749:融解せし愛の檻 その10
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「さて……出発か」
アルトリウスからの連絡はあった。レイド参加の全メンバーが戦闘準備を整え、出撃が可能であると。
少々時間はかかったが、ここからは休みを入れられるかどうかは分からない。
少なくとも、これだけの規模の人員が揃って休めるだけの安全圏を確保できる可能性は低いだろう。
とはいえ、エレノアたち補給班が安全に作業できる拠点を確保することは重要なので、見つけたら確保に動かなければならないのだが。
「進むぞ。言った通り、敵を倒すことに固執しすぎるな。どうせ、倒してもその辺から生えてくるんだろうからな」
「分かってます、後続を進みやすくするための露払いでしょう」
「追いかけてまで斬る必要はないってことだろ? 分かってるって」
言葉は軽いが、こいつらは戦いの中で判断を誤ることはないだろう。
小さく笑みを浮かべ、ゆっくりと餓狼丸を抜き放ち――先陣を切って、安全圏から足を踏み出す。
その瞬間、異形と化した都市が僅かに蠢動を開始した。
「ハッ、待ち受けてやがったか」
俺たちが安全圏から出てくるのを待っていたのだろう。
周囲を埋め尽くす肉の壁は赤黒く染まり、次々に変異を開始する。
触手を生やすもの、砲口を発生させるもの、そして壁や地面を割って出現する異形の怪物――どいつもこいつも、俺たちを歓迎する気は満々のようだ。
だが、そのような歓迎に正面から付き合ってやるつもりは無い。
「シリウス!」
「グルァアアアアアアアッ!!」
視界に移る、全ての敵。それら全てを巻き込むように、衝撃のブレスを解き放つ。
化け物を斬り裂き、触手たちを引き千切り、建物すらも削り取る。
その破壊力に晒されて、アルフィニールの歓迎はまとめて粉砕されることとなった。
とはいえ、それは一時的なものでしかない。根本であるアルフィニールが消えない限り、この攻撃が止むことはないのだから。
「出鼻は挫いた! 進め!」
敵の第一陣が壊滅したことを確認し、先へと進む。
とはいえ、駆け足では進まない。人員の数が多いため、あまり素早く進むことはできないからだ。
後続が詰まらない程度には早歩きで、ぐちゃぐちゃになった街の中へと足を踏み出していく。
「近場の探索の場合は、最低でも2パーティ単位で動け。周囲だけじゃなく足元にも注意し、変化を発見すればすぐに声を上げろ!」
「時間稼ぎはしておきます。進んでください!」
緋真が周囲を舐めるように炎を放ち、建物などの再生を阻害する。
あまり長時間の時間稼ぎにはならないが、それでもある程度は敵の行動を遅らせることができる。
その間に、俺は仲間を引き連れ、速足で都市の更に奥へと足を進めることとした。
(誘い込まれているようで気分が悪いが……)
花の形をした都市。その奥へと誘われるのは、食虫植物を想起させられるかのようだ。
その奥にいるアルフィニールは、果たしてどのような罠を仕掛けているのか――
「本当に、気味が悪い化け物だ」
緋真が焼き焦がした肉の壁、その隙間を割るようにして現れた化け物へ、滑るように肉薄する。
焼かれているとはいえ、周囲の壁からも攻撃が来ないわけではない。
邪魔者は早急に片付けなければならないだろう。
「――『生奪』」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく翻した刃にて、顔を出したばかりの化け物の首を斬り落とす。
顔だけで見ると、目のないイルカのような頭部。それが緑色の血を流しながら地面へと崩れ落ち、そのまま溶けるように消えていく。
相変わらず、塵のように消滅する様子はない。こいつらが持っていたリソースは、全てアルフィニールによって回収されているということか。
或いは、こいつらは――
「チッ……!」
厄介な考えに行き当たるが、今はそれを突き詰めている時間は無い。
考えたところで答えが出ないならば、戦いの中で追及していくしかないのだ。
「まだまだ出てくるぞ! 迎撃しろ、足を止めるな!」
緋真の炎が届かなかったエリアからは、何体もの化け物が姿を現している。
どれもこれも、不規則に生き物が混ざり合ったかのような悍ましい姿だ。
グレーターデーモン同士の融合はまだ元の形が分かっていたものであるのだが、こいつらは最早、原形を留めていない。
実に気味の悪い存在だが、外見については気にするだけ無駄だろう。
「《オーバーレンジ》、『破風呪』!」
《蒐魂剣》を付与した【咆風呪】を広範囲に放ち、向かってくる化け物のHPをまとめて削り取る。
それだけで倒し切れるわけではないのだが、前線に到達するまでに体力を削れるならばやっておいて損は無い。
生命力を吸い取られた化け物たちは、HPを削り取られながらそれでもこちらへと向かってくる。
しかし、降り注ぐ光と雷がそれらを打ち据え、次々と脱落させてゆき――最後に残った死にかけの化け物たちが、俺たちの前に飛び込んでくることとなった。
「おいおい、やり過ぎだぜ師範! これじゃ簡単すぎるっての!」
「この程度の前座に時間をかけるだけ無駄だ。とっとと殺して、足を進めろ」
まあ、弱った敵を狩っていても修行にならないのはその通りであるが、あまりのんびりとしていられるわけではない。
こちらへと襲い掛かってきた、サソリの体に牛の頭が生えているような化け物を斬り裂いて、溜め息を零しつつ先へと進む。
個々の怪物はそこまで強くないとはいえ、それでもグレーターデーモンに匹敵するだけの戦闘能力はある。
それが際限なく襲い掛かってくるのだから、ぼんやりと眺めていればこちらが押し潰されてしまうだろう。
ここで無駄に消耗をするわけにはいかない。本番は、あくまでもこの先なのだから。
「アリス、先行して周囲の安全圏探索を頼む。あまり離れすぎるなよ」
「了解、予定通りね」
補給班が腰を据えられる安全圏の確保は、アルトリウスが課題として挙げていた事柄だ。
これだけの数の敵が跋扈する戦場を、自由に探索できる者は限られている。
その点、アリスはまさに適任だと言えるだろう。
(前進、周辺探索は良し。後は――)
――周囲からの攻撃の対処だ。
接近して殴りかかってくる敵の対処はともかく、遠距離攻撃については対処が難しい。
こちらが目立って照準を引き受ける程度ならできるが、最初から後ろを狙っているものについては防ぎ切れないのだ。
まあ、その程度は自分たちで何とかして貰うしかないだろう。
「『生奪』!」
斬法――剛の型、刹火。
攻撃の波を潜り抜け、こちらまで接近してきた化け物の攻撃に、あえて前へと踏み込みながら紙一重で回避する。
それと共に振り抜いた一閃は、化け物の胴を八割方斬り裂いて血を噴出させた。
腕が四本ある人型、虫のような頭をした化け物は、そのまま地面に崩れて溶け落ちる。
後衛からも攻撃が飛んできて、敵の体力を削る効率は上がってきている状態だ。
であるにもかかわらず、ここまで到達する敵の数はむしろ増えてきている。
つまり――
「ようやくお得意の戦法か!」
斬法――柔の型、流水・流転。
こちらへと突っ込んで来た魔物の、背中に生えていた二本の鎌。
その一閃を受け流しながら体勢を崩し、後方へと放り投げる。
そちら側にいるのは、手ぐすねを引いて待っているウチの馬鹿共だ。
立ち上がる時間も与えられずに解体作業は進むことだろう。
アルフィニールは、ここに来てついに、以前取っていたものと同じ戦法を選択し始めた。
ようするに数の暴力であるのだが、出現しているのは融合悪魔とよく分からない怪物だ。
要するにプレーンの状態の悪魔は使わず、より殺戮に特化した化け物を運用しようということだろう。
(この都市の中でなら、いくら使ってもリソースが減らないからってか?)
そうであるならば、こいつらはいくら倒したところでアルフィニールの懐は痛まない。
つまり――
「――敵の足止めに専念! 回復阻害、および手足の破壊を優先してください!」
後方から、力強いアルトリウスの声が響く。
その言葉を耳にしながら、俺は接近してくる化け物へと向けて飛び込んだ。
歩法――陽炎。
瞬間的に減速した俺の姿を捉え切れず、トカゲのような動体の化け物のフレイルのような尻尾は目測を誤って空を切る。
そして再加速と共に振るう刃は、アルトリウスの言う通り足を狙って放つ一閃だ。
「『生奪』」
斬法――剛の型、輪旋。
トカゲの足、右側の二本を斬り落として、そのまま地面を転がす。
確かこいつらは再生能力を持っていたとは思うが、それでもすぐに回復するわけではなかったはずだ。
序でとばかりに尻尾も斬り落としてやれば、無力な肉の塊の出来上がりである。
どれだけ削っても元通りになるならば、無力な状態で転がしておいた方が時間稼ぎにはなるということか。
「さて、これが有効なのかどうか……とりあえずは、様子を見るしかないか」
呟き、次なる標的へと刃を向け――こちらへと向けられた殺気に、視線を上げる。
上空、何も無いはずのその位置には、揺らめくように動くおしべのような物体。
――そのうちの一つが、俺たちの方へと先端を向けていた。