738:悍ましき開花
推定伯爵級クラスの戦闘能力を持つ大型の融合悪魔であるが、複数のHPゲージを保有しているわけではない。
つまり、奴は一度倒せばそれで終わりであり、その点は明確に伯爵級より弱いと言える。
変身した伯爵級の戦力をたった一体で押さえ込めるようになった点は感慨深いというべきか――まあ、人間大だったら俺も一人で倒し切れるとは思うのだが。
ともあれ、シリウスによって行動を阻害されている融合悪魔は、他のプレイヤーたちによっていいように攻撃され続けている。
まあ、多少はシリウスに誤射しているものもあるようだが、故意でなければ敵対判定にはならないようだ。
(その辺り、どうやって判定してるのか本当に良く分からんが――)
今は気にすることでもないと肩を竦め、下の戦場の様子を注意しつつも都市の方を観察する。
増援が来なくなったことで、上空の悪魔はほぼ殲滅が完了した状態だ。
地上の悪魔についても、散発的なものを除けばほぼ融合悪魔のみしか残っておらず、それも駆逐されつつある。
つまり、本丸へと近づく算段が整いつつあるということだ。
「アリス、何か変化は見えるか?」
「さっきより細くなっているというか、小さくなっているのは見ての通りだし、それ以外は特に。ああ、でも……」
「些細なことでもいいが、どうした?」
「いえ、全方位に埋まっていた融合悪魔が集まったってことは、ドラグハルトの方の障害物も消えたのかなって思っただけよ」
アリスの言葉に、成程と頷く。
あの巨大な融合悪魔は、都市の全方位に埋まっていたと思われる。
であれば、ドラグハルト達の方にも存在していた可能性は非常に高い。
果たして、ドラグハルト達はあれに遭遇していたのか。或いは、それよりも先に撤収させてしまったのか。
「あれが残っていればドラグハルト達にも打撃を与えられた可能性がある反面、奴らの到着が遅すぎるのも困る。微妙なところだな」
「そもそも、あの規模を相手に囮の意味があるのかしら?」
「……さてな、まだ分からん」
嘆息し、改めて巨大な蕾を観察する。
肉の触手が絡み合うように伸びた異形。根元は白っぽいのだが、先端に行くにつれて赤みを帯び、どす黒く変色していく。
それが全て悪魔の肉体で形成されているのだから、異形としか言いようがない、冒涜的な存在だ。
(アルフィニールは……奴の能力は、恐らく融合と分離、それが本質だ)
多数の悪魔を生み出すことが能力かと思っていたのだが、本質はそこにあるのだろう。
あのように一つの塊にすることも、個々の悪魔として分離させることも可能。
もしもリソースをそのように活用しているのだとしたら、あれには果たしてどれだけのリソースが集まっているのか。
思わず、舌打ちを零す。材料というと聞こえが悪いが、この地で死んだ現地人たちは全て取り込まれてしまったのだろう。
ともあれ、奴の能力はそれであると思われる。
そして単純に融合・分離させるだけではなく、無機物への融合も可能なのだろう。
あの外壁が血を流していたように、奴の君臨する都市はそれそのものが悪魔と化している可能性がある。
というか――あんな質量の融合悪魔が存在するなら、都市が全て悪魔と一体化していたとしても不思議ではない。
「ああ、クソ。空軍の支援が欲しいところだ」
「どこの世界よ……」
益体もない愚痴にアリスが呆れを交えた声を上げるが、俺としては割と本気で言っている。
あんな規模の化け物が相手では、爆撃支援か巡航ミサイルでもなければマトモに相手をしきれるものではないだろう。
純粋に、質量が違いすぎる。刀一本で切り崩せるような規模ではない。
恐らく、軍曹も同じような感想を抱いていることだろう。
「先生、掃討が終わりましたよ。後は地上ですけど……」
「ああ、あちらもそろそろ終わるだろうな」
シリウスが喉笛に喰らいつき、融合悪魔は身動きが取れなくなっている。
その間もアルトリウスたちは容赦なく攻撃を加え、融合悪魔のHPは尽きようとしていた。
あれについては追撃の必要は無いだろう。程なくして、分離した悪魔たちの攻撃は終わる。
つまり、次の相手はあの都市そのものということだ。
(当たって砕けろ、なんてわけにはいかんからな……どうしたもんか)
奴の能力が分かったからといっても、情報が足りなさすぎる。
無策に突っ込めば一網打尽にされるのが関の山だろう。
アルトリウスの言う通り、堅実に一歩ずつ足を進めるしかないか。
――そう結論付けるのとほぼ同時、地上の戦闘が終了した。
「とりあえず、一段落か。まずは態勢を整えて、それからあれに攻撃か?」
「あれって、攻撃して何とかなる規模なのかしらね?」
「ダメージが通れば倒せるんじゃないですかね、たぶん」
本当にそれで済むのであれば、遠くから攻撃をしているだけで終わるのだが……そう簡単な話にはならないだろう。
とはいえ、今のところ情報は皆無なのだ。確認できることは全て確認しておいた方がいい。
地上のアルトリウスは、部下たちに指示を飛ばして隊列を整えている。
とはいえ、他のプレイヤーたちも唖然とした表情で都市を見つめている様子であった。
戦闘中では気にしている余裕もなかったのだろうが、改めてその異様さを直視することになったのだろう。
無理もない反応だと思わず苦笑しつつ巨大な異形を見上げ――その先端が、僅かに動いたことを察知した。
「っ、警戒しろ!」
「何が来るんですかね、今度は!」
蕾状の肉の塊。その頂点にある先端が、僅かではあるが、ここから見て分かるほどに震えている。
あれを凝視していた地上のプレイヤーたちも気づいたのか、指をさしながらざわめく声が広がっているようだ。
アルトリウスも状況の推移から目を離さず、じっとその変化を見つめている。
(攻撃か、防御か、或いは――)
唐突に攻撃が飛んでくる可能性もある。
決して警戒は緩めず、その変化の推移を見守る。
生憎とだが、敵の動きを邪魔できるような状況ではない。
しっかりとその変化を観察し、その上で対応するしかないのだ。
先端部の振動は、まるで波打つかのように全体へと伝わり――そして、その動きが止まる。
単なるこけおどしだった、というのであればまだ良かったのだが。
しかし、そんな思いとは裏腹に、巨大な蕾は徐々にその姿を変貌させ始めた。
「……何、あれ」
アリスの、小さな呟きが耳に入る。その声は、僅かながらに振るえているように思えた。
生々しい音と共に蠢く、巨大な肉の塊。
それは、まるで解けるように螺旋を描きながら、まるで花弁のような体を開き始めた。
――そして、その悍ましき姿を目の当たりにする。
「ッ……!」
一言で言うのであれば――それは、肉で造り上げられた都市、だろう。
基本色は白だが、赤と黒にグラデーションがかかった、ぶよぶよとした質感の建造物。
基本的な造形は元々の都市と大きくは変化していない様子ではあったが、おしべのように飛び出した謎のオブジェや、僅かながらに残された石材の姿が不気味さを煽る。
無数の悪魔たちが溶け合い、一つとなった異形にして異常。
大公アルフィニール、その玉座となる都市は、そうやって俺たちの前に姿を現した。
「悪趣味極まりない姿だが……どうやら、歓迎する気は満々のようだな」
吐き気を催すような姿に変貌した都市ではあるが、それだけで攻撃行動に移る様子は見えない。
どうやら、単純に姿を変えただけのようだ。
或いは、俺たちが近付いたからこそ、決戦のための準備を済ませたということか。
その一部分だけでも削り取ることができたのは、幸いだと考えておくべきだろう。
「……どうするんですか、先生。あんなの、手の出しようがない気がするんですけど」
「だが、戦わないという選択肢も無いだろう。とにかく、方針をアルトリウスに確認だな」
俺たちだけでは結論を出すことはできない。
公爵級とも異なる化け物の姿を前に、方針の再確認のため地上へと降下することとした。