772:キャメロットの見解
「それで、観測はできたかい?」
「いやぁ……正直に言うと、さっぱりだね」
シャンドラにある『キャメロット』の本拠地、その中でも一部の者しか立ち入ることを許されない、クランマスターの部屋の奥にある会議室。
そこには、盟主であるアルトリウスの他に、ディーンとデューラック、そしてマリンの姿があった。
つまりは、現実世界における逢ヶ崎グループの関係者――この世界の秘密を知るメンバーである。
そんな彼らの交わしている議題は、当然ながら大公アルフィニールとの戦いについてであった。
「マリン、何も分かっていないということは無いでしょう」
「ああ、そういう意味では確かに分かることもあるよ。というか、『何が起きたのか』は説明ができる」
デューラックの窘める言葉に、マリンは肩を竦めながらそう返す。
その表情の中に浮かべられていたのは、呆れにも近い諦観であった。
「アルフィニールは大量のリソースデータを蓄え続けたAIだ。一つのフォルダの中に、膨大な量の情報を突っ込んであると考えればいい。だけど、そのデータを統括して読み取り、扱っているのは一つの実行ファイルだけ」
「つまり、クオン殿はその実行ファイルを破壊したと?」
「正確に言えば、実行中のプロセスじゃないかな? だから、アルフィニールがどれだけの量のデータを、リソースを蓄えていたとしても意味が無かった。彼が狙ったのは、それを扱っている本体だったから」
その言葉に、ディーンとデューラックは納得しつつも、理解できない一部に対して眉根を寄せる。
そんな二人の様子を読み取り、マリン自身もまた苦笑せざるを得なかった。
何しろ、彼女もまた同じ思いを抱いていたが故に。
「しかし、どうやってその本体データを狙って破壊したのか、それはさっぱり分からない。だって彼はクラッキングなんかしたわけじゃないし、そんな技術もない。ただ、相手に向かって刀を振った、それだけだ」
「空間攻撃の類を使っていた様子ではありましたが……」
「そうだね。でも、それが本体に当たる理屈が分からない。だってアルフィニールの本体は、あの大量のリソースに埋もれて隠れていたんだから」
そう告げて、マリンは嘆息を零す。
自ら口にしていながら、その絶望的としか言いようのない戦力差に圧倒されていたのだ。
同時に、それを打倒したクオンという存在の異質さも。
「初期の箱庭とはいえ、一つの世界の構成要素を四分の一も取り込んでいたのであれば、その量は圧倒的だ。本体を探そうとしたって、数日で終わるかどうかも分からない。しかも、相手は自分で逃げ回ることもできるだろうね」
「……方法は分かりませんが、我々には真似できないのでしょうか」
「それは、恐らく厳しいだろうね」
ディーンの言葉に対し、沈黙していたアルトリウスがそう告げる。
首を横に振り、軽く溜め息を吐き出して、彼はクオンから聞いた言葉を口にした。
「『中る剣だから中った』、クオンさんが言っていたのはそれだけだ。恐らくは久遠神通流の秘奥に当たる内容だし、無理に聞くことはできないよ。それに――」
「聞いたとして、再現することは不可能、ですか」
「直弟子である緋真さんですら理解の及ばなかった技術のようだからね。部外者には、影を踏むどころの話じゃないだろう」
アルトリウスの言葉に、一同は納得しつつも溜息を零す。
もしこれが大公を攻略するための糸口になるのであれば、多く広めて活用したいと考えていたのだ。
とはいえ、この場にいる面々は、それが現実的ではないことを十分に理解していた。
「クオンさんの言葉を鵜吞みにするなら、それは『当てようと思った相手に必ず当たる一閃』だ。理屈はさっぱり分からないけど、そういう性質だと思っておけばいい」
「疑問は尽きないですが、とりあえずそう考えておきましょうか……それで?」
「同じ性質の攻撃を再現できれば、大公に通じるのかどうか――正確には、あの空間を展開した大公に通じるのかどうか、という話さ」
クオンが行った攻撃は、空間に対する直接攻撃に加え、理屈の不明な必中攻撃。
要素だけを抜き取ればそのようなものではあるが、それだけなら他のプレイヤーにも再現可能な代物であった。
無論、かなり限られた属性であるため、その方向性で育てているプレイヤーに限った話であるが。
そのアルトリウスの意見に、デューラックは首肯しつつ返す。
「確かに、それであれば再現することは可能かもしれませんね。メンバーをピックアップしておきます」
「うん、お願いするよ。とはいえ、他の大公の性質がアルフィニールと同一かどうかは分からないけど」
「外から集められる情報はともかく、あれは大公の本気の戦闘行動だろうからねぇ……」
残念ながら、他の大公がアルフィニールと同様の能力を持っているかどうか、現状で確認する手段は無い。
通じる可能性が高い手段として、それらを用意しておくことしかできないのだ。
とはいえ、と――アルトリウスは、表情を引き締めながら続ける。
「正直、今回の件で思い知った。僕らはまだ、大公と戦えるレベルには無い」
「……それは、否定できませんね」
「成長武器の強制解放を使わなければ土俵にも立てないとなると、今のプレイヤーの手には余る存在です」
公爵級との戦いは、苦戦しつつも手の打ちようはあった。
性質を調べ、作戦を練り、有効な手段を模索して、何とか勝利を手に入れてきたのだ。
だが、アルフィニールとの戦いはそうではなかった。
「ドラグハルトの力が無ければ早々に全滅していただろうし、クオンさんの一手が無ければドラグハルト以外は全滅していたかもしれない」
「……ドラグハルトにはどうにかする手段があったと?」
「最悪の場合でも何とかする手段があったからこそ、勝負に出たのだと思うよ。勿論、それが容易な方法であるならとっくに使っていただろうし、彼も極力使いたくない手段なのだろうけど」
それは、プレイヤーにとっての大きな不安要素であると言っていい。
ドラグハルトは何らかの奥の手を持っており、大公と戦うことが可能。
それに対し、プレイヤーはまだ独力で大公と戦うことはできない状況ということだ。
ドラグハルト達と共同戦線を張り、対等に戦ったように見えるが、状況はドラグハルト達が一方的に有利な状況だと言える。
このまま先手を打たれてしまえば、プレイヤー側は追い込まれてしまいかねない。
「彼とて、すぐに動けるわけじゃないだろう。他の公爵級悪魔たちも大きく消耗していた。けれど――」
「のんびりしていれば、彼らがまた動き始めると」
「僕らに許された時間は、ドラグハルトが再始動する前まで。それまでに、プレイヤーの力を底上げする必要がある」
口に出した言葉が困難であることは、アルトリウスも理解していた。
それでも、やらなければならない。そうしなければ、プレイヤーに――否、全ての人々に、未来は無いのだから。
アルトリウスは瞑目し、大きく深呼吸する。
肩に乗った重圧を実感し、それを見せる相手は今この場にいる者達だけと決意しながら。
「……アルトリウス」
「大丈夫だよ。まだ何も終わったわけじゃない。少なくとも、今回は最良の結果を掴むことができた。クオンさんの力に頼るばかりだったけど……次はこうはいかない」
今回敗北していれば、より厳しい状況に追い込まれていたことだろう。
少なくとも、最悪の状況を免れることはできた。
ならば、生まれた猶予を最大限に活かさなければなるまい。
決意と共に立ち上がったアルトリウスへ、にやりと笑みを浮かべたマリンは問う。
「どうするんだい、アルトリウス? 何か手でもあるのかな?」
「今のままでは足りない。だから、その手を探すことからだよ」
少なくとも、立ち止まっている暇はない。
プレイヤーの力を底上げするためには、新たな強化要素を探す必要がある。
そのためにも――
「まず、軍曹とあのお二人を呼んで欲しい。きっと、話に乗ってくれると思うからね」
そう告げるアルトリウスの表情は、楽し気な笑みへと変わっていた。