741:融解せし愛の檻 その2
周囲からの全包囲攻撃。その真っ只中に立つことで、ある程度だがこの都市の性質が見えてきた。
まずは変異について、これにはいくつかのパターンがある。
最も多いのは、触手状に変異してこちらを拘束しようと狙ってくるパターン。これはそれ自体の攻撃力はあまりないのだが、近くにある壁や床からは際限なく出現する。
耐久力はあまり高くなく、破壊は難しくは無いのだが、一度捕まれば抜け出すまでに数秒は必要となってしまう。
その間に攻撃を受けることになるし、当たらないことがベストだろう。
「チッ、こっちにも来やがるか」
近くの壁から唐突に伸びてきた触手を斬り払い、舌打ちを零す。
シリウスが目立っているため、大抵の攻撃はあちらに集中しているのだが、それでもすべてというわけにはいかない。
せめてもの救いは、変異する瞬間のパターンを把握できたことだろう。
基本的には白い肉で構成されているステージだが、形を変異させる時には赤黒い色に変色するのだ。
故に、何かが発生しようとしているという点だけは把握することが可能なのである。
尤も、実際に変異するまでは何が出てくるかも分からないし、何処を狙っているかも事前確認はできないのだが。
「っ! 緋真さん、あっちを!」
「《オーバースペル》、【インフェルノ】!」
唯一分かるのは、遠距離に発生するパターンだ。
遠くの壁で変異が起こった場合、まず間違いなく砲口が開くこととなる。
あのフジツボのような形状の変異は、射撃攻撃であるが故に距離が離れていても発生し、こちらを狙って攻撃してくる。
シリウスが狙われる分には問題ないのだが、こちらに向けて掃射されると流石に厳しいため、予兆が見えた瞬間に破壊するのが楽な対処法だ。
「グルルルルルッ!」
「悪いな、シリウス」
だが、破壊が間に合わなければ攻撃を受けることになる。
残念なことに敵の射程距離は中々に長く、破壊が間に合わない距離に発生するパターンもあるのだ。
直撃を受ければ俺たちでは耐えられないため、回避するかシリウスを盾にするしかない。
厄介なことに、あの砲口から発射される砲弾にはいくつかのパターンがある。簡単に言うと、徹甲弾と榴弾と特殊弾頭といったところか。
貫通力の高い骨の砲弾、着弾地点に張り付いて数秒後に爆発する肉の砲弾、そして着弾と共に破裂して毒の煙を発生させる砲弾である。
「無駄にバリエーションを造りやがって……」
「アイテムで解除可能な毒ならいいけど、実験する気は起きないわね」
徹甲弾は単純な攻撃で、シリウスにはダメージは通らない。こちらもシリウスの陰に隠れれば被害を受けることはないだろう。
また榴弾もシリウスにダメージを与えることはできないが、爆発の範囲はそこそこあるため、気付かないでいると巻き込まれる危険がある。
心音のような脈動する音を立てるため、気を付けていれば巻き込まれることはないのだが。
最も問題となるのは、毒煙の特殊弾だろう。煙の範囲はあまり広くは無いのだが、逃げ場を塞がれることになりかねない。
物理的なダメージはほぼ無効化できるシリウスでも、状態異常を完全に防ぎ切れるわけではないのだ。
まあ、耐性はかなり高いため、すぐにかかることはないのが救いだが。それでも油断はできないため、煙についてはセイランの風で吹き散らすのが安定だ。
「進んで来ておいてなんですけど、これ後続の人たちが付いてくるの無理でしょう!」
「……それは確かにそうだな」
拘束攻撃と集中砲火、それらに晒され続けていては、恐らく長くは持たないだろう。
俺たちはシリウスがいるからこそ何とかなっているのだ。もしもシリウスがいなければ、俺たちとてそう長くは持たないだろう。
恐らくは、物陰を利用しながら進むことになっていたはずだ。
それに、こいつらの攻撃はこれだけではない。もう一つ面倒なのは――今、まさに攻撃を行おうとしていた。
「光よ、貫け!」
多数の光の魔法を展開しながら触手の群れを撃ち落とし、潰していくルミナ。
そんな彼女へと向け、凄まじい勢いで接近する影があった。
しかし、即座に反応したルミナは光の翼を羽ばたかせ、その攻撃を回避しながら刃を合わせる。
それは正しく剛の型、刹火の一撃。それによって斬り裂かれたのは――木の幹ほどの太さはあるであろう、先端に鋭い歯の並ぶサメのような口が付いた、不気味な触手であった。
(攻撃スピードが速く、攻撃力も高く、拘束効果もある。頻度は高くはないが、コイツも脅威だ)
直線的な動きで噛みついてくるだけであるが、その攻撃力は他の触手とは比較にならない。
砲弾ほどではないがかなりの速さで飛んでくるため、予兆を見ていなければ対処は中々に難しいだろう。
対処できているのは、最初に噛みついた相手がシリウスだったからだ。
物理攻撃に関しては、どれだけ喰らったとしても問題にはならないだろう。
そのシリウスが爪を振るえば、ルミナによって半ば斬り裂かれていた触手が千切れ落ちる。
シリウスにとっては、周囲全てが攻撃してくる敵だ。とりあえず、辺り構わず殴っておけば問題ないと考えているのだろう。
まあ、他のプレイヤーがどこにいるか分からない状況では、《ブラストブレス》や《不毀の絶剣》は使いづらいのだが。
当たるを幸いと暴れ回り、近くの建物そのものへと拳を叩き付け――建物が、ばっくりと二つに割れた。
「――は?」
二つに割れた建物、その中にあったのはびっしりと並んだ鋭い歯だ。
拳を叩きつけようとしていたシリウスは、勢い余ってその中に手を突っ込み――建物は、シリウスの上半身へとそのまま食らいついた。
「シリウス!」
「ちょっ、そんなのアリですか!?」
流石に予想外過ぎる挙動に、思わず声を上げてしまう。
確かに悪魔が融合はしていたが、まさかそのような変異までしているとは。
上半身に喰らいつかれたシリウスであるが、その体力は思ったほど減ってはいない。
強く地面を踏みしめ、内部に取り込まれた腕に力を籠める。
「グルルルルルッ!!」
そして、両腕でこじ開けるようにしながら、強引にその融合体の体を真っ二つに引き裂いた。
おびただしい体液が溢れ出す中、僅かにだけダメージを受けたシリウスが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
どうやら、今の攻撃もシリウスにはあまり効果を及ぼさないようだ。
「融合しているとはいえ、建物そのままで襲ってくるとはな……!」
「っ、お父様! 前方を見てください!」
「チッ、今度は何が――おいふざけんな!」
ルミナが指し示した方向、そちらへと視線を向ければ、何とこちらへと向けて地面が赤黒く変化していく様子が見て取れた。
つまり、前方からこちらへと向けて、足元が一気に変異しようとしているのだ。
どのような形で変異するつもりなのかは分からないが、これだけの規模となると、巻き込まれればただでは済まないだろう。
確かめておきたい気持ちもあるが、流石にこれに対して正面から挑むのは無謀というものだろう。
「ここいらが潮時か……横道に入るぞ! シリウスがこじ開けた方向に向かえ!」
「あーもう、了解です!」
「先行するわ。一応調べておく」
シリウスが建物をぶち壊してくれたおかげで、退避するための道はできている。
強引に道をこじ開けながら移動するシリウスと、周囲を確認するアリス。二人の後を追って横道へと入り込めば、その足元には変異の兆候は見られなかった。
そして、俺たちが先程までいた広い通りは全てが赤黒い色へと染まり――先ほどの建物と同じように地面が二つに割れ、全てを噛み砕かんとするような鋭い歯を剥き出しにした。
「……無茶苦茶にも程がある。これがアルフィニールの能力か?」
ただ迷宮の構造をしていただけのデルシェーラの都市とは違う。
これそのものが一つの悪魔だと言えるだろう。
アルフィニールの能力には、まだまだ底が見えない。戦慄を隠しきれずに唾を飲み込みながら、俺はこちらを拘束しようと狙ってきた触手を斬り落としたのだった。