750:融解せし愛の檻 その11
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「――シリウス!」
「グルルルルルッ!」
こちらへと向けられた粘着質な殺気。その圧力が増したその瞬間、俺は咄嗟にシリウスへと指示を飛ばしていた。
状況はあまり把握していないだろうが、俺の声に反応したシリウスは、急ぎ俺の前へと身を乗り出す。
そして、次の瞬間――巨大な轟音と共に、台風の風圧のような強烈な衝撃にたたらを踏んだ。
「っ……シリウス、無事か!?」
「グルル……ッ!」
ただの余波でこの衝撃だ。直撃を受けたシリウスは、《不毀》の効果によって傷を受けることはなかったようだが、それでも少なくはないダメージを受けていた。
削られた体力は二割ほどか。シリウスの防御能力を考えれば、とんでもない破壊力だと言えるだろう。
恐らくは砲撃――それも、以前にこの街を偵察した時と似た攻撃だ。
だが、その規模は以前よりも強力であり、とてもではないがシリウス以外に受けきれるようなものではない。
とりあえずシリウスはルミナに回復させつつ、上に並ぶおしべの様子を観察する。
(アレが大砲だというなら、何門の砲口がこちらを向いてる!?)
この都市は、巨大な花の形状と化している。
目的地はあのめしべと思われる塔だが、その周囲には何本ものおしべに当たる器官が生えているのだ。
その正体は今の今まで不明だったのだが、まさかあれが大砲であったとは。
現在の位置からは、見えるおしべの数は五本。うち、位置関係的にこちらを向けるのは三本だ。
だが、その全てをカバーすることは不可能。俺たちだけならばシリウスが防ぐこともできるだろうが、後続に関してはそうもいかないだろう。
「しかも、行動を封じていた化け物まで一緒に吹き飛ばしやがったか……分かっててやりやがったな?」
思わず舌打ちしつつ、近寄って来た化け物の攻撃を回避する。
上は危険極まりないのだが、生憎と上ばかり見ているわけにもいかない。
浅い踏み込みであった一撃を潜り抜け、虫のような形状の足関節へと刃を振るい、切断する。
中途半端な攻撃による足止めを嫌って化け物ごとこちらを吹き飛ばそうとしたならば、逆にその作戦が有効であることを示しているとも言える。
この作戦自体は間違いではないのだ。問題は、その間に頭上から狙われ続けることであるが。
(距離が遠い。もう少し近付けば《不毀の絶剣》を当てられるが、ここからシリウスを離すわけにもいかない)
あの砲撃を防ぐことができるのは、この場に於いてはシリウスだけだ。
故に、シリウスを飛ばしてあれを破壊させるということはできない。
だが、同時にあれを放置するという選択肢もない。シリウスやトップクラスのタンクならいいが、他の者達では今の攻撃を防ぎ切れないのだ。
どうやって対処すればいいのか――その考えに頭を悩ませた、瞬間だった。
周囲一帯、プレイヤー総員を含めたエリアが、魔力を帯びた霧に包まれたのだ。
「アリス……いや、違うか」
霧ということで、アリスが成長武器を解放したのかと思ったのだが、どうやらアリスの仕業ではなさそうだ。
霧は薄っすらとではあるが青みがかかっていて、視界を遮るほど濃いものではない。
足元を漂う程度の、薄い霧だ。まあ、達人同士の戦いだと踏み込みが見えづらくなるため困るのだが。
次から次へと状況が変わり、何なのかと眉根を寄せていたのだが、その答えは後方から響き渡った。
「一帯を幻影で包みました、しばらくは大丈夫です! クオンさん、砲門の破壊をお願いします!」
「そいつはまた、思い切ったことをしてくれる!」
恐らくは、マリンによる幻術の魔法。
どの程度持続できるのかは知らないが、俺に破壊を指示したということは、長時間展開したまま進み続けることはできないのだろう。
ともあれ、方針が決まったならばあとは実行するだけだ。
「緋真、ルミナ! 地上のことは任せるぞ!」
「了解です、気を付けて!」
本来であればルミナも連れて行きたいところではあるのだが、迎撃の戦力を薄くすることは避けたい。
おしべのことについては、セイランとシリウスで何とかしなければならないだろう。
即座に呼び寄せたセイランに跨り、シリウスに合図を送りながら上空へと舞い上がる。
途端に、地上からはいくつもの対空攻撃が飛んでくることとなったが、そちらはシリウスを盾にして防ぐことが可能だ。
「シリウス、砲撃には注意しろ。最初に狙うのは左側だ」
「グルルッ!」
地対空攻撃は恐れる必要はない。シリウスにはほぼダメージを通すことは不可能だ。
だが、あのおしべの砲撃は、シリウスにすら二割近いダメージを与えられる。
空中では踏ん張りも利かんし、命中することは避けたい。
そして同時に、中央に近付き過ぎることも避けた方がいいだろう。おしべよりも露骨な防衛反応を誘発させかねないからだ。
故に、まずは最も遠い標的を、射程距離の長い攻撃で破壊する。
《研磨》にて攻撃力を上げたシリウスは、俺の示したおしべを鋭く睨み、尾に強大な魔力を収束させた。
(地上の幻影は見抜けていない。だが、俺たちには反応してるか)
標的を見失っていたおしべたちは、ゆっくりとこちらに砲口を向けつつある。
だが、その速度はそれほど早くはない。あれだけの巨体となると、素早く動かすことはできないのか。
それはそれで好都合だ。こちらに攻撃を放たれるよりも先に、あの大砲を破壊してやることとしよう。
「放て!」
「グルルルルルッ!!」
俺の号令と共に、シリウスの尾が振り抜かれる。
周囲へと伝播する強大な魔力と、銀色の線を境にズレる景色。
しかし、その異常な景色も一瞬で元に戻り――巨大なおしべから、爆発するように緑色の血が溢れ出した。
ずるりとズレて、地上へと落下していく巨大な肉の塊。やはり、シリウスの一撃ならばあれを破壊できるようだ。
(できなかったとしても、何とかやるつもりではあったけどな――!)
とはいえ、まだ一つだけ。あと二つは破壊しなければならないのだ。
《不毀の絶剣》のクールタイム明けを待つとしても、流石に二度ほど待っている余裕はない。
あと一つは、自力で破壊しておかなければならないだろう。
ならば――
「突っ込むぞ。お前たち、覚悟はいいな?」
「ケェエエッ!」
「ガアアアッ!」
俺の号令に、セイランとシリウスは威勢よく咆哮する。
悩んでいる暇はない。のんびりとしていれば、こちらが砲撃に晒されることとなる。
一つを破壊している間にこちらの方へと向いていたおしべたちは、今にも砲撃を放たんとしている様相だ。
俺はセイランたちに指示を飛ばして上空へと舞い上がり、その射線から離れた。
(他のおしべを射線に挟んだら撃ってくるのかね)
それならば奥の方に撃たせて手前を破壊するという手が取れるかもしれないが、生憎と撃たれる時点でリスクが非常に高いため、ここは順当に戦うべきだろう。
上空へと舞い上がった俺たちは、そのまま手前側のおしべの頭上を取る。
ここまで来ると他のおしべからも狙われかねない状況だ。足を止めている暇はない。
「合わせろっ!」
――急降下、自由落下どころか加速しながらの墜落に、内臓がせり上がるような錯覚を覚える。
だが、そのような状況に頓着している場合ではない。
やるべきことは明確だ。ただ、首を垂れているこのおしべを――叩き斬る。
「《オーバーレンジ》、《練命剣》【煌命閃】ッ!」
HPの実に九割、限界まで生命力を注ぎ込んだ《練命剣》は、眩いほどに黄金の光を放つ。
自由落下の勢いを足腰だけで支えながら――俺はその刃を、真っ向から振り下ろした。
斬法――剛の型、中天。
小細工のない、正面からの一閃。
黄金の光は巨大な肉の柱へと突き刺さり、その体を抵抗なく斬り裂いて行く。
しかし、限界までレンジを伸ばして尚、断ち切れた幅は四割程度だ。
ある程度は動きを止めることができたかもしれないが、これだけでは完全な破壊とは言えないだろう。
手ごたえは十分だが、まだ足りない。故に――その後詰めは、シリウスに任せることとする。
「グルァアアアアアアアッ!!」
まず振るわれたのは、その巨体を生かした突撃。
全体重をかけた腕の刃による一閃は、シリウスの体の重さも相まって、巨大なおしべの体を抉り取るように斬り裂く。
しかし、シリウスはそこで止まることはなく、尾を突き刺す形で急停止し――強引に反転しながら、先程俺が斬り裂いた傷口へと体ごと突っ込んだ。
「全く無茶をする……やってやれ!」
「ガアアアアアアアッ!!」
そして、傷口をその両手で強引にこじ開けたシリウスは、その傷の内側へと向けて《ブラストブレス》を解き放ったのだった。