759:融解せし愛の檻 その20
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白い肉だった都市が、一斉に赤く染まっていく。
これまでは変異を示す兆候であったそれは、今はアルフィニールの策へと変わっていた。
止まることのない異形の発露。溶け落ちて形を失い、渦と化してアルフィニールへと向かっていく悍ましい光景。
この世の地獄と呼べるような光景はいくらでも目にしたことがあったが――真に地獄があるとするなら、まさにこのような有様だろう。
(どうするべきだ……!)
この状況でなお、俺はどのように対応すべきかの迷いがあった。
アルフィニールを攻撃するべきか、或いは奴が吸収しようとしている血肉を破壊するべきか。
吸収作業を行っているアルフィニールはどうやら動けないようで、攻撃を加えること自体は可能だろう。
だが、果たしてその行動に意味があるのかどうか――
「……試すだけ試す、か。シリウス!」
「グルルルッ!」
俺の声を受けて、シリウスがその尾に魔力を滾らせる。
何もかもが不明の敵だ。この行動も、どこまで効果があるのかは分からない。
情報が皆無の状態ではアルトリウスでも判断はできないだろう――故に、ここはリスクを取ってでも試す。
レヴィスレイトの攻撃すらも防ぐアルフィニールが相手では、生半可な攻撃では意味がない。
マトモに通じるのは、シリウスの最大の攻撃ぐらいだろう。
「ルァアアッ!!」
沼の中心で動くことのないアルフィニール、その体へと向けて直接叩き込むように《不毀の絶剣》が叩き込まれる。
空間すらも断裂させるその一撃は、アルフィニールが周囲に展開していた障壁すらも突破して、その体へと叩き込まれ――その胴を、あっさりと一刀両断にしてみせた。
宙に浮いたアルフィニールの上半身――しかしそれは、体の断面から伸びた血肉によって接続され、次の瞬間には何事もなかったかのように元通りになってしまった。
体力が表示されていないせいで、攻撃が通じているのかどうかすら分からない。
だが何にせよ、あまり効果はないと見るべきだろう。攻撃を叩き込まれたアルフィニールは、ただ淡い笑みを浮かべているだけだ。
「チッ……仕方ない、緋真!」
「了解、遠慮なく行きましょう!」
アルフィニールを直接攻撃しても効果が見込めないのであれば、奴が集めているリソースを何とかしなくてはならない。
集めている血肉を焼き払ったからといって、どこまで効果があるのかは分からないが、何もせずに眺めているよりはマシだろう。
アルトリウスも特に口出しはしてこないし、ひとまずはそうするしかないということか。
「――我が真銘を告げる」
緋真の右手で燃える紅蓮舞姫が、さらに大きな深紅の炎を巻き上げる。
紅に染まる刀身は、まるでそれ自体が炎と化したかのように。
「いと高き天帝よ、我が灼花の舞を捧げましょう――紅蓮の華が燃え尽きて、天に葬るその日まで!」
緋真の体に纏わり付いた炎は、やがて大きな羽織を形どる。
炎で形成されたそれは、紅蓮の花々を描きながら踊るように大きく翻った。
「咲き誇れ――『紅蓮舞姫・灼花繚乱』ッ!」
解放された紅蓮舞姫は、その熱量で緋真の足元の血を消し飛ばす。
しかし、当の本人はその熱を感じることは無く、まるで剣舞の様に刃を振るった。
「【緋岸花】」
その足元から、無数の炎の花が咲き誇る。
花弁を散らすその花々は、ただそこにあるだけでダメージを与え続ける地形変化に近い魔法だ。
その熱を以て、押し寄せる血肉を焼き焦がし、蒸発させてゆく。
「【紅桜】」
それと共に横薙ぎに振るった刃は、火の粉の群れを前方へと飛ばし、まるでクラスター爆弾のように炸裂させる。
壁の様に爆発した炎は、血肉をまとめて吹き飛ばして――それでも、後から迫る量は限りがない。
あの様子では、緋真もかかりきりにならざるを得ないだろう。
「貪り喰らえ――『餓狼丸』!」
緋真の周囲はこちらから手を出す必要はない。あいつ一人で押さえられることだろう。
であれば、俺は別のエリアを担当するべきだ。
俺はあまり広範囲の攻撃は得意ではないのだが、この血肉を相手には《奪命剣》の効きがいい。決して、相性は悪くはないはずだ。
ジェムによって経験値を溜めた餓狼丸を再び解放しつつ、前方へと向けて黒く染まる風を放つ。
「《オーバーレンジ》、《奪命剣》【咆風呪】!」
巻き起こる漆黒が流れてくる血肉を飲み込み、枯れ果てさせていく。
今の一撃を放った感触からして、肉はともかく血についてはHPの低い集合体という扱いであるようだ。
餓狼丸の吸収や、あまり高くはない【咆風呪】の攻撃力だけでも削り切ることができるらしい。
例によって《奪命剣》のテクニックならば完全に消滅させられる様子であるが――
(他の連中の攻撃は、ある程度は削れるが完全に消すことは不可能、ってところか)
緋真の火力ですら、血肉を完全消滅させるには至っていない。
それができているのは、《奪命剣》などの吸収系のテクニックを使用しているプレイヤーだけのようだ。
攻撃である程度は削り取れるようになっているだけマシというものだろう。
だが、それはつまり、かなりの量の吸収を許してしまうということでもある。
ここまでは血と小さめの肉塊程度だから何とかなっているのだ。
建物大の肉塊が迫ってきている現状、この後もすべてを完璧に消し去ることは不可能だと言えるだろう。
「射撃、銃撃系スキルで大型の肉塊に攻撃を! 事前にサイズを落として対処してください! 中距離は範囲魔法で量を削り、吸収系スキル持ちは量を落としてからの対処を!」
その状況でも、アルトリウスの指示は実に的確であった。
咄嗟に破壊することが困難なら事前にダメージを与えておき、広範囲の魔法攻撃で削り取れる分は削り、吸収系スキルの使い手の負担を最小限にする。
急速に整えられていく陣形は、『キャメロット』のプレイヤーだけではなく他の参加者も加えられているようだった。
現状の動きとしては最適解と言えるだろう。尤も――それでも尚、全てを破壊しきるには至らない様子だったが。
「ルミナは……まだ戻ってきてないか。セイラン! お前も範囲攻撃に参加しろ! シリウスは人のいない方向に、チャージが完了し次第ブレスをぶっ放しておけ!」
「ケェエエッ!」
「グルルルルッ!」
俺の指示を受け、舞い上がったセイランは空中から無数の雷を降り注がせ始める。
正直、セイランのMPではあまり長期間持たせることはできないだろうが、それでも今は消費を気にしている状況じゃない。
シリウスもまた、その強大なブレスを前方へと向けて解き放った。
広範囲に拡散するシリウスのブレスは、肉塊を含め大量の血肉を斬り裂いて押し戻す。
広範囲の破壊力という点においては、シリウスのブレスが最も優秀であるようだ。
「ご丁寧に俺の前は残しやがってからに……《オーバーレンジ》、《奪命剣》【奪淵冥牙】!」
大きく振り上げた餓狼丸の刀身を芯として、漆黒の風が逆巻き始める。
周囲から強制的に生命力を奪う漆黒の渦は、足元を流れて行こうとする血の河を枯らし、その命を吸い上げていく。
かつてないほどに奪い易い生命力に、思わず背筋が寒くなるような感覚を覚えるが、俺は舌打ちと共にその感覚を斬り捨てた。
「枯れ堕ちろ!」
渦を巻く漆黒を、正面へと向けて全力で振り下ろす。
立ち合いの中ではない一閃であるからこそ、その振りは理想的な軌跡を描く。
黒い一閃は軌跡のみが先行し、血の河と肉の山を真っ二つに両断して――直後、轟音と共に駆け抜けた黒い渦が、それらを全て枯れ果てさせた。
距離を伸ばしていることもあり、その先にある建物の形を保った肉塊すらも大きく抉り取るように斬り裂くことができたようだ。
ある程度は破壊できたが、やはり現象の規模があまりにも大きすぎる。【奪淵冥牙】はクールタイムの問題もあって連発できるようなものではないし、ロスを避けることはできないだろう。
(どこまでも、厄介なことを……!)
先は見えている。このフェーズは、どのような形であれアルフィニールの吸収が終わったタイミングで終了することになるだろう。
その変化が起こるのは、そう遠くないタイミングまで迫ってきているのだ。
俺は胸中で吐き捨てながら、MPポーションの瓶を放り捨てたのだった。