752:融解せし愛の檻 その13
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それは正直何と表現すればよいか分からないような化け物だった。
単純に表現するならば太い竹輪にできの悪い手足が付いているような有様だが、その口から何本もの触手が生えている姿は如何ともしがたい。
ひょろ長い手で周囲の建物を掴み、立ち上がりながら、おしべから分離した化け物はゆっくりとこちらへと顔を向けた。
その正体も性質も不明だが――放置していてよいものではなさそうだ。
「グルルルルルッ!」
それだけの巨体であるため、シリウスも即座に気が付いたらしい。こちらを覗き込む巨大な化け物に対し、警戒の唸り声を上げている。
しかし、意志らしきものは感じ取れないその化け物は、シリウスの威嚇を気にする様子もなくこちらへと歩いてくる。
プレイヤーたちも、その異常な姿に気が付いて動揺している様子が見て取れた。
まあ、うちの連中は最初こそ驚いたものの、すぐに気を取り直して周囲の敵に斬りかかって行ったのだが。
「デカブツは俺の担当ってか……ったく」
確かに、門下生たちはあまり大型の敵を得意としているわけではない。
俺に任せた方が効率が良い、という判断の元に任せているのだ。
今はあまり余裕もないし、細かいことは言わないで置いた方がいいだろう。どのみち、戦うのはシリウスだからな。
『……!』
化け物は無言のまま――というか発声器官が無いのかもしれないが、とにかく特に反応を示すこともなくこちらに近づいてくる。
流石に警戒ラインも通り越え、シリウスは敵意を露わにしながら前に出た。
だが、化け物はそれでも反応を示さず、その顔らしき部位をこちらへと向け――刹那、悪寒が背筋を這い上がった。
「ちッ、自分の身は自分で守れ!」
膨れ上がる殺気、それと共に放たれたのは、奴の口から無数に生えている触手であった。
それらは槍のように鋭く尖り、前方を放射状に埋め尽くすようにこちらへと迫る。
距離があるが故に、攻撃範囲が広すぎる。回避することは不可能だ。
俺の身を貫こうと迫ってきた攻撃を正確に斬り払い、難を逃れる。
幸い、触手の強度自体はそれほど高くはなく、破壊することは難しくは無かった。
門下生たちも俺の警告に反応し、各々が弾くなり斬り払うなり対処したようだ。
(攻撃は重くはないが、攻撃範囲が広すぎる。放置しておくわけにはいかんか)
あの化け物をシリウスと共に片付けようと足を踏み出し、ふと視界の端に映ったものに視線を向ける。
それは、化け物の攻撃が突き刺さった壁や地面。
深々と突き刺さったにもかかわらず、血が出る様子もないそれは――その刺さった場所から、変異を示す変色を始めたのだ。
(攻撃した場所に変異を誘発……おしべ、アレの性質は――)
変色し、裂けるように割れ、頭を出し始める化け物の群れ。
あの化け物が際限なく敵を生み出すのであれば、即座に撃破しなければならない。
――いい加減、このままでは手が足りんか。
「焦天に咲け――『紅蓮舞姫』ッ!」
刹那、紅の炎が舞い踊った。
俺の考えを汲んだように成長武器を解放させた緋真は、その刃を地面へと突き刺して周囲に炎の彼岸花を咲き誇らせる。
それにより、地面から現れようとしていた化け物たちは、ひとつ残らずその身を炎に包まれることとなった。
いいタイミングでの解放に内心で感謝しつつ、俺はシリウスと共に地を蹴った。
放置しておいても危険なのに、まさか破壊しても危険を振りまくとは――
「いい加減、悪辣に過ぎる! 貪り喰らえ、『餓狼丸』!」
この場に姿を現した化け物はいい。だが、他の場所に落ちたものは対処しようがない。
放置しておけば際限なく化け物を生み出すかもしれないが、それらを破壊する手段は無いのだ。
ならば、少しでも早く敵を倒し、前に進むしか道は無い。故に――餓狼丸は、黒い靄の中で唸り声を上げる。
歩法――間碧。
現れ始めた化け物の隙間を縫うように駆けつつ、その身に刃を走らせる。
殺し切るには至らないだろうが、手足の一本程度は持って行ってやらねばならないだろう。
標的を定めたシリウスは迷うこともなく、一直線に化け物の方へと走り、道を塞ぐ建物を体当たりで強引に破壊した。
血が弾けた向こう側で、その全容を現した異形の化け物は、口の中へと触手を戻している。
周囲には変異の兆候が表れている辺り、近辺にも触手を放っていたのか、或いはそこにいるだけで変異を誘発してしまうのか。
何にせよ――
「まとめて吹き飛ばせ!」
「ガアアアアアアアッ!!」
餓狼丸が生命力を啜り上げている中ではあるが、早々に片付けてしまわねばなるまい。
俺の号令に唸りを上げたシリウスは、強大な魔力をその口腔より解き放った。
変異を始めた地面や建物、それらをまとめて削り取るようにシリウスのブレスが暴れ回る。
その破壊力の中で触手を引き千切られ、それでも化け物は痛みを感じた様子もなく、シリウスの方へと向き直った。
口からは再生した触手が生え始め、ブレスを終えたばかりのシリウスへと放とうとし――
「《オーバーレンジ》、『命餓一陣』!」
斬法――剛の型、迅雷。
解き放った生命力の刃が、敵の命すらも食らいながら肥大化する。
中空に黄金の残光を残した一閃は、シリウスへと解き放たれようとしていた触手を根元から斬り裂いた。
ここで足止めを喰らうわけにはいかない。この化け物は、早々に片付けなければならないのだ。
俺によって攻撃をキャンセルされた化け物は、一瞬だけ動きを止める。
迷うというより、攻撃が不発に終わったことを認識できていないような空白だ。
機械的な動きではあるが、その時間があるなら十分。シリウスは、その鋭い爪を化け物の体へと容赦なく叩き込んだ。
その怪獣同士の戦いを見据えながら、俺は化け物の体を注意深く観察する。
まだ、何が起こるかは分からないのだから。
「グルルッ、ルァアアアッ!」
不気味な化け物が相手でも怯むことなく突っ込んだシリウスは、両手の爪を使って化け物の体を引き裂いた。
防御力はそれほど高くは無いらしい化け物は、手足を引き千切られ、喉と思われる辺りを食い千切られて……それでも、まだ動いている。
果たして、どこまで破壊すれば動かなくなるのか。不気味極まりないが、ここまで来たら徹底的に破壊しなければならないだろう。
「《奪命剣》、【咆風呪】!」
シリウスによって破壊されつつある身体を、【咆風呪】の黒い風で包み込む。
生命力を奪う《奪命剣》の一撃は、周囲に飛び散った肉片などを枯らせるように消滅させるのだ。
それを見て、ふと気が付いた。《奪命剣》による攻撃であれば、化け物の体は溶けるように消えている様子はないと。
「……試す価値あり、か!」
餓狼丸を大上段に掲げる。
俺の攻撃動作を横目に見たシリウスであるが、まだ化け物を攻撃する手を緩めるつもりは無いらしい。
だが、それで正解だ。何しろ、この技はどうしても発動に時間がかかってしまうものであるが故に。
「――《奪命剣》、【奪淵冥牙】!」
餓狼丸が、黒い渦に包まれる。
逆巻く漆黒は、周囲の環境全てから生命力を徴収し、徐々に巨大化していくのだ。
そして、その回転が最高潮にまで高まった瞬間、俺は一歩前へと踏み出し――同時に、シリウスは化け物の体から飛び離れた。
斬法――剛の型、白輝。
振るうは全力の一閃。黒い軌跡が、ただその輪郭だけを中空に残す。
そして――そこから溢れ出るように、漆黒の暴風が吹き荒れた。
生命力を奪い尽くす冥府の風。それはアルフィニールによって侵食された都市であろうと関係なく命を奪い――枯らし、ひび割れ、消滅させてゆく。
「……ここに来て、ようやくの朗報か」
――それが過ぎ去った後には、何も残されてはいなかった。