756:融解せし愛の檻 その17
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セイランを駆り、空へと舞い上がる。
この荒れ狂うような戦場の中、無防備に空を飛ぶことはそれだけで自殺行為と言えるだろう。
加速しているセイランでなければ、飛び交う攻撃の嵐の中を飛び回ることなどできるはずもない。
特に危険なのは、ユグレヴィーナへと攻撃を繰り返しているレヴィスレイトだろう。
あの巨大な剣は、掠めただけでも俺たちのHPを消し飛ばしてしまう。
「保険を掛けたとはいえ……本当に無茶を言ってくれる」
苦笑と共に呟くが、これが必要な仕事であることは分かっている。
ユグレヴィーナがいる限り、俺たちはアルフィニールの元へと辿り着くことができない。
ちらりと姿を見ただけの、あの忌々しい女――奴へと刃を届かせるためにも、この悪魔は何としても除かねばならないのだ。
「お互い様とはいえ、反応が怖いところだな」
レヴィスレイトはこちらを目の敵にしている。
ドラグハルトの配下であり、奴を崇拝しているためでもあるだろう。態度の時点で攻撃的であり、相容れるような要素は皆無といっていい。
今は共通の敵を相手にしているとはいえ、協力し合えるとは思わない方がいいだろう。
むしろ、邪魔をされないかどうかを警戒しておいた方がいい。
(流石に、ここまでの流れで普通に倒しても殺し切れないことは気づいているだろうが……向こうに手があるのかどうか)
尤も、仮にドラグハルト側に手があったとしても、向こうに主導権を握らせたまま先に進むつもりは無い。
仮に彼らに手があったとしても、ユグレヴィーナは俺たちの手でとどめを刺さなければ。
嵐のように飛び交う剣圧を回避しながら、その先にあるユグレヴィーナの体を注視する。
人の形をしているとはいえ、その体はとにかく巨大だ。
また肉の塊となっているため、果たして人体と同じ急所があると考えていいのかどうか。
とはいえ、他に目ぼしい標的も無し。素直に首を狙うしかないだろう。
(気づいてるな。レヴィスレイトだけではなく、ユグレヴィーナも。流石に、公爵級はそう甘くは無いか)
不意打ち気味に斬れるなら御の字だったが、流石にそう甘くはないようだ。
だが、奴らはまだこちらを脅威とは見ていない。
普通に倒したところでリソースを回収されるだけであるし、こちらはまだアクションを起こしていない。
現時点では、それほど注意するに値しないということだろう。
逆に言えば、こちらが準備を開始した段階で警戒をされかねない。
その警戒を潜り抜けて刃を届かせなければならないのだから、やはり難しい仕事だ。
『うふふ、速くて鋭い――やはり、貴方も一緒になるべきです、レヴィスレイト』
『黙れ、最早貴様の戯言は聞くに堪えん!』
肉の触手と砲弾、その悉くを切り捨てながら刃を届かせるレヴィスレイト。
攻撃を受け、血を噴き出しながら、まるで痛痒を覚えた様子もないユグレヴィーナ。
大怪獣同士の戦いであるが、果たして決着のつくものなのかどうか。
――だが、それを黙ってみているつもりもない。
「セイラン、俺に合わせろ」
「クェ?」
「ああ、いつも合わせて貰っちゃいるが、それじゃ足りん――全てを、だ」
セイランの背を、指先で叩く。トン、トンと一定のリズムで。
それは、俺の心音であり、俺の呼吸。俺という命が持つ拍動だ。
困惑していたセイランだが、力を認めている俺の指示には忠実に従うのがこの魔物だ。
セイランはそのリズムを聞きながら翼を羽ばたかせ始める。
始めはぎこちなく、少しずつタイミングを合わせて、やがてスムーズに翼を動かして。
(これなら、普段からやっておくべきだったな)
これは所詮付け焼刃だ。普段から訓練していたものでないなら、土壇場で維持し続けることは不可能だろう。
だが、今はそれでもいい。ほんの一瞬だけでも維持できるなら、今回はそれだけで十分だ。
感覚を広げ、こちらへと飛んでくる攻撃を捉えて躱しながら――ようやく、待ち望んでいた声が耳に届いた。
『クオンさん、ユグレヴィーナのHP量が想定域を割りました。準備をお願いします』
「……了解だ。合図は任せるぞ」
左手はセイランに添えたまま、餓狼丸を構える。
これを起動すれば、あの公爵級悪魔たちはこちらを警戒することだろう。
その上でそれを潜り抜けて、ユグレヴィーナへと刃を届かせる。
チャンスは一度きり、やり直しの機会は無いだろう。
「――我が真銘を告げる」
――だが、それで十分だ。
その程度の綱渡り、渡り切れないならば大公を討つなど夢のまた夢なのだから。
「我が爪は天を裂き、我が牙は星を砕く。されど我が渇きは癒されず、天へと吼えて月を食む」
餓狼丸が脈動する。柄を握る俺の掌を伝い、黒い紋様が炎のように頬までを侵食する。
漆黒の炎を纏いながら、貪欲に敵の命を喰らわんと唸るその気配。
「怨嗟に叫べ――『真打・餓狼丸重國』!」
咆哮を上げるその気配に、レヴィスレイトたちが僅かに動きを鈍らせたのが見て取れた。
俺がこれを使うのが予想外だったか、或いは純粋に脅威としてか。
かつてディーンクラッドを、そしてデルシェーラを討つに至ったこの刃――強大な悪魔とて、無視はできない代物だろう。
レヴィスレイトとユグレヴィーナは一瞬だけ動きを止め、互いに好機と見てか攻撃を繰り出す。
ほぼ同時に繰り出された攻撃は、互いに回避の隙を与えることなく命中し――レヴィスレイトは僅かに後退し、ユグレヴィーナはそのHPを削り取られる。
刹那――
『――今です!』
予想と全く同じタイミングで響いたアルトリウスの声に、俺は即座にセイランへと合図を送った。
体に黒い嵐を纏わせ、セイランは一気に急加速する。
後退したレヴィスレイトの攻撃は届かない、今この瞬間こそが最大の好機だ。
『邪魔をしないでいただきましょう……』
しかし、こちらに気付いているユグレヴィーナは当然迎撃を行ってくる。
無数に生える触手と砲弾の群れ。その一つにでも命中すれば、俺たちは叩き落されてしまうことだろう。
「《オーバーレンジ》、『奪淵煌牙』」
無論、その反応が来ることは予想していた。
打てる対策はあまりにも少ないが――ほんの僅かにでも時間が稼げるなら、それで十分だ。
歩法・奥伝――虚拍・先陣。
レヴィスレイトとの戦いを観察し続けて見出した、僅かな空隙。
その意識の隙間へと、俺はセイランと呼吸を合わせて飛び込んだ。
俺のリズムを把握したセイランは寸分の狂いなくタイミングを合わせ、ユグレヴィーナにとっての意識の死角へと潜り込む。
『……ッ!?』
捉えていたはずの俺の姿を見失い、ユグレヴィーナが驚愕に硬直する。
俺たちを狙う攻撃の群れも僅かな間だが動きを止め、餓狼丸はその触手の群れから強制的に生命力を奪い取る。
ユグレヴィーナがこちらを見失った時間は二秒にも満たないだろう。
そのほんの僅かな時間が、俺たちを紙一重の距離にまで肉薄させる。
「【餓狼呑星】ッ!」
『くッ!?』
こちらの姿を再度捉え、その上で振るわれたのは巨大な掌。
まるで虫を払うかのような、反射的な行動。だが、巨人に振るわれた掌は俺たちを叩き潰して余りある威力だ。
避ける暇はない。避けていれば攻撃の機会を失う。
故に、俺とセイランはさらに加速してその先へと飛び込み――掠めるように当たった掌が、纏っていた【ファントムアーマー】を打ち砕いた。
『な――』
斬法――剛の型、輪旋。
極限まで高められた、《奪命剣》による一閃。
黒く染め上げられた巨大な刃の一撃は、塔に同化したユグレヴィーナの首を深々と斬り裂いたのだった。