後日また来るようにするか」
「それが無難ですかね。余裕をもって集めようとすると本腰を入れる必要がありますし」
「だろうな。今回は進むのを優先するか」
結論付けて、再び北へと向かう道を進む。
空は僅かに雲がかかり、日差しは遮られ始めようとしていた。