735:正面衝突
弾けるようにして現れた悪魔の群れ。
それによってあの巨大な融合悪魔は完全に消滅したのは、果たして僥倖と見るべきかどうか。
まあ何にせよ、この悪魔共を迎撃しないことには始まらない。
「飛行能力を持ったグレーターデーモンが相手か。厄介だが、ここで潰せばそれまでだ」
「クェエエッ!」
戦闘態勢に入ったセイランが、その身に黒い嵐を纏い始める。
それと共に、真っ先に前へと出たのはシリウスだ。獰猛に牙を剥き出しにするシリウスは、正直なところ空中での機動力はそこまで優れてはいない。
何しろ、体が非常に重いのだ。空を飛べているというだけでも意味が分からない存在だが、流石に小回りの利く飛行は不可能だった。
とはいえ、そう簡単に落とされるような耐久度ではなく、遠方から飛来する射撃は甲高い音を立てて鱗に弾かれている。
「シリウス、当たればそれで十分だ。敵を引き付けろ」
「グルルルッ!」
流石に、機動力では敵の悪魔の方が高いだろう。
であれば、無理に追いかける必要はない。シリウスは、前線で暴れ回り、敵の視線を引き付けることが仕事なのだ。
俺の指示を受けたシリウスは、力強く鋼鉄の翼を羽ばたかせ、悪魔の群れへと正面から突撃する。
図体のでかいシリウスなだけに、悪魔の注目も一気に集まり、攻撃を受けることとなるが――生憎と、その要塞のような体が落とされることはないだろう。
「さあ行くぞ。グレーターデーモン程度はさっさと落としてやらんとな!」
「了解です、っと! 《オーバースペル》、【ブレイズスピア】!」
緋真が、左に抜き放った篝神楽を掲げながら、先日覚えた《灼炎魔法》の呪文を発動する。
槍となって飛翔するその炎は、シリウスへと攻撃を仕掛けていた悪魔を貫き――さらに、貫いたまま吹き飛ばして後方の悪魔までもを巻き込み、巨大な爆炎を発生させた。
貫通と爆発、二つの性質を持つ非常に攻撃的な呪文。性質は以前の【ファイアジャベリン】にも近いものではあるが、貫通力や爆発範囲は明らかに向上していた。
「これ、結構燃費いいんですよね」
「倒し切れずとも撃墜はできるな」
単発攻撃自体の威力はかなり高いが、爆発の威力は並みといったところだ。
しかし、直撃を受けたグレーターデーモンはほぼ瀕死であるし、爆発に巻き込まれた悪魔たちもバランスを崩して墜落しかかっている。
そこへ、撃ち抜くようにルミナの光の魔法が飛来し、悪魔たちを次々と地上へ叩き落していった。
翼を貫いているし、再び飛翔することは不可能だろう。
「落とすのはいいが、地上の連中の頭に落とさないようにしておけよ」
流石に、あれだけの質量が上空から降ってくるのは危険極まりない。
とはいえ、頭上が戦場になっていることは気づいているだろうし、ある程度は彼らも注意しているだろうが。
シリウスが敵の注意を引き付けたことを確認し、セイランもまた動き始める。
嵐を纏う翼が空を打ち、その体は一気に加速した。前傾姿勢になりながらその衝撃に耐えつつ、俺は餓狼丸の刃を構える。
この速度では刃を振るう必要すらない。ただ軽く撫でるだけで、こちらに視線を向けていない悪魔の首が刎ね飛んだ。
(グレーターデーモンだけなら相手にはならない……問題は融合悪魔だ)
大量に現れた悪魔の群れは、地上と空中で俺たちの方へと殺到してきているが、生憎と全てが向かってきているわけではない。
一部の悪魔が後方で集まり、融合を行っている様子が見て取れた。
つまり、今向かってきている悪魔共は時間稼ぎなのだろう。
(流石に、先んじて潰しに行くと突出しすぎる。それに、上空の守りが足りなくなるかもしれん)
グレーターデーモンだけとはいえ、連中は単体でもそれなりに強力だ。
それに、一気に分離したためかかなりの数がいるし、ここから前進することは困難だ。
残念ながら、先んじてあの融合を止めることは不可能だろう。
恐らく、アルフィニールもそれを分かっていて、射程外で融合を行っている筈だ。
(それに、あの外壁……あの街そのものが融合悪魔であるなら、近付けば攻撃してくるだろう)
奇襲を行った際に行われた攻撃は、その正体までは確認することができなかった。
だが、あの狙撃に近い攻撃を狙っていることは間違いないだろう。
今はまだ動いていないが、いずれ攻撃をしてくることは覚悟せねばなるまい。
「ともあれ――今は、こいつらか」
セイランの雷が降り注ぎ、悪魔たちの体を打ち据える。
辛うじて回避した個体の翼を斬り落とし、俺は改めて敵の状況を確認する。
ある程度の範囲は俺たちだけで抑えられているが、かなり広い戦場である以上、カバーしきることは不可能だろう。
『キャメロット』の騎兵部隊が防衛に当たっているため何とかなっているが、それでも前に出ることはできなかった。
「――セイラン」
「クェッ!」
セイランが翼を羽ばたかせ、急制動をかける。
その方向転換により、俺たちを狙ってきた魔法の一撃は空を切った。
流石に、この状況では俺たちを狙うものも出てくるか。
「《蒐魂剣》、【断魔斬】!」
大きく振るった《蒐魂剣》の軌跡にて飛来する魔法を撃ち消し、横へと移動。
悪魔たちは当然のようにこちらを追おうとし、そこを炎の槍によって貫かれた。
そして、爆発によって煽られた他の個体はバランスを崩し、次の瞬間には巨大な刃金の爪にて引き裂かれる。
この場に於いては、足を止めることは死と同義だ。
「《オーバーレンジ》、『命餓一陣』!」
黒を纏う生命力の刃が飛翔し、悪魔を斬り裂きながら肥大化する。
その行き先までは確認せず、俺は改めてセイランへと合図を送った。
周囲に展開していた嵐をより細く絞り、さらにスピードを上げたセイランは、強靭な前肢で悪魔たちを打ち砕きながら飛翔する。
擦れ違う悪魔は斬り飛ばしつつ、ターゲットが徐々にシリウス以外に向いてきたことを確認して――俺は告げた。
「吹き飛ばせ、シリウス!」
「グルァアアアアアアアッ!!」
巨大な魔力が収束し、放たれるのは《ブラストブレス》。
拡散する刃の衝撃波は、向かってきている悪魔の群れへと正面から解き放たれた。
切り刻まれ、吹き飛ばされる悪魔たち。グレーターデーモンたちは耐久力も高く、距離が開けばある程度は耐えられていたようだが、それでも衝撃に足を止めざるを得ない状況だ。
そして、動きを止めたのであれば、後はダメージが蓄積している的でしかない。
緋真やルミナを含め、味方からはいくつもの遠距離攻撃が発射され、悪魔たちは次々と撃墜されていった。
「よし、ある程度は落とせた、が――」
流石に、これだけで解決するほど容易い状況ではない。
ある程度の悪魔を片付けることはできたが、まだ状況は解決していないのだから。
それに、本格的な戦闘はむしろここからが本番だろう。
「クオン、そろそろ後方の敵が動き始めるわよ」
「ということは、少数での融合悪魔か」
奇襲作戦の時も見た、少数で融合させた悪魔たち。
個体数は減るが、単純に戦力が強化される。空中においては、中々落とせなくなるのは厄介だと言えるだろう。
それに、地上での戦闘も激化することは避けられまい。
今のところ、前進しながら戦いを続けられているようだが、果たしてあれらが参戦してからもそれだけの余裕があるかどうか。
「……とりあえず、やることは変わらんか。シリウス、前に出ろ!」
「グルルッ!」
ブレスによってぽっかりと開いた空間へシリウスを前進させつつ、自分たちの位置を調整する。
まずは少数の融合悪魔、その後に大型と化した悪魔――まだ、敵の懐に辿り着くには越えなければならない壁が多くある。
一つ一つ、それらを突き崩していかねばならないだろう。