761:融解せし愛の檻 その22
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アルフィニールの使ってきた攻撃方法は、現状では大別して二種類。
一つはこれまでも見せてきた、変異による生命体の召喚や攻撃。
もう一つは、単純な魔法による攻撃であった。
どちらもこれまでとは段違いの速度、威力を誇る攻撃であり、マトモに受ければ防御を固めたプレイヤーであっても一撃で落とされてしまう。
かと言って攻撃の密度は生半可なものではなく、正面切って回避することもまた困難を極めるだろう。
(相手の体力が見えないことが、これほど精神的な疲労をもたらすとはな……!)
大公の性質なのか、アルフィニールの独自のものか――もしくは、そう言ったスキルを弾いているのか。
とにかく、アルフィニールは体力バーを確認することができないのだ。
【命喰牙】から生命力が流れ込んできていることから、ダメージを与えられていること自体は間違いないのだが、それでも攻撃がどの程度通じているのか分からないのは困るところだ。
何しろ、どの攻撃が有効なのか相手の反応を見なければならないというのに、何を受けても笑っているばかりなのだから。
歩法――陽炎。
弧を描いて降り注いできた触手の先端を躱し、【刻冥鎧】を付与した刃で斬り飛ばしながら、俺は必死にアルフィニールの隙を探す。
プレイヤーと悪魔、最前線に参加しているほぼ全ての攻撃が集中してなお、アルフィニールの攻撃の物量が上回っているのだ。
ある程度拮抗できているというだけでも御の字なのか、回避しながら接近することも不可能ではない。
尤も、マトモにダメージを通すことが困難ではあるのだが。
「――『呪破衝』ッ!」
斬法――剛の型、穿牙。
距離は近い。元々リーチの長い【呪衝閃】を元にしているため、飛距離を伸ばす必要はない。
勢い良く伸びた黒い切っ先は、アルフィニールを覆う防御障壁に穴を開け、その奥にいるアルフィニールの胸へと突き刺さった。
だが、《練命剣》を組み合わせられていないせいで、攻撃力自体は据え置きだ。
たとえ急所に近い位置を貫いたとしても、それはあまり有効なダメージにはなっていないようであった。
「ふふふっ、素敵だわぁ」
「ク、ソがッ!」
胸に槍が突き刺さっていても何ら痛痒を覚えた様子もなく、アルフィニールは手を翻す。
刹那、俺は即座にテクニックを解除して一気に後退した。
風林火山は既に使っている。相手の行動の起こりの予知と、思考加速による高速移動。
それらを組み合わせなければ、アルフィニールの攻撃を至近距離で躱しきることは困難だ。
こちらを狙って放たれた魔力の刃を回避し、追撃で放たれた変異体の攻撃範囲からも逃れる。
アルフィニールの魔力が命中した場所は、即座に侵食されて化け物が出現するようだ。
今も、地面から生えるようにして現れた目のない人型の異形に、思わず舌打ちを零す。
(《蒐魂剣》で迎撃しなけりゃこうなるが……流石に速すぎる)
まるで銃弾のような速度の攻撃だ。相手の攻撃の出始めを読まなければ回避しきれない。
あらかじめ準備しているならともかく、咄嗟にその攻撃を破壊しようとしても、テクニックの発動が間に合わないだろう。
先ほど出現した化け物はシリウスが単体で片付けることができたが、あまりの魔法攻撃の強力さに、シリウスでも安易には近づけない状況であった。
いい加減魔法防御力もかなり高くなってきているというのに、アルフィニールの魔法はそれでも大ダメージを受けてしまうほどの威力だったのだ。
(何とかならんものかね、この化け物は――!)
攻撃の密度が高すぎる。掻い潜るだけでも精一杯だというのに、そこで有効な攻撃を叩き込む余裕がない。
何か手はないものかと、顔を顰めながらも思考を巡らせ――そこに、声が響いた。
「――我が真銘を告げる」
それは聞き覚えのある声であり、同時にその台詞を初めて聞いた声であった。
蒼い縁取りの鎧に身を包んだ、銀髪の男。
眼前に細身の長剣を構えたその男は、蒼い魔力を揺らめかせながら謳う。
「湖面は遠く、空は果てなく。光揺らめく水底に、此の身は波紋の調べを謳う」
『キャメロット』の二枚看板、その一人。
純粋な剣術については達人級に近い技量を持ちながら、ゲームとしても高い適性を持つ屈指の実力者。
個人としては『キャメロット』最強であるその剣士、デューラックは、白銀の剣をその魔力と同じ蒼に染め上げながら告げる。
「深き淵をここに――『波紋沈む静謐の水面』」
それは彼の持つ成長武器の完全解放。
生憎と彼の使う成長武器についてはこれが初見であったが、その効果は目を瞠るものであった。
何しろ、この周囲がまとめて水に飲まれてしまったのだから。
「な……ッ!? これは!?」
「落ち着いてください、クオン殿。呼吸はできますので。これの効果は相手を窒息させるようなものではありません」
驚愕はしつつも、デューラックの言葉に頷く。
流石に、いきなり相手を水に沈めるような効果ではないということのようだ。
だが、周囲を覆ったこの景色が、全く何の効果もないということはあり得ないだろう。
注意深くアルフィニールの姿を観察し――その異常に気が付いた。
「動きが、鈍っている?」
「はい。この水は相手の呼吸こそ阻害しませんが、相手に水中にいるのと同じ状態を強制させます。当然ながら、水中では動きも鈍ることでしょうね」
こちらへと向かってこようとしたアルフィニールの攻撃、その勢いが明らかに鈍っている。
水の抵抗を受けることで、速度を大幅に減じているのだ。
それでも十分な速度を保っていることは驚嘆すべきだが、この速さなら十分に対処できる。
向かってきた触手を斬り払って回避しつつ、俺は改めてデューラックに問いかけた。
「こちらの動きは阻害しないようだが、効果時間は?」
「制限時間は無いタイプです。その代わり、あまり攻撃性は高くありません。緋真殿の成長武器とは逆のタイプですね」
緋真は多彩な攻撃手段を持ってはいるが、防御力に関してはほぼ据え置きだ。
逆に、デューラックの場合は防御と相手の行動阻害に重点を置いて、攻撃力の上昇はそれほどないということだろう。
解放の効果を自分で選べるわけではないだろうが、何とも変わった効果になったものだ。
「相手にレジストされない強制的なデバフ、とでも考えればよいかと」
「何にせよ、助かった。これならある程度対処しやすくなる――『命破閃』」
【命輝閃】に《蒐魂剣》を付与し、こちらへと放たれた魔力の刃を迎撃する。
速度の減少は魔力攻撃の類に対しても有効な様子で、明らかに遅くなっていた。
それでも十分な速さを保ってはいたのだが、これならば発動の早いテクニックなら迎撃は可能だ。
威力の十分に上がった餓狼丸は、アルフィニールの放った魔力の刃へと食い込み、その構成魔力を霧散させた。
「感謝する、これならかなり楽になるだろうよ。それに、ここで切り札を切ったからには、何かしら考えがあるんだろう?」
「ええ……しばしお待ちを。ここは、少しずつ敵を削りながら持ちこたえます」
デューラックの言葉に頷き、改めて地を蹴る。
その感覚に、普段との差異はない。視界は水の中にいるようだというのに、味方は一切その干渉を受けていないようだ。
まあ、流石にドラグハルト達をその効果外にすることは不可能だったようで、向こうの悪魔たちも動きを鈍らせているようだったが。
その分だけ奴らの戦闘貢献度は下がり、こちらに有利に働くということだろうが――
「速度は遅くなったが、こっちへの密度は高まるってか……若干有利にはなったが、劇的じゃないな!」
デューラックの解放の効果により、悪魔たちは後退して遠距離攻撃をメインで動くようになったらしい。
レヴィスレイトは未だに前に出てきているが、先程よりは精彩を欠いている様子だ。
結局、その分の攻撃は俺たちの方に飛んできているため、対処しやすくなったとはいえ大変であることに変わりはない。
まあ、対処が間に合うだけマシというものだが。
(さて、どう出るんだアルトリウス? 策を練る時間は短かったが、何か用意してきてるんだろう?)
その期待を込めながら、向かってきた触手を斬り落とす。
水の中に沈められたアルフィニールは、その現象に驚いている様子ではあったものの、未だにその余裕が崩れる気配は無かった。
完全解放を切っても、まだ足りない。奴を追い詰めるためには、持てる手札を全て有効に活用しなければ。
そのためにも――
「……頼むぞ、戦友」
その呟きと、ほぼ同時。
後方で、何かが動き始める気配があった。