755:融解せし愛の檻 その16
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レヴィスレイトとユグレヴィーナ、二体の公爵級悪魔の激突は、言うまでもなく想定外も想定外の事態だ。
大公側に付いたユグレヴィーナは言わずもがな、ドラグハルトの配下であるレヴィスレイトも潜在的な敵。
だが、今の戦場においてレヴィスレイトは、警戒こそすれ積極的に敵対すべき相手ではない。
無論、奴がこちらに気を遣うことなどあり得ないだろうが、そういうものとして考えておけば利用できないわけではないだろう。
(とはいえ、どうしたもんか――)
俺たちのひとまずの目的地は、中央にある塔だった。
しかしその塔は今、姿を変貌させてユグレヴィーナの体となっている。
そしてユグレヴィーナは今まさに、レヴィスレイトと相対している状態なのだ。
今のところは派手な争いにはなっていないようだが、こいつらが本気で戦い始めたら周囲が更地になりかねない。
それに巻き込まれれば、こちらも一たまりも無いだろう。
――しかし、そんな俺の悩みを吹き飛ばすかのように、力強い声が後方から響いた。
「部隊を展開、中央からは距離を保ちつつ周囲を制圧! その後、中央への攻撃を開始してください!」
それは、あまりにも思い切りが良すぎる作戦であった。
この危険な状況下で積極的に攻めることは、あまりにもリスクが高すぎる。
俺たちだけならともかく、ここには味方陣営の大半が集まってきているのだから。
それでも、アルトリウスは攻める判断を下した。この難しい局面で、ハイリスクハイリターンを選択したのだ。
「ッ……お前たち、言葉の通りだ! あの化け物共に踏み潰されるなよ!」
俺の号令を受け、門下生たちが展開を開始する。
塔を中心に置く広場まで辿り着いたとはいえ、ここにもまだ何体もの化け物が存在しているのだ。
こいつらを片付けねば、マトモな戦いをすることは不可能だろう。
化け物が定期的に補充され、巨大な怪物が争い合っている戦場――全く、ここまで酷い戦いも久しぶりだ。
「《オーバーレンジ》、《奪命剣》【呪衝閃】」
斬法――剛の型、穿牙。
黒く伸びた切っ先が、ラクダのような形状の化け物の胴体を貫通し、更に奥にいた他の化け物までもを巻き込んで貫く。
やはり、《奪命剣》のテクニックに関しては間違いなく効果があるようだ。
しかし、テクニックにしてもすべて有効なのか、あるいは他にも何か条件があるのか――検証したいところではあるが、目の前に大物がいるとなるとそうも言っていられない。
『……私が間違っていたようだ』
『ふふ……どうしたのですか、レヴィスレイト』
しかしこちらが頭を悩ませている一方で、頭上の会話は今も続いている。
一歩後退したレヴィスレイトは、剣の切っ先を僅かに下げながら静かに告げる。
ユグレヴィーナはレヴィスレイトが戦意を失ったように見えたらしいが――そんなはずがあるまい。
噴火直前の火山のような、爆発寸前の気配。それを湛えたまま、レヴィスレイトは静かに告げる。
『過去に固執し過ぎた。ああ、そうだ――貴様は既に死んでいたのだ、ユグレヴィーナ』
『……レヴィスレイト?』
訝しむように、ユグレヴィーナは問いかける。
その内側にあるのは警戒心か。そのおかげで、足元にいる化け物たちの動きは鈍い。
『貴様は甘い女だ。我らの在り方を理解しながら、末端の存在が失われることすら気に掛けていた。我らは、ただの道具に過ぎぬというのに』
ユグレヴィーナなる悪魔の性格は、先程からの会話でしか察することはできない。
しかも、今の彼女はとてもではないが正気とは思えず、本来の彼女の性質など理解できる筈もない。
故に、これはレヴィスレイトの感傷以外の何物でもなかった。
『貴様が道を踏み外したのは、その甘さ故か。揺籃の怪物の内であれば、それらを取り零すこともないと考えたか――ああ、理解できぬとも、貴様の在り方など』
『……そこまで、分かっているというのに?』
『そうだ。私にはあり得ぬ考えであるからこそ、貴様は閣下と共に在るべきだった。だが……下らぬ感傷は、ここまでにするとしよう』
刹那、レヴィスレイトの殺気が膨れ上がる。
即座に反応したユグレヴィーナが砲門を展開し――それが放たれるよりも速く、銀の閃光が振り抜かれた。
「……!」
――弾けるような音が、衝撃と共に頭上から降り注ぐ。
風も音も置き去りにする一閃は、振り抜かれた後でようやくその破壊力を顕現させたのだ。
あれだけの巨体を持ち合わせながら、その速度で攻撃を繰り出す。
それがどれほど異常であり、どれほど脅威であるかは、これまでの公爵級との戦いで十分に理解していた。
『ふふふ、流石ですね……!』
複数の砲門を破壊されながら、しかしユグレヴィーナの声の中に動揺はない。
己が死なないと分かっているからか、防御する様子もなくレヴィスレイトに反撃を繰り出すばかりであった。
しかし、鋭さを増したレヴィスレイトの攻撃は、ユグレヴィーナの反撃を悉く弾き返して刃を届かせている。
互いに攻撃が効かない千日手の様相ではあるが――果たして、その全てが本当に無意味なのか。
『――クオンさん』
「アルトリウスか!」
耳に届いた声に、俺は周囲への警戒を途切れさせぬままに応える。
周囲には化け物が蔓延っており、頭上からは時々ユグレヴィーナの肉片が落ちてくるのだ。
ここはまさに、危険地帯の中の危険地帯である。制空権を取られた戦場よりよほど危険な状況では、生憎と細かな作戦対応までは難しいだろう。
「手短に頼むぞ。頭上が危険すぎるんでな」
『では単刀直入に――隙を突いてユグレヴィーナを討ちます』
手短にとは言ったが、あまりにも簡潔すぎる言葉に思わず半眼を浮かべる。
言わんとすることは分からないではない。アルフィニールと戦うためには、ユグレヴィーナは最悪の障害といっていい。
こいつを取り除かないことには、大前提となるアルフィニールとの戦いに進めないのだ。
故に、この化け物を討つことは正解だと言えるだろう。問題は――
「アルフィニールの能力下にあるあの化け物を、本当に殺し切れるのか?」
現状判明しているのは、《奪命剣》のテクニックであれば殺し切れるかもしれないということだけ。
そのために俺へと声をかけてきたのは分かるが、果たしてどうやってその状況に持って行くというのか。
俺の問いに対し、アルトリウスは力強く続ける。
『安全圏確保に動かしたプレイヤーを観測手に、ユグレヴィーナの情報をスキャンしています。アルフィニールに取り込まれているからかは分かりませんが、HPバーは一本だけ。つまり、今の体力を削りきれば一度溶けて復活すると思われます』
「つまり、こいつのHPが尽きる直前に俺が《奪命剣》の攻撃を当てると?」
『はい。ですがタイミングを合わせる必要もありますし、適当に攻撃するだけでは削り切れない可能性もある。だからこそ……HPが減ったタイミングで、最大の攻撃を急所に当てるしかありません』
その言葉に、俺はちらりと黒く染まった餓狼丸の刀身に視線を向ける。
つまりは、そういうことだろう。そのための準備をしてきたとはいえ、まさかこのような形で切り札を切ることになろうとは。
――故に、俺は笑みと共に頷いた。
「いいだろう。元より行き当たりばったりだ。賭けに出なけりゃ、得られるもんも得られやしない」
前哨戦と呼ぶには、あまりにも強大な敵。
だが、ここを潜り抜けなければ大公を討つなど夢のまた夢だ。
全力を以て障害を排除する――その覚悟を決め、俺はセイランを呼び寄せたのだった。