763:融解せし愛の檻 その24
無数の射撃、攻撃、爆撃。それらが集う中で、周囲の音を聞き取ることは難しい。
だからこそ俺は、それが発動する直前になってようやくその存在に気が付いた。
アルフィニールの頭上、放物線を描きながら飛来した物体が、奴の頭の上で弾けたことに。
「ナパーム弾……!」
それは、ファムの奴がデルシェーラを相手に用意した攻撃手段。それは、あの大悪魔を相手にも十分すぎる戦果を発揮した。
それはつまり、聖火を発するあの爆弾は、公爵級悪魔にすら有効であることを示している。
大公級悪魔にも通じる可能性は、十分にあると言えるだろう。
とはいえ、あの女が派手に使った後だろうに、よくまた準備することができたものだ。
(……安全圏の確保を行ったのは、これが狙いか)
今の攻撃軌道は、間違いなく迫撃砲によるものだろう。
つまりアルトリウスとエレノアは、安全圏を確保するなり、持ち込んだ迫撃砲を組み上げて準備を行っていたのだ。
当初はあの巨大な塔に対する直接攻撃を狙っていたのだろうが、アルフィニール本体が出てきて予定を変更したということだろう。
流石に迫撃砲で個人を狙うなど普通はあり得ないが、アルフィニールは一切移動していないため、狙うことは不可能ではない。
しかし、確実に決めるために、アルトリウスは総攻撃を仕掛けて奴の目を逸らしたのだろう。
弾けた粘性のある炎はアルフィニールへと直接降り注ぎ、灼熱に燃え盛る黄金の炎で包み込んだ。
「これが聖火……うふふ、凄いわぁ。それに、エインセルのオモチャまで再現したのねぇ」
――しかし、その炎の中にありながら、アルフィニールは平然と声を上げていた。
あの炎の中は生物が生存できる環境ではない。ましてや、その光だけで悪魔にとっては毒となる聖火だ。
それに包まれて無事でいるはずがない。事実として、奴の周囲の触手たちは炎に包まれ灰となろうとしている。
どうやら、聖火にも《奪命剣》のように、奴にリソースを回収させない効果があるようだ。
だがそれでも、アルフィニールは朗らかに笑っていたのである。
(本当に余裕なのか、それとも狂ってやがるのか……? 分からんが――)
不気味極まりないものの、攻撃として通じていることだけは事実。
黄金に輝く聖なる炎は、今まさにアルフィニールの力を削ぎ落しているところだ。
デューラックの水の中でも燃え盛っている様は不思議な光景ではあったが、効果を発揮しているのであればいいだろう。
問題は、あの状況では近づけないため、遠距離で攻撃するしか攻撃方法が無いことだが――ひとつだけ、例外がある。
「行きます……ッ!」
先に声を上げていた緋真が、二刀を構えて黄金の炎の中へと飛び込んだ。
紅蓮舞姫を解放している緋真に、炎はほぼ通用しない。
無人の野を行くかのように、炎の海の中を平然と走り抜けていく。
だが、緋真が向かう先はアルフィニールの元ではない。その周囲をまとめて燃やしている黄金の炎、その中を泳ぐように駆け抜けているのだ。
そして、緋真が走り抜けたその背後――そこは、まるで消しゴムで擦ったかのように炎が消えていた。
「炎の吸収……! そういうことか、あいつめ!」
何故緋真に攻撃の指示が通達されたのか、その意味を理解して、俺は思わず感嘆していた。
緋真の持つ二刀、左の一振りである篝神楽は、赤龍王の爪によって造り上げられた傑作だ。
その刀身はあらゆる炎を吸収して己の力へと変換する。
吸収する炎の量に限りは無く、緋真の左手に掲げられた篝神楽は、その刀身までもが黄金に輝いていた。
そして、篝神楽が吸収するのはあくまでも炎だけ。その炎を燃やす燃料を吸収するわけではなく、炎が消えた後もすぐに新たな炎が点ってゆく。
篝神楽は際限なく聖火を吸収し続け――ついに、緋真がその切っ先をアルフィニールへと向けた。
「――覚悟」
「ふふ……貴方と直接遊ぶのも、楽しみにしていたのよ?」
炎の隙間から見えたアルフィニールは、その身に紫の魔力を纏っている。
どうやら、魔法によって聖火を防御しているということのようだ。
あれほど強大な魔力であれば、不意打ちの攻撃を防ぐ手立てがあったとしても不思議ではない。
むしろ、よく分からない理由で聖火を防がれているよりは、よほどマシというものだ。
「……ッ!」
アルフィニールが、魔力を収束させた手を掲げる。
デューラックの妨害を受けていると言っても、その攻撃力に変化はない。
至近距離で回避することは困難だと、緋真も理解しているだろう。
故に――緋真は、沈み込むようにしながら即座に地を蹴った。
(入りが浅い……が、僅かには潜れたか)
緋真が狙ったのは虚拍・先陣だ。
俺やアリスのそれを見続け、不完全ながらも形にしつつあるそれは、ほんの一瞬ではあるがアルフィニールの視界から消えることに成功したことだろう。
一瞬手が揺れたアルフィニールは、緋真の居場所を見失ったがためか。
だが次の瞬間には捉えられてしまったであろうその動きを、緋真は白影の加速によってカバーした。
アルフィニールの攻撃が放たれるよりも早く、瞬きの間にアルフィニールへと肉薄した緋真。
後方から飛来した矢や弾丸が、魔法破壊の効果を伴ってアルフィニールの防御にほんの僅かな綻びを入れたのは、それと同時だった。
「《蒐魂剣》【奪魂練斬】――【龍爪】ッ!」
地を這うような姿勢から、掬い上げる鋭い一閃。
黄金の輝きは蒼い光を纏い、巨大な炎の斬撃として顕現した。
唸り逆巻く炎の爪は、まるで龍が咆哮を上げているかのように魔力を轟かせ、食い破るようにアルフィニールの障壁を突破する。
その一閃は五つの龍の爪を形取り、アルフィニールの体を防ぐ暇も与えずに焼き斬った。
「る、あああああッ!」
アルフィニールの体は肉片となって、けれどその間を埋めるように赤い血肉が盛り上がる。
噴き上がった黄金の炎はそれすらも焼くが、アルフィニールの体の全てを焼き尽くすには至らない。
バラバラになりながらもアルフィニールは腕を掲げ――それよりも早く、裂帛の気合と共に振り上げられていた紅蓮舞姫が爆発的な炎を上げる。
「術式解放ッ! 【緋牡丹】、【紅蓮華】――【断慨】ッ!」
装填していた魔法の解放、紅蓮舞姫のテクニックの連続発動、そしてティエルクレスの剣術。
緋真の放つことができる、最大限の一撃。それが、白輝の一閃と共に振り下ろされる。
周囲の炎を集める【緋牡丹】と、斬りつけた相手の傷に炎を叩き込み内側から焼く【紅蓮華】、そして相手の防御を突破する【断慨】。
爆ぜるような踏み込みと共に、周囲の炎は逆巻きながら紅蓮舞姫の炎へと合流する。
そして、瞬きの間に紅の刃は振り下ろされ――纏っていた炎の全てを、アルフィニールの体内へと叩き込んだ。
「……! ええ、これは――」
中途半端に接続された、アルフィニールの肉体。
その体は袈裟懸けに両断され、侵食するように黄金の炎が内部を焼く。
全身全霊の、緋真の一撃。それを受けたアルフィニールは、その表情を驚嘆の色へと変えていた。
今までの余裕の笑みではなく、目を見開いて驚きを露わにした大公は――満足そうに、笑ってみせた。
「――流石に、驚かされたわぁ」
刹那、アルフィニールの体内から爆発的に炎が燃え上がる。
巨大な炎はアルフィニールの体全てを飲み込んで、黄金の火柱へと変わりながら、その内側で奴の体を焼き尽くしていった。
跳躍して距離を取った緋真は、それでも油断なく二刀を構えて炎を注視する。
緋真の渾身の一撃は、無防備となったアルフィニールへ確かに直撃した。
これで効果が無い、ということはあり得ないだろう。
しかしながら、とてもではないがこれで倒し切れたとは思えない。
その考えは、この場に集う全員が共有している思いであった。
(一体どう出る? 何をしてくるつもりだ?)
黄金に燃える炎の柱を注視しながら、周囲の状況変化を見逃さぬよう集中する。
誰もが油断することなく、次なる状況の変化を待ち構え――
『――うふふ』
――地面が揺れ、ひび割れ始めたのは、その直後のことであった。