734:整地と前進
「よーし整地だ! 畜生、後で埋めてやるからな!」
「道に唐突にできてる窪地とか意味わからな過ぎて草」
「この窪みはいっそ何かに使えないもんかな」
「トンネルにして上下道路とか?」
「上は車道、下は歩行者道か……アリだな」
わいのわいのと、地上から響いているのはそんな声だ。
彼らは、『エレノア商会』に所属しているプレイヤーの中でも、《大工》系統のスキルに習熟しているメンバーである。
出番などそう多くは無いだろうに、よくそのスキルをそこまで鍛え上げたものだとは思うが、何にせよ彼らの腕は一流だ。
何しろ、アドミス聖王国の聖都シャンドラを再建しているメンバーなのだ。彼らの技術、知識は専門家と呼んで差し支えないものであった。
尤も、今回それらの知識はあまり必要ではなく、単純に人が通れるだけの整地ができれば良いだけなのだが。
「基礎となる地面を整えるだけのテクニックか……そんなものまであるんだな」
「手っ取り早く整地ができるっていう意味では、現実でも欲しいテクニックでしょうね」
「実際、そう言ってる人は多いらしいわよ」
アルトリウスに用事がある際、たまに立ち寄っているシャンドラであるが、少し見ていない間にどんどん様変わりしていっている。
と言っても、元々あった街全体のイメージカラーというか、雰囲気的な部分は統一されたまま。白を基調とした街並みは相変わらず清潔感のある佇まいであった。
変化が生じているのは、建物の並びや防衛設備など、随所にちりばめられた工夫である。
どうやら、彼ら大工たちは一丸となって都市計画を定め、それを実現するために邁進しているらしい。
(スポンサーが『キャメロット』で、予算組みは『エレノア商会』……好き勝手やらせて貰えているのは、彼らにとっちゃ実に都合が良いだろうな)
金払いが良く、また案出しにも寛容な上層陣だ。
よほど突飛な話でもない限り、ある程度は耳を傾けてくれるだろうし、明確なメリットを提示できるならば受け入れてくれるだろう。
無論、端から全て受け入れるかと問われれば、それはまた別の話だろうが。
「しかし、シャンドラでエンジョイしてるあの大工たちが、ここまで出張ってくるとはな」
「流石に参加自由のワールドクエストには参加したいんじゃないですか? 一応、報酬は美味しいですし」
「こちとら、経験値ジェムの確保手段ぐらいなイメージなんだがな」
スキル面は既に充実しているため、欲しいものは経験値ジェムぐらいしかない。
そのため、ポイント稼ぎという意識はあまりないのだ。倒せる敵を倒しているだけの状態である。
尤も、公爵や大公相手には全力で戦わざるを得ないだろうし、そいつらを倒せば結果的に大きなポイントを手に入れることになるだろうが。
ともあれ、大工たちもワールドクエストで活躍できる機会には貪欲ということだろう。
(あのデカい融合悪魔が消えた後の地面を大工たちが整地、その作業をタンクが護衛か……後方に大量のプレイヤーが続くことを考えると、その方が効率的なんだろうな)
整地をせずに無理やり進むという手もあっただろうが、やはり後続が大量にいる状況では避けた方が無難なのだろう。
大工たちのテクニックによって地面を平らに均し、歩きやすくなったところで後続を突入させる。
これが道具を使った作業であったならかなりの時間を要してしまうだろうが、大工たちが使っているのはテクニックだ。
MPを消費すれば一定範囲内の地面を均すことができるという、他にはほぼ使い道がないであろう術。
まさか、それが行軍に役立つ日が来るとは、彼らも思わなかったことだろう。
(前衛にはタンクと、足場が悪い中でも戦闘可能な熟練のプレイヤー。迫ってくる悪魔を対処しつつ大工が整地し、後続のプレイヤーが遠距離攻撃で援護か……今は、とりあえず問題無さそうだな)
俺たちは、敵が飛行可能な悪魔を用いてきた際の備えとして上空を飛んでいる。
だが、今のところ悪魔たちは地上でのみ出現しており、上空にいる俺たちの仕事は無い状態だった。
今の状況で、アルフィニールは果たして何を考えているのか。
あの巨大な融合悪魔は、奴にとっては大きな手札の一つであったはずだ。上手くすれば、あれ一つで俺たちを壊滅させられたほどの。
だが現実として、あの悪魔は俺たちに一つとして被害を与えることなく倒されることとなった。
(アルフィニールは、あの触手が倒されることを想定していたのかどうか――いや、想定はしていただろうな。俺たちを倒し切れなければ、逆に倒されることは想定していて然るべきだ。だが、これほどの早さで倒されることは想定していなかったはず)
つまり、ここに来てようやく、アルフィニールの準備を上回れている可能性があるということだ。
だからこそ、アルトリウスも可能な限り効率的に進もうとしているのだろう。
同時に、アルフィニールはその進行を全力で阻止しなければならない。
この程度の場当たり的な足止めでは、俺たちの足を止めるには至らないのだから。
(その割には、あの程度の悪魔しか出してこないか……出せないのか、それで十分なのか)
死につつある融合悪魔から分離した悪魔たち。
数は多いが、戦闘能力はそれほど高くはない。多少の足止めにはなるが、ここに集っているプレイヤーたちにとっては物の数ではないだろう。
果たして、アルフィニールはその程度の時間を稼げれば十分なのか、あるいは他に打てる手が無い状態なのか。
当人の顔でも見ることができれば少しは予想できるかもしれないが、今は判断材料が足りない。
「先行して、あのデカい悪魔に攻撃を仕掛けた方がいいか……?」
「多少HPを減らしても、効果があるとは思えないけど? というか、『即死』が通ったならHPはゼロでしょうし、攻撃しても効果は無いんじゃない?」
「むぅ、それもそうか」
現状では、打てる手は無いということか。
もし、俺たちに思い付かないようなことがあるならアルトリウスから連絡が来るだろうし、俺たちが考える程度のことはあいつが既に考えているだろう。
つまり、今のところはこうして、順当に前に進むしかないということか。
「……まあ、今できることは、大型の融合悪魔が出てきたら潰すことぐらいか」
流石に、伯爵級相当の融合悪魔が出てきてしまったら、しばらく足止めを喰らうことになるだろう。
あまり時間をかけている余裕もないし、発見したら融合を完了する前にさっさと潰しておくべきだ。
とはいえ、今のところはその様子も無さそうだが。
「悪魔を吐き出すことで、『即死』による消滅は加速してるみたいですね。消滅する速度が速まってる感じです」
「まあ、順当と言えばその通りかもしれんが。そのまま消滅していれば手間がかからず済んだのにな」
「『即死』したなら即座に消滅するべきだとは思うけどね。融合体だからなのかしら」
あの融合悪魔は、一気に消滅せず連鎖するように崩壊を続けている。
多数の悪魔が融合するという、特殊な性質によるものなのか。
詳しく解析している余裕はないため判断はできないが、恐らく要因はそこにあるだろう。
「ん……クオン。敵の本拠地、そろそろ見えてきたわね」
「ああ、地上からはまだ見えないだろうが、いい加減そろそろ――何だ?」
遠方に見え始めた、アルフィニールの拠点。
先ほど遊撃で向かった際も見かけたそれは、まだ何かが変わった様子もない。つまり、ドラグハルトはまだ到着していないのだろう。
だが、俺が違和感を抱いたのはそこではない。その手前で聳え立つ、巨大な融合悪魔。
少しずつ姿を現していたはずの巨体が、一気に持ち上がったのだ。
「うわ、でっか」
「改めて、本来はあの巨大な化け物を相手にしなけりゃならなかったんだな」
ここまでは、ずっと地面の下に身を潜めていたはずの巨大な怪物。
それが姿を現したのは、おそらく最後の抵抗といったところだろう。
先から急速に黒い塵へと崩壊していくその体――それが、弾けるように変貌した。
「……!」
「どうやら、最後に仕事はありそうだな」
息を呑むアリスの様子に苦笑しながら、敵の姿をじっと見つめる。
巨大な融合悪魔は、ついに残る全ての部分を悪魔へと分離させたのだ。
それによって融合悪魔はその姿を消したが、溢れるように現れた悪魔たちは構わずにこちらへと向かってくる。
後方では融合しようという動きも見えているし、本気でこちらを迎撃するつもりなのだろう。
「ようやく準備が整ったのか何なのか……まあいい、攻めてくるなら単純に潰すだけだ」
今回は飛行する悪魔も出現している。
流石に、この状況ではのんびり観戦とはいかないだろう。
制空権を確保するため、俺は足でセイランへと合図を送ったのだった。