746:融解せし愛の檻 その7
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「正面から倒せないなら搦め手を使う――まあ、当然の帰結ではあるが、少々安直だな」
俺たちの反撃を受けて撤退をした『竜の爪牙』の面々であるが、流石にそれで諦めるようなことはなかった。
月影シズクという人物は、情報を元に分析、改善を行って行動するタイプの人間だ。
つまり、回数を重ねるごとに異なる手を打ってくる手合いであり、徐々に厄介さを増していく敵であると言える。
殺せばそれで終わりの悪魔とは違い、プレイヤーである彼らはどれだけ討ち取ったところで終わりにはならない。
まるで、プレイヤーに攻略されようとしているモンスター側になったような気分だ。
地面に横たわったセイランの体を背もたれにしながら、俺は小さく溜め息を吐き出す。
(本気でやって心を折ってしまえば向かってはこないかもしれんが……流石に、一般人相手にそこまでやるわけにもいかんからな)
これが兵士や傭兵相手であればやっても良かったのだが、今相手をしているのはごく普通の一般人だ。
そのような人間を相手に、トラウマを残すような戦い方をするわけにはいかない。
嘆息を零しつつ――俺は、こちらへと奇襲を仕掛けようとしてきた連中がアリスによって始末される様子を眺めていた。
「暗殺ってのも悪くはないアイデアなんだが、その最上位みたいなのを相手には分が悪いだろう」
「暗殺者を暗殺するって、中々シュールな光景ですよね」
『竜の爪牙』の連中は、どうやら俺たちを暗殺するという方法に出たらしい。
まあ、正面から戦っても勝てないならば、そう言った手を使うことも間違いではないだろう。
尤も、正直そこまで脅威に感じる相手ではなかったが。
元々、ドラグハルト側に付いた連中は、現在のプレイヤーの体制に不満を持つ連中が多い。
単純にアルトリウスへと反感を覚えている連中が多いというだけだが、ルールに背きたがるアウトローが多いこともまた事実だ。
だからというわけではないが、暗殺というスタイルを取っているプレイヤーもある程度は存在していたらしい。
とはいえ、こちらにはその上位互換であるアリスが存在しているのだが。
「つくづく、ティエルクレスのスキルは反則級だな」
「《超直感》ってちょっと地味かなって思ってましたけど、何だかんだで一番活躍してる気がしますね」
アリスが所有している《超直感》は感知系のスキルを大幅に強化するものなのだが、それのお陰かアリスは取りこぼすことなく潜んだ敵を発見している。
位置さえ分かってしまえば、アリスにとっては容易い相手だ。
己が気付かれるよりも先に、アリスの刃は敵の命脈を断ち切っている。
心臓に刃を突き立てられて気付くならばまだマシな方だ。最悪の場合、自分が死んだことすらも察知できないまま死に戻ることになるのだから。
「――相手に対策を取らせない、っていう意味では有効よね」
「同情はするが、その通りだな。『何だか分からないうちに死にました』では、向こうも対策の立てようがないだろう」
戻ってきたアリスの言葉に、軽く肩を竦めながらそう返す。
アリスが対処することにより、敵側に渡る情報は最小限となる。
まあ、『暗殺が有効ではない』ということは知れ渡ってしまうだろうが、そこは許容範囲内だ。
「正面戦闘は困難、暗殺も通用しない。それじゃ、次はどう来ると思います?」
「相手の気質を知らんから何とも言えんな。だが経験値が減るという仕様上、そろそろ攻撃しづらくなってきているとは思うぞ」
イベントに参加できなくなるわけではないが、経験値の減少は中々に痛いペナルティだ。
最悪の場合はレベルが下がることにもなるし、そうなるとプレイヤー全員が危険に飛び込む真似には同意が減ってくるだろう。
そうなった場合に、彼らはどのように動くか――正直、それはまだ分からない。
リスクを冒さずに俺たちを倒す方法があるなど、流石に考えてはいないだろう。
(遠距離からの狙撃ってのもあるが……このエリアで射線を通そうとすると、絶対にフィールドから攻撃を受けるだろうからな)
移動しながらならばともかく、一ヶ所に留まっていれば確実に攻撃を受ける。
その状態でこちらを狙い撃つなど、軍曹でもなければ難しいだろう。
それに、銃口を向けられれば流石に気付く。狙撃の可能性は低いと考えていいだろう。
とはいえ、可能性は頭の片隅には置いておくことにするが。
「そういえば先生、思ったよりあの人のこと評価してますね?」
「月影シズクのことか? 一般人にしては悪くないと思うぞ。アルトリウスは天才型だが、あっちは秀才型だな」
データを集め、実地で検証し、その上で情報を更新して対策を練る。
本当に堅実な、自分にできることを行う戦い方だ。
己の限界を見極め、少しずつでも出来ることを増やしていく――彼はアルトリウスのように、結論への最短経路を選び取るような力は無い。だが、常人に可能な限界を突き詰めることができる人間だろう。
「味方にいれば、アルトリウスも重用していただろう。惜しむらくは、野心が強いことだろうな」
「上に立つタイプじゃないってことですか?」
「ある程度までなら行ける。だが、全ての頂点に立つタイプじゃない。アルトリウスの真似ができるタイプじゃないのさ」
尤も、アルトリウスと同じことができる人間など、今までに見たこともないが。
強いて言うならドラグハルトだろうが、あれはむしろアルトリウスの上位互換だ。
アルトリウスの方が、あの領域を目指すべきだろう。
「評価しているからこそ、甘く見てもいない。こちらに喰らいつき続けることができるなら、いずれは俺たちに通用する戦略を編み出してくるかもしれないからな」
「そこまで評価されてる一般人も久しぶりですね」
少々呆れた様子で、緋真はそう呟く。
緋真の言う通り、これは一般人にしてはという評価だ。正しく訓練を受けた連中には及ばない実力だろう。
逆に言えば、そこまで積み重ねるだけの覚悟があるなら、一流のレベルにまで到達する可能性もある。
つくづく、野心の強さが勿体ない人材であった。
「とはいえ、これ以上はあまり相手もしてやれんかもしれんな」
「あー、もう他の人たちがこっちに向かってきてますか」
俺たちがこの場所を確保してから数十分ほど。
アルトリウスもここを重要地点と捉えていたのか、早くもこちらへと向かって部隊を移動させているところだった。
まあ、人数が多いためそうすぐに集合できるわけではないのだが、少しずつ安全圏を確保しながらこちらへと向かってきているらしい。
アルトリウスたちが到着したのであれば、『竜の爪牙』側もここを狙うことはできなくなるだろう。
となると、攻勢があるとすれば次が最後の機会になるだろうか。
「……どう出るか、と考えていたんだがな」
目を細め、セイランから体を話して立ち上がる。
こちらに届いた、強大な魔力の気配。昂らせているわけではない、静謐さすら感じるほどのそれは、しかし押し潰されそうなほどの圧倒的な質量を錯覚させながらこちらへと迫ってくる。
地を砕き、空を落とさんばかりの気配――それは、確かに身に覚えのあるものだった。
視線を向ける先、それは先ほど『竜の爪牙』の連中が撤退していった先。
その方向からゆっくりと歩いてきたのは、見間違える筈もない黄金の偉丈夫の姿であった。
「これは存外に早い再会か、或いは待ちわびたと言うべきか――だが、この再会は言祝がなければなるまい、英雄よ」
「……大将が最前線に出てくるか、ドラグハルト」
大公によって侵食された都市を、その圧倒的な魔力で押し潰しながら歩く、公爵級最大の悪魔。
怜悧な美貌に涼やかな笑みを浮かべたその男は、俺やシリウスの威嚇を軽く受け流しながら、ゆっくりと姿を現したのだった。