767:融解せし愛の檻 その28
ここまではただの小手調べだったということか、アルフィニールは本格的に反撃行動を開始した。
方法は単純で、これまでと同じように何体もの化け物を放ってくるというものだ。
尤も、その出現速度がこれまでとは段違いであり、更に出現場所にも際限が無くなっているらしい。
地面も柱も、絶えず化け物の群れを吐き出し続けようとしているかのような光景だった。
「ったく、やってくれる……!」
歩法――間碧。
溢れ出る化け物たちの隙間を縫って進みながら、その手足へと刃を通していく。
まずは動きを止める。こちらには味方の数が大量にいるのだ。弱った敵は勝手に処理されることだろう。
それに、ドラグハルトが放った《龍神気》とやらにより、出現する化け物たちは勝手に体力を削られて行っている状態だ。
個々で評価する範囲では、脅威と見るほどの相手ではないと言えるだろう。
とはいえ、数は圧倒的であり、正面から相手をしていられるような状況ではないのだが。
(アルフィニールの体と思われる部分はドラグハルトが相手をしているが……アレが本体というわけでもないらしいな)
アルトリウスからの話をそのまま受け入れるなら、このエリアそのものがアルフィニールの体であるということらしい。
俺たちは奴の腹の中に取り込まれた状態であり、広範囲に展開されるようなスキルが恐らく有効であろう、ということまでは理解した。
だが――果たして、それだけで事足りる話なのだろうか。
「《オーバーレンジ》、《奪命剣》【咆風呪】」
人がいない方向へと向けて【咆風呪】を放ちつつ、この状況について考察する。
果たして、どうすればこの女に刃を届かせることができるのか。
反撃に出てきたということは、ドラグハルトの攻撃は全く無意味なものではないということだろう。
このエリアを包み込むほどの攻撃は、アルフィニールへと確かに届いていると考えられる。
(だが、それだけで通じるほど容易い相手でもない、か)
有効であると同時に、奴はまだまだ余裕だ。
アルフィニールの人間体からは、余裕の笑みを剥がすことができていない。
たとえ通用する攻撃であるとしても、その命脈に届くほどの攻撃ではないのだ。
このまま戦っていて、果たしてアルフィニールの首を落とすことができるのか、それは甚だ疑問であった。
「《オーバーレンジ》、『呪命閃』」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく強化した《奪命剣》の一閃を以て、化け物の群れを薙ぎ払う。
雑魚を倒すのに不足はない。攻撃力の上がり切った餓狼丸の攻撃なら、十分に可能だ。
《奪命剣》による攻撃のためか、或いはドラグハルトの展開した領域のためか、倒した敵がアルフィニールに還元されることもないようだ。
その上で、確信している。このままでは、決して奴の命には届くことが無いと。
(効果が無いわけじゃない。だが、アルフィニールの総体が巨大すぎる。焼け石に水にしかなっていない)
単純な話だ。俺たちと、ドラグハルト達の攻撃。その全てを以てしても、アルフィニールの体を削るには足りないということである。
奴に通じる攻撃を行うために、ドラグハルトも中々に無茶をしている様子であるため、いつまでも維持し続けることは不可能と考えておいた方がいい。
短期決戦とまでは行かないが、少なくとも長期間の耐久戦はこちらが不利となるだろう。
何とかして、奴の命へと届かせるための手を考えなければならない。
(HPも見えないし、アルフィニールの反応にも変化がない。指標になるものが無いせいで効いているかどうかもよく分からん……!)
斬法――剛の型、刹火。
胸中でそう毒づきながら、こちらへと振り下ろされた鉤爪の生えた腕を逆に斬り飛ばす。
化け物の群れは、その身を削られたとしてもまるで反応を示すことが無い。
痛みも恐怖も感じない怪物の軍団――これがアルフィニールに取り込まれた者の末路だとするなら、何とも悍ましい光景だ。
舌打ちしながらも擦れ違い、振り返り様に相手の足首を半ばまで切断して、更に駆ける。
「《奪命剣》、【呪衝閃】!」
斬法――剛の型、穿牙。
刺突を以て動きを止めた敵の心臓を抉り、更に貫通して奥の敵にまで刃を届かせる。
この化け物たちを倒すことも、アルフィニールのリソースを少しずつ削ることには繋がるだろう。
だが、このまま続けていても果たしてどれだけの時間がかかることか。
体感的な感覚ではあるが、およそ現実的な作戦とは言い難いと思えた。
(――とにかく、やるしかないか)
化け物の群れを突破して、向かう先は二体の巨大な化け物。
通じるかどうかはともかくとして、ドラグハルトを自由に戦わせることはあまり都合がよくない。
こちらも、あのアルフィニールへの攻撃に一枚嚙まなくては。
そうして化け物の包囲網を突破したその瞬間、俺の耳に一つの声が届いた。
『クオン、そっちはまだ無事よね?』
「アリスか、どうした? というか、どうしてるんだ?」
アリスにとって、アルフィニールは大層戦いづらい相手だろう。
本体を、つまりは弱点を見出すことができず、強制的な消耗戦を強いられているのだから。
今もなお姿を隠し続けているアリスは、果たしてどのように戦っているのか。
俺の問いに対し、アリスは軽く嘆息を零しながら返答した。
『とりあえず雑魚を倒す程度ね。あの本体っぽい部位を相手には攻撃が通じないし、そもそも弱点部位扱いもされてないみたいよ』
「それはそれでどうなんだ、あの女……」
露骨に喋っている癖に、弱点としての設定すらないとは。
これは本格的に、あのアルフィニールの体は見せかけのものである可能性が高くなってきたな。
まあ、これについてはある程度考えていたことではある。
重要なのは、それを踏まえてどのように戦うかだ。
「それで、何か分かったのか?」
『分かったというか、よく分からなかったから報告なんだけど……《闇月魔法》に、ワープポータルを作る呪文があるでしょう?』
「ああ、二つぐらいあったな。それで?」
『逃げるために使ったんだけど、どうも効果がかなり制限を受けてるみたいなのよ。他にも空間転移系のスキルは影響を受けてるみたい』
「それは……大丈夫なのか?」
アリスは、《闇月魔法》の呪文以外にも《ブリンクアヴォイド》といったスキルを持っている。
咄嗟の退避のためのスキルであるため、それを封じられるのはアリスにとっては大きな痛手だろう。
俺の問いに対し、アリスは軽く嘆息しながら声を上げた。
『まあ、距離が縮まったり、消費が増えたりはあるけど使えないわけじゃないから。でもクオン、重要なのは――』
「アルフィニールが空間係のスキルに対して、何かしらの影響を与えているってことだろう?」
この空間そのものがアルフィニールの体である、という話は聞いていた。
それによる影響であることは間違いないが、まさかスキルの効果にまで干渉してくるとは。
実に厄介な性質だと言えるだろう。
『ええ、でもねクオン。相手から干渉を受けるということは、逆にこちらからも干渉できるってことじゃないかしら?』
「……単純に広域に効果があるスキルではなく、空間そのものに干渉する類のスキルが、アルフィニールに通じる可能性がある?」
『確証はないけど、試してみる価値はあるでしょう? だって、うちにはそれに最も当てはまる攻撃手段があるのだから』
アリスの言わんとすることを理解し、俺は思わず笑みを零した。
その考察が正しいならば、確かに適任がいるだろう。
先ほどから仲間のために守勢へと回り、本領を発揮しきれていない怪物が!
「――シリウス! あの肥え太った腹を自慢の刃で掻っ捌いてやれ!」
「グルァァアアアッ!!」
俺の言葉に、少々大型の化け物を狩っていたシリウスが咆哮を上げる。
魔力を滾らせて雑魚を蹴散らしたシリウスは、小型の化け物に纏わりつかれることも厭わず前に出て、その尾に魔力を滾らせた。
『ほう……英雄の剣たり得るか、見せて貰おうか』
「ルォォオオオ……ッ!」
相変わらず尊大なドラグハルトの言葉を受け、シリウスは更なる気炎を上げる。
そして――鋭く輝く銀色の閃光が、この空間そのものを真っ二つに断ち割った。
『な――』
斬り裂かれ、景色が二つにズレる。
その軌跡ごと、周囲の化け物とアルフィニールの肉塊が斬り裂かれ――その軌跡には当たらなかったはずの上半身から、緑色の血が噴き出したのだった。