760:融解せし愛の檻 その21
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どれだけアルフィニールに集う血肉を破壊し続けたのか分からない。
ある程度表現が抑えられているようで何とかなっているのだが、現実であれば呼吸もままならないような血臭だろう。
かつて都市であったこの場所は既に形を失い、大半がアルフィニールに取り込まれてしまった状態だ。
俺たちの攻撃で、果たしてその何割を削ることができたのか。何もしないよりは明らかにマシであろうが、それでもどこまで効果があったのかは疑問が残るところであった。
「うふふ……お帰りなさい、かわいい子供たち」
そして――吸収を終えたアルフィニールは、ゆっくりと顔を上げる。
奴の足元だけは変異が残っていたが、どうやらそれを吸収するつもりは無いらしく、奴はそのまま俺たちへと向けて声を上げる。
「そして改めて、お待たせしちゃったわねぇ。ようやく、貴方たちと遊んであげられるわ」
ここまでの戦いは遊びですらなかったと、アルフィニールは暗に告げる。
そして、それは恐らく事実なのだろう。ここまで、アルフィニール当人はほぼ手出しをしてこなかった。
変異は自動的な反応か、或いはユグレヴィーナが手を出していたのか。
どちらにせよ、アルフィニールにとってはただ眺めているだけの戦いだったということだろう。
「さて、それじゃあ――」
「――戦争を始めようではないか」
――刹那、黄金の光がアルフィニールへと殺到し、薄紫の障壁がそれを受け止めた。
黄金の光を剣の形状へと固めて振るったのは、軍勢を割るようにして姿を現したドラグハルトだ。
レヴィスレイトの本体はいつの間にか姿を消し、元の人間型の姿へと戻っている。
そのレヴィスレイトは、白銀の魔力を滾らせながらアルフィニールへと突撃しているところだった。
(公爵級二体の攻撃でも、これか……!)
ただの魔力障壁で、最上位の悪魔たちの攻撃を防ぎ切る怪物。
その姿に息を呑みつつ、俺は力強く地を蹴った。
歩法――烈震。
防ぐということは、当たればダメージを与えられるということでもある。
そしてあの障壁は、防御を貫通する攻撃なら破壊することが可能だとも分かっているのだ。
どうにかして防御を貫き、奴自身にダメージを与える。そうしなければ、先に進むことなどできはしないのだから。
「《蒐魂剣》、【破衝閃】ッ!」
斬法――剛の型、穿牙。
餓狼丸を蒼い光が包み込み、長大な槍へと姿を変える。
一点に対してであれば最大級の魔法破壊能力を持つテクニック、その一撃はアルフィニールの障壁へと突き刺さり――それを砕くことなく、穴を開けるに留まった。
ふざけるな、と胸中で吐き捨てつつ、俺は咄嗟に横へと跳びながら声を上げる。
「緋真、叩き込め!」
「《オーバースペル》、【ブレイズスピア】ッ!」
俺が開けた野球ボール程度の大きさの穴。
そこへと向け、寸分違えることなく、緋真の魔法が滑り込んだ。
障壁をすり抜けてアルフィニールへと突き刺さった炎の槍は、そのまま炸裂して障壁内を炎で満たす。
どうやら球形に障壁を展開していたらしく、密閉された範囲内で炸裂した炎は、強烈な破壊力となって内部を蹂躙した。
「凄いわね、驚いたわぁ」
しかし、至近距離での手榴弾の爆発以上の破壊力を受けたであろうアルフィニールは、どこか楽しげな声と共に煙を散らして姿を現した。
煙を発散させるためか障壁を解き、しかし煤の一つも付いた様子もなく朗らかに笑っている。
それだけの防御力があるなら、障壁など生み出す必要はないだろうに。
「先ほどの礼だ、受け取るがいいッ!」
左側から迫るレヴィスレイトが刃を振るう。
障壁を解いたアルフィニールにはそれを防ぐ手立ては無く――振り下ろされた剣を、あっさりとその掌で受け止めてしまった。
明らかに肉体の強度が上がっている。大量のリソースを取り込んだが故の耐久力か。
「ご丁寧にありがとうねぇ、レヴィスレイト。こちらも、お返しをしないと」
「ち……ッ!」
アルフィニールとレヴィスレイト、二体の悪魔は同時に足を踏みしめる。
瞬間、それぞれの足元からは口の付いた無数の触手と、鋭い剣の群れがそれぞれ召喚された。
強度自体はレヴィスレイトの攻撃の方が上のようで、触手は一気に斬り飛ばされるが――数は間違いなくアルフィニールが上だ。
「こっちもか……!」
レヴィスレイトだけではなく、周囲全域へと向けて放たれた触手を躱しながら切り落として、思わず舌打ちを零す。
アルフィニールの攻撃はそれだけに終わることは無かった。
切り落とした触手が膨れ上がり、化け物の姿となって新生する。ナメクジにも似たその姿に嫌悪感を覚えながら、俺は【命餓閃】の一撃でその肉体を消滅させた。
この状況でも《奪命剣》のテクニックによる一撃は有効。少しずつであれば削り取ることもできるが――都市丸ごと一つ分の質量を削ぐとなると気の遠くなるような作業だ。
「範囲攻撃魔法で迎撃、しかる後にタンクが前線を押し上げてください!」
後方で聞こえるアルトリウスの声は、連続する魔法の炸裂音に掻き消される。
軽く足を踏みしめた程度の動きで、現れた触手の数はこちらの視界を覆い尽くさんほど。
純粋に、質量が違いすぎるが――魔法のお陰で、一瞬だけでも時間を稼ぐことができた。
「《オーバーレンジ》、『呪命閃』」
斬法――剛の型、輪旋。
最大まで範囲を広げた【冥哮閃】は、威力を底上げしつつ触手を可能な限り薙ぎ払う。
《奪命剣》によって千切れ飛んだ触手たちは、ボロボロと朽ち果てて消滅する。
――その開けた視界の向こう側で、アルフィニールはこちらへと掌を向けていた。
「ッ……!」
歩法――閃空。
敵意は無いが、殺気はある。
膨れ上がるその魔力の気配に、餓狼丸を振るった勢いを利用して横へと移動する。
瞬間、俺がいた場所を薄紫色の魔力が刃となって駆け抜けていった。
(速い……!)
魔法の発動する気配は感じ取れたが、弾速があまりにも速い。
まるで銃弾を相手にするかのような感覚に、思わず背筋が寒くなる。
俺がいた場所を貫いて行った魔力の刃は、後方で様子を窺っていたプレイヤーたちに襲い掛かり、盾を構えていたタンクのプレイヤーをその盾と鎧ごと真っ二つにしてしまった。
生半可な防御では、防具の存在すら意味をなさない。大公が相手という時点で分かってはいたが、忌々しい攻撃力だ。
しかも、アルフィニールの攻撃はそれだけには終わらなかった。
「地面を……!?」
アルフィニールの攻撃が駆け抜けた地面が赤く染まっている。
それは赤熱したわけではない――アルフィニールの力によって変異し、その地面を割って化け物が現れようとしていたのだ。
白と赤が混ざり合ったそれは、モグラのような形状の怪物。
吸収したリソースを使って、新たに化け物を生み出したということか。
「シリウス、コイツは任せる!」
「ガアアアアッ!」
歩法――間碧。
触手の隙間を縫うように走りつつ、【刻冥鎧】の付与した攻撃で少しでも触手を削る。
化け物の相手をしていれば狙い撃ちにされる。ただでさえこちらは注目度が高いのだ。一瞬でもアルフィニールの気配を見失うわけにはいかない。
当のアルフィニールは、しかしこちらに追撃を加えようとはしていなかった。
奴の傍には、剣を召喚して触手をまとめて斬り飛ばしたレヴィスレイトの姿があったが故に。
「ふふふ、器用なのねぇレヴィスレイト。ドラグハルトに教わったのかしらぁ?」
「閣下の名を、気安く口にするなァ!」
触手をまとめて斬り払ったレヴィスレイトは、体の周囲に浮かべた剣を使ってアルフィニールへと攻撃を仕掛けている。
いかなる理由か、レヴィスレイトが斬り落とした触手は再生したり、変位したりする気配がない。
言葉から察するに悪魔由来の能力であるため、真似することは不可能だろうが。
「素敵だわぁ、貴方たちでも成長する……うふふ、お母様が見込んだ通りだもの」
「口を、閉じろッ!」
銀色に輝く九つの剣閃。
縦横無尽に駆け抜ける刃が、包囲する様にアルフィニールへと殺到し――足元から出現した口の生えた触手がそれを受け止める。
驚くべきことに、それらの力は拮抗しているようであった。
「でも、それは私の得意とするところなのよぉ?」
そしてアルフィニールがそう告げた瞬間、銀に輝いていたレヴィスレイトの剣が色を失う。
白く、赤く染まり――それらは、触手の口によって喰らい尽くされてしまったのだ。
「もっと頑張りましょう、ねぇ?」
「くッ!?」
そして、杭のように太い触手が突如として伸び、咄嗟に防いだレヴィスレイトを後方へと吹き飛ばす。
防御が間に合わなければ、あの女とて貫かれていたことだろう。
本当に目を疑うような光景だが――おかげで、体勢を立て直すだけの時間は稼げた。
「……いつまでも、様子見の時間稼ぎはできんぞ」
その言葉はアルトリウスへ――そして、ドラグハルトへも向けたもの。
二人の考えは、恐らく同じだろう。アルフィニールがまだ遊んでいるうちの情報収集。
奴に喰らいつくことができる俺たちやレヴィスレイトを使って、少しでもアルフィニールの情報を暴こうとしている。
それが終わってからが、二人の戦いの本番ということだ。
まだ切り札は温存できているとはいえ、余裕が無いことは事実。この状況を打開する策を、望まずにはいられなかった。