748:融解せし愛の檻 その9
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「結局、あの女は顔を見せに来ただけってことか」
「というより、顔を見に来ただけでしょうね。恐らくですが、彼女は自分の欲望に忠実なタイプだと思われます」
迂回した他のプレイヤーが続々と安全圏に入ってくる様子を眺めながら、俺はアルトリウスと言葉を交わす。
内容は言うまでもなく、ついに姿を現したアルフィニールについてだ。
直接――と言っていいのかどうかは定かではないが、大公と言葉を交わしたのはこれが初めて。
それを体験した上で、アルトリウスはそう判断したのだろう。そう言われれば、確かに納得できる話ではある。
「それで、クオンさんは彼女に対してどんな印象を受けましたか?」
「印象ねぇ……お前さんほど、具体的なヴィジョンがあるわけじゃないが」
アルトリウスが問うているのは、単純な第一印象だろう。
こいつも、俺に対してそこまで高尚な知見を求めているわけではあるまい。
とはいえ、俺が奴らを相手に感じる感覚など、第一に不快感が来るため詳細も何もないのだが――
「敢えて言うなら、違和感だろうな」
「違和感、ですか?」
「根本的に感性が違う、人型で人間の言葉を喋っているが、人間とは根本的に価値観がズレている――アルトリウス、お前さんもそこまでは感じていただろう」
俺の言葉に対し、アルトリウスは首肯を返す。
少し会話をすれば分かることだ。あの女は、こちらに敵意を抱いてはいなかった。
それどころか、心の底から親愛の情を向けていたことだろう。
奴の言葉の中に嘘は無い。気色の悪いことに、敵である俺たちに対し、心からの愛情を示していたのだ。
「気味が悪い、ってのはそういう意味だが……あの女、ドラグハルトに対しても態度が変わらなかっただろう」
「それは、確かにそうですね。悪魔が別の悪魔に対し、人間に対するような感情を見せるのは……」
「どういう理由なのかはさっぱりだが、そもそもの思想が狂ってるとしか思えんよ」
アルフィニールだけではなく、大公級悪魔という存在そのものが謎に包まれている。
あのような異質な在り方が大公級の普通であるというならば、大公級は他の悪魔とは根本的に異なる存在なのかもしれない。
始まりの四つ、その一角。奴が己を示して使った表現はそれだけだったが、果たして大公とはどのような存在なのか。
「……まあとにかく、俺が抱いた印象はそれぐらいだ。大したヒントにならなくて悪いがな」
「いえ、そんなことはありませんよ。大変参考になりました」
世辞でもなく、本当に心からそう言っているであろうアルトリウスの言葉に、思わず苦笑を零す。
ともあれ、一つの山は越えた感覚だ。どのような感情かは知らないが、アルフィニールはついに俺たちを戦いの相手として認識した。
つまり、本番はここからということだ。どのような戦いになるかは分からないが、少なくともこれまでのような様子見ではなくなるのだろう。
「そろそろ、皆さんも集まってきましたね。僕も準備してきます」
「ああ、指揮は頼んだぞ」
「はい、お任せください」
大公を目撃した直後ではあるが、アルトリウスの様子に変化はない。
どうやら、まだ緊張はしていないようだ。であれば、こちらもいつも通りに対処することとしよう。
クランの仲間たちの方へと向かって行くアルトリウスの背中を見送り、こちらも準備を開始する。
「先生、お話は終わりました? 皆さんには向こうに集まって貰いましたけど」
「ああ、こちらの用事は終わった。後はまぁ……あいつらを焚きつけて、戦うだけだな」
こちらの様子を見つつやってきた緋真に首肯を返しつつ、コイツの示した方向へと向かう。
そちらに集まっているのは、ここまでさっさとやって来たらしいウチの門下生たちだ。
俺たちには及ばずとも、レベルは既に全員が一線級、そろそろ戦力としても期待できる頃合いだ。
とはいえ、相手が大公級となれば、流石に気楽に構えているわけにもいかないのだが。
「よく来たな、お前たち。ここまでの道中はどうだった?」
「まぁ、面倒だったがよ、飛んでくる攻撃に対処するだけなら大した仕事じゃねぇさ」
「実際、気を付けるのは射撃攻撃ぐらいで、他はそこまで脅威ではありませんでしたね。遠回りをさせられたのは厄介でしたが」
戦刃と水蓮の言葉には首肯を返す。どうやら、師範代以下門下生たちも同じ感想であったようだ。
常在戦場を心掛ける久遠神通流にとっては、安全圏を梯子しながらの移動はそこまで負担ではなかったようだ。
まあ、一般人でも通れる程度の場所なのだから、そうでなければ困るのだが。
「とりあえず、フィールドは問題無さそうだな。それで、奇妙な形状の気色悪い化け物は見たか?」
「私のパーティが遭遇し、戦いました。苦戦する、というほどではありませんでしたが……」
あの異形については、ユキを筆頭としていくつかのパーティから遭遇の報告が上がる。
やはりと言うべきか、俺たち以外にも遭遇した者たちはいたようだ。
「倒した時はどうだった? 溶けるように消えたか?」
「はい、その通りです。塵になって消えることはありませんでした」
「やはりそちらも同じか……ふむ」
アルフィニールの作り上げた化け物であることには変わりなさそうだが、何にせよ詳細は不明のままだ。
分かったことは、形状が千差万別であるということと、全て死んだら溶けるように消えるということ。
今後も出現する可能性は十分にあるし、注意は怠るべきではないだろう。
「……とりあえず、状況は理解した。やるべきことは単純だ」
「敵の本陣、本丸への討ち入りですか」
「その通りだ。俺は先陣を切るつもりだが、お前たちは――まあ、言うまでも無いか」
「当然、付いて行くさ。じゃなけりゃ、ここまで来た意味がねぇ」
深く頷く巌と、得意げに笑む戦刃。
ここまであっさりと到達できるだけの実力が備わったならば、それも悪くは無いだろう。
切り込み隊長として先陣を切り、後続の進む道を切り開く、それが俺の仕事だ。
それに付いてくるというのなら、相応の覚悟が必要となるだろう。
しかし、これに関しては一つ言っておかなければならないことがある。
「死地に赴く覚悟、大いに結構! しかし、今回は命を捨てる戦いは認めん。それは、敵に利する行為となるからだ」
「……単純な戦力の話ではなさそうですね、師範」
「ああ、此度の敵は、殺した相手から経験値を奪っている。敵を殺し、己の力へと変える能力を持っているのさ。つまり、俺たちが死ねば死ぬほど、奴は強くなり俺たちは弱くなる」
アルフィニールの真意や本質は分からない。だが、この性質は特に注意する必要がある。
奴に利する行為を避けなければ、追い詰められるのはこちらだからだ。
ドラグハルトも、これについては苦心していることだろう。
「故に命は惜しまず、しかして捨てるな。必ず生き残り、その上で敵を斬れ。それが、俺たちの仕事だ」
「ハハハハッ、難しいこと言うじゃねーか師範! だが、そいつは面白そうだ!」
言葉の意味をきちんと理解しているのかどうかは分からんが、とりあえず納得はしたようだ。
まったく、つくづく馬鹿ばかりであるが――この言葉を忘れず戦うなら及第点だろう。
外套を翻し、街の中央方面、これから向かうべき塔の方向へと歩き出す。
まだ安全圏から出ることはない。アルトリウスの編成作業が終わっていないからだ。
だが、それが済んだならば、俺たちは揃って死地に出向くこととなるだろう。
「見ているがいい、アルフィニール」
理解は要らない。ただ殺す。
元より薄汚い侵略者でしかないあれらには、言葉すらも必要ないのだ。
あの気色の悪い親愛を吐き出す口を、その首ごと斬り落としてやることとしよう。