739:全体会議
巨大な異形と化した都市を前に、プレイヤー一同は足を止めて待機することとなった。
幸いというべきか、形が変化して以降あの都市からのアクションは無い。
この距離からは攻撃されない、という点は喜ばしい発見ではあるだろう。
それでも、警戒を怠るわけにはいかないが――何にせよ、落ち着いて話ができるタイミングはこれが最後となるだろう。
「――ですので、意見の統一のため、この場を設けさせていただきました。大規模クランに所属していない皆さんにも向けて、限定配信ですが生放送で公開していますので、確認をお願いします」
そんな状況で、アルトリウスが取った手段は何とも強引なものであった。
忙しいタイミングであるためか、多少コストがかかっても効率的に進められる方法を取ったのだろう。
あまり時間をかけてもいられないし、今更方法について議論する暇もない。このまま話を進めることとしよう。
集まっているのは、アルトリウスやエレノアを始めとした、大規模クランのリーダー及び副リーダーの面々だ。
『MT探索会』や『剣聖連合』など、以前から名を知らしめているクランもあれば、新興で名を上げてきたクランもいる。
うちの馬鹿共なども新興の部類に入るのだが、一応俺がクランマスターであるため、今回はその立場での参加となった。
「あまり時間をかけている余裕はないため、率直に話をしていきましょう。まず、僕たちが足を止めている間に、レイドに参加していなかった一部のプレイヤーが既に侵入を試みています」
「レイドに協力する気もないのに後ろからついてきた連中か。いい度胸をしてやがる」
『剣聖連合』のマスターである皐月森、彼はうんざりとした表情でそう口にする。
俺たちは、アルトリウスの提示した条件に同意し、彼を盟主とするレイドに参加する形でここまで来ている。
それにはメリットもデメリットもあるが、デメリットを受けることを拒否して甘い汁だけを啜ろうとした連中に対しては、冷ややかな目が向かうのも致し方のない話だろう。
尤も――今回は多少、都合のいい状況であるかもしれないが。
「それで、その馬鹿共はどうなったんだ?」
「分かりません、追跡はできませんでしたから。しかし、外に撤退してくる者は一人もいませんでした」
「ふぅん……篭っているのはあり得るとしても、撤退がゼロって言うのもおかしな話ね。フリーか、小規模クランなのに」
エレノアの言葉に、小さく頷く。
大規模クランの強みはいくつかあるが、情報力と資金力は大きな点だと言えるだろう。
ほぼ尽きることのないリソースを以て攻略に当たる彼らに比べれば、今侵入した面々は孤立無援であると言ってもいい。
にもかかわらず、撤退してきた様子がないということは――
「逃げる間もなく全滅したか?」
「或いは、リスポーンポイントが強制的に変更されたか、かと」
「ほう、その根拠は?」
「クエスト名です、プロフェッサー。これまでも幾度かありましたが、ワールドクエストのクエスト名は、攻略のヒントになっている可能性があります」
今回のワールドクエスト、その名前は『融解せし愛の檻』。
意味の分からない名称だと思っていたが、その名前が指す場所があの異形と化した都市であるならば。
「あの都市そのものが檻、ってことか?」
「根拠と呼べるほどの理由があるわけではありませんが、可能性としては考えられるかと」
「確かに、否定はできませんね。前回のワールドクエストなどはまさにその典型でしたから」
デルシェーラと戦った迷宮は、確かにクエスト名がそのままヒントになっていたか。
今回のクエスト名も、意味のない言葉の羅列ということはないだろう。
とはいえ、それ以上のヒントと取るには情報量が足りなさすぎるのだが。
「まあ、その辺は実際に入ってみりゃ分かるだろ。それより、どうやって攻めるかだ」
「はい。まず第一に、都市への接近は問題ないことが先程の例で分かりました。まず、内部への侵入は可能であるということですね」
「でも、内部の状況は不明なんでしょ?」
「そうですね。つまり必要となるのは、内部の情報の取得と共有です」
現状、あの異形と化した都市の状況は何一つ分からない。
最終目標がアレの陥落であると言っても、一足飛びにそこまでの作戦を立てられる状況ではないのだ。
少しずつでも情報を集め、確実に攻略していく――そんな戦い方になると、アルトリウスは主張している。
割と無茶で突飛な作戦を立てることのあるアルトリウスではあるが、今回は敵の裏を掻けるほどの情報がないということだろう。
「無難ですが、妥当な方針ですね」
「だが、具体的にはどうするつもりなんだ? うちの連中も、流石に焦れてきているし、いい加減動きたいところなんだが」
「あまり複雑な作戦を展開するつもりはありません。皆さんにお願いしたいのは、情報の共有です」
アルトリウスは全体へ、そして生放送を行っているカメラへと向けて、そう口にする。
情報の共有は、作戦遂行に於いて基本であり、最重要な要素である。
それでもある程度独占を狙う者はいるだろうが、この場に集まっているクランであればそこまでの心配は不要だろう。
「各クランが最精鋭クラスのメンバーを投入し、安全確保をしながら前進します。内部で得られた情報はクランがまとめ、鍵付きの掲示板で全体共有を。情報の整理は『キャメロット』の方で行います」
「占領戦ってわけか。無難だが、時間はかかると思うぞ?」
「それは避けられないかと。ですが、僕たちの目的はあくまでもアルフィニールの討伐……そこに辿り着くまでに、戦力の消耗はできるだけ抑える必要があります」
相手は大公という未知の怪物。であるならば、可能な限りの戦力をぶつけるのが常道――確かに、その通りだ。
情報を共有、安全を確保しながら内部を制圧し、前進する。
オーソドックスであるが、それだけに堅実な戦い方ができるだろう。
「エレノア、補給線はそっちに対応して貰っていいか?」
「ええ、元々そのつもりよ。大工たちしか仕事がないんじゃ、私たちも退屈だからね。今回は作戦だし、割増料金は無しで対応するわ」
「通常料金は取るってか。まあいいけどな」
「貴方はどうせ、補給なんてほぼ必要ないでしょ」
半眼を向けてくるエレノアには肩を竦めて返し、改めて都市の方へと視線を向ける。
俺たちが配置されるのは、当然最前線になるだろう。
最も危険な仕事。敵と戦い、その場を制圧するための足掛かり。
まあ、あの都市の全てが悪魔と融合してできているのだから、果たして制圧だけで済むのかどうかは甚だ疑問だが――
「……それで、アルトリウス。どこを目標として動く?」
「内部情報がないため結論が出せませんが――ひとまずの目標として、花のめしべに当たるであろう、中心部を目指すようにしましょう」
都市は、花のような形状と化している。
多数伸びているおしべのようなものもあるが、中央に聳え立っているのはめしべを模したかのような塔だ。
順当にいけば、あそこでアルフィニールが待ち構えている可能性は高い。
まあ、他に目ぼしい目標もないし、まずはそこを目指してみるのはアリだろう。
内部に侵入すれば、もっと他の情報も手に入るかもしれないしな。
「方針は了解した、俺たちに異存は無い。他はどうだ?」
「『剣聖連合』も構わない、いい加減暴れたいところだ」
「ええ、大まかな作戦は構いませんが……一つ提案があるとしたら、情報の整理は『MT探索会』の方で行いましょうか、といったところですかね。『キャメロット』には攻略に専念していただいた方がいいでしょう」
「『エレノア商会』もそれに協力しましょう。アルトリウス、貴方は後方よりも前線に注力して頂戴」
「……ありがとうございます。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
さて、大まかな方針は決まった。
後は動くだけ――果たして、どのような地獄が待ち受けているのやら。
まだ、敵の全貌を見るには、時間を要することとなるだろう。