758:融解せし愛の檻 その19
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凄まじい破壊力を生み出した、レヴィスレイトの一閃。
その衝撃にセイランの背から振り落とされそうになりつつも、何とか体勢を立て直して状況を確認する。
巨大な塔を左右に真っ二つにしたため、地上にまでその影響が及んでいる程だ。
幸い、ある程度塔からは離れていたため、地上の部隊に直接の被害は出ていないようだが。
尤も、溢れ出した血のせいで、少々足を取られている連中もいるように見える。
(流石に、あれで仕留められるほど容易い相手ではないか)
【餓狼呑星】までも使って発動した【命喰牙】、それによるHP吸収が続いている感覚がある。
つまり、アルフィニールは健在であるということだ。
尤も、公爵級の攻撃とはいえ、ただの一撃で倒し切れるとは微塵も考えてはいなかったが。
解放の発動が終わってしまった餓狼丸は、成長段階は下がらなくなったとはいえ、蓄積経験値を全て吐き出し切ってしまった状態だ。
もう一度使えるように、通常の解放が可能なところまで経験値ジェムを使用しなくては。
「……さて、どうなる?」
溜めておいたジェムを使用しつつ、塔の辺りを注意深く観察する。
あの時出現したアルフィニールに対し、先手を打つことはできた。
放置していればどのような行動をしてきたかは分からないが、とりあえず初手を潰すことには成功しただろう。
図らずともレヴィスレイトと共闘するような形となってしまったが、大公を相手にするのだから贅沢は言っていられない。
使えるものはすべて使わなければ、大公には届かないだろう。
(死んでいる筈がない。どう出てくるつもりだ、アルフィニール)
流石に、公爵級の渾身の一撃を受けたならば、相応のダメージは出ている筈だが。
だが、今をもってなお、アルフィニールの反応は見受けられない状況だった。
塔を真っ二つにしたレヴィスレイトは、ビルのような巨大な剣を引き抜こうとし――何かに掴まれたように、動きを止める。
『チ……ッ!』
その感触に、レヴィスレイトはすぐさま剣を離して後退した。
巨大な鎧の姿にしては軽快な動きであるのだが、あの足元の辺りはどうなっているのやら。
塔に突き刺さったままの大剣は、その接触面から侵食されるかのように材質が変化していく。
それは――この都市を構成するものと同じ、悍ましい肉の塊であった。
「びっくりしたわぁ……うふふ、元気がいいのねぇ」
先にも耳にした、甘ったるい声。
攻撃を受けたにもかかわらず、まるで敵意を滲ませていないその声は、塔に突き刺さったままの剣の上から聞こえてきていた。
巨大な剣の刀身の上、そこをゆっくりと歩きながら、圧倒的な気配を隠そうともせず――大公アルフィニールは、朗らかな笑みを浮かべる。
――その歩を進める度に、レヴィスレイトの大剣を足元から侵食しながら。
「異邦人、そして叛逆の子たち。歓迎するわぁ、遊びに来てくれてありがとうね」
その言葉からは、恐ろしいことに皮肉の気配を一つも感じ取ることができなかった。
アルフィニールは、本心からその言葉を口にしている。
俺の突き刺した【命喰牙】を脇腹に生やしたまま、けれどそれ以外のダメージはまるで見受けられない状態で、アルフィニールは純粋に俺たちの来訪を歓迎している。
敵意も殺意もない、あるのはただ親愛の情だけ。この悍ましい戦場で――その首魁である悪魔は、ただ純粋な愛を謳っているのだ。
『アルフィニール……ッ!』
「レヴィスレイト、我が騎士よ。あまり逸ることはない」
対し、圧倒的な覇気を纏う声が、その精神的な異形に相対する。
いつの間にか姿を現していたドラグハルトは、レヴィスレイトを制しながらアルフィニールの前へと姿を現した。
悪魔を、プレイヤーを従えて、頂点であったはずの悪魔は告げる。
「先ほどぶりだな、アルフィニール。我が騎士の剣の味はいかがだったかな?」
「素敵だったわぁ、ドラグハルト。それに、あの子の牙も素晴らしいわねぇ。こんないい子たちが集まってくれて、私はとっても嬉しいの」
ちらりと俺の方に視線を向けたアルフィニールは、【命喰牙】が突き刺さったままの脇腹を撫でながらそう告げる。
生命力を奪い取られながら、それでもまるで気にした様子もなく、その言葉の通り嬉しそうに笑う。
俺もレヴィスレイトも、明確な殺意を以て攻撃した。だというのに、それに対する反応がこれだ。
こちらの攻撃など歯牙にもかけていないかのような反応に、こちらは更なる殺意を滾らせる。
不本意ながら、レヴィスレイトも同じ心境であるようだ。
「では皆様、改めて……ようこそ、私の愛の庭へ。ここまでの道、楽しんでいただけたようで良かったわぁ」
その言葉への感想は一言、『反吐が出る』だ。
この女の感性は考えるだけ無駄だろう。絶望的に相容れない、相互理解は不可能な怪物だ。
「ユグレヴィーナはちょっとやり過ぎかと思ったのだけど、どうしても貴方たちと遊びたいというものだからねぇ……ほら、可愛い子のわがままは聞いてあげないといけないでしょう?」
「……ユグレヴィーナは自らの意思で貴公の配下となった、その末路を問うつもりは無い。英雄の介錯には、感謝せねばなるまいがな」
「そうそう、消えてしまったのよねぇ……まだまだ遊びたかったでしょうに。可哀想だけど、子供同士が遊んでいたのだから、そういうこともあるわよねぇ」
マレウスの、MALICEの基本思想も狂ってはいる。
だが、思想には一切共感できずとも、その論理自体は理解できないものではなかった。
しかし、この女は根本的な思考回路が壊れ切っているのだ。
決して相容れないその言葉に、ドラグハルトすらも僅かに苛立ちを滲ませながら、アルフィニールへと告げる。
「――では、この後のことも分かっているのだな?」
「ええ、勿論。子供たちの前で格好つけるなんて、ちょっと恥ずかしいのだけど……これもお母さまからのお仕事。頑張らないといけないわねぇ」
そう口にして――アルフィニールは、ゆっくりと両手を広げる。
その瞬間、奴の纏っていた気配が明確に変貌した。
こちらへと示される親愛は変わらない。だが、息が詰まるようなその気配は、間違いなくこちらを脅かす意思そのものであった。
「マレウス・チェンバレンの見出した原初の四つ。私の名前はアルフィニール――我がかたちは、愛に満ちた揺籃の檻」
アルフィニールを中心として脈動する、強大な魔力。
その気配は奴だけではなく都市全体へと広がり、侵食された地面や建物を含め、全てが同じタイミングで拍動を開始する。
目の前で展開される異様な光景に、俺は固唾を呑んで状況の推移を見守った。
これを止めることはできないだろう。態勢を整え、状況の変化に対応するしかない。
「我が愛こそが世界の理。遍く総てを、我が愛の裡に」
ずるり、と――アルフィニールが足場にしていた、レヴィスレイトの剣が溶ける。
血肉となり、突き刺さっていた塔ごと溶け落ちて、地面へと沈んでいく。
その血肉の沼の中央に降り立ち、アルフィニールは己を抱きしめるようにしながら告げた。
「溶けて、交わり――私と一つになりましょう」
瞬間――都市全体が鳴動を始める。
上空で見ているからこそ分かる。肉に侵食された都市の全て、それらが少しずつ動き始めているのだ。
中央、アルフィニールの状況を見るに、恐らく奴は吸収しているのだろう。
都市の全て、そこに展開されていたリソースの全てを。
つまり――
「黙って見届ければロクでもないことになるってか!」
吸収しようとしている物体を破壊するべきか、もしくは吸収しきる前に奴へと攻撃を仕掛けるべきか。
結論を出すには情報が足りないが、座視すれば間違いなく手が付けられなくなる。
そう結論付けて、俺は急ぎ地上へと向けて降下したのだった。