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733:蜂の一刺し











(――失敗した!)



 攻撃を行い――『即死』の付与に失敗したことを、アリシェラは感触で察知した。

 《静寂の鬨》の効果により、敵からのヘイト蓄積は少ない。しかし、それでも一旦その場から離れる必要はあった。

 《血纏》の効果によって短剣が赤いエフェクトを纏う中、アリシェラは再び霧の中へと身を潜める。



(効果は……レジストされたのね。あれだけやっても、やっぱり耐性は高いか)



 戦闘ログを確認して、アリシェラは小さく舌打ちを零す。

 アリシェラのスキルだけではなく、他のプレイヤーたちのスキルを含め、可能な限り相手の即死耐性を削った。

 それでも尚、『即死』の付与は通らなかったのだ。

 非常に高い耐性を有しているこの融合悪魔に対しては、口で言うほど簡単な作戦ではないのである。



「チッ……面倒ね」



 舌打ちを零しつつ、アリシェラは霧の中を移動して距離を取る。

 今の攻撃によって存在を察知されたというわけではなく、単純にダメージを受けたことによって暴れ始めてしまったのだ。

 融合悪魔は、非常に巨大な肉体を有している。

 たとえアリシェラではなかったとしても、その一撃を受ければ容易く吹き飛ばされてしまうことだろう。

 否、吹き飛ぶだけで済めばむしろ幸運と言えるほどのサイズ差であった。

 巨体を震わせ暴れる肉の塊に対し、巻き込まれないギリギリの距離を保ちながら、暗殺者はじっとその動きを目で追い続ける。



(ここまでスキルを重ねて、成長武器まで使った。引き下がるわけにはいかない)



 幸い、動き回りはしているものの、先程刻んだ《血纏》の印はまだ残っている。

 もう一度《死神の手》を付与し直し、再度攻撃を当てればチャンスはあるのだ。

 尤も、何度もチャンスがあるかと問われれば、それは否定せざるを得ないだろうが。



(《静寂の鬨》の効果があったとしても、いつまでも未発見状態が維持できるわけじゃない。次に失敗したら、流石に一度仕切り直さないといけなくなる……)



 そして、もしもこの状態の悪魔に知能があるのであれば、流石に対策を取ってくることだろう――アリシェラは、そう考えていた。

 つまり、最大のチャンスとなるのはこの二回目まで。それ以降は、もっと確率が下がってくることになる。

 攻撃のチャンスが無くなるわけではないだろう。だが、それでも――



「――ここで、決めるわ」



 スキルのクールタイムを確認し、アリシェラは音もなく地を蹴る。

 《空歩》を起動して跳躍、空中に足を着けながら、動き回る巨大な融合悪魔へと接近する。

 もしもタイミングを見誤れば、彼女は敵の巨体に撥ね飛ばされてしまうことだろう。

 しかし、それでも尚――彼女は、臆することなく巨大な悪魔の体へと突撃した。



「感謝するわ、ティエルクレス。貴方に挑んだことがここで活きてくるとは思わなかった」



 《天上の舞踏エアリアルダンス》を起動。

 不規則に動き回る悪魔の巨体、その体へと着地・・しながら、アリシェラは左手を触れさせた。

 《死神の手》を使用して耐性を削りながら、巨体に刻まれた赤い刻印へと向けて駆け抜ける。

 滅茶苦茶に揺れている筈の地面・・を平然と走り抜けながら、ただ前へ。

 そして彼女は音もなく跳躍し――



(スリルじゃない、仕事でもない。私は――)



 意識は冷たく研ぎ澄まされ、その視線はただ一点のみを見つめ続ける。

 しかして周囲の情報は把握し、全ての障害を回避しながら作り上げた急所へと突進する。

 鋭く冷酷な、純粋な殺意のみをその目に宿して。



(――私の意思で、殺す)



 ――その刃を、紅の刻印へと深く深く突き刺した。

 瞬間、巨大な融合悪魔の体が、びくりと揺れる。



「……!」



 アリシェラは《ブリンクアヴォイド》を発動し、その場から離脱する。

 空中に投げ出される形となったが、アリシェラは残っていた《空歩》を使用して勢いを殺し、そっと地面に着地した。

 そして、冷たく鋭い彼女の視線の先で、融合悪魔はその巨体を大きく揺らす。

 蛇が鎌首を持ち上げるように、大きく振り上げられた触手は――その先端から黒く染まり、急激に崩壊を開始した。

 その様を見届けながら、アリシェラは細く息を吐き出し、小さく呟く。



「殺意の有無、ねぇ……少しは、意識した方がいいのかしら」



 ただの偶然だろうと理解しながら、それでも捨てきれない可能性に苦笑を零す。

 そしてアリシェラは、仲間の元に帰るため、踵を返して霧の中へと姿を消したのだった。











 * * * * *











「お見事、その一言だな」

「正直かなり厳しいと思ってたんだけど、意外といけるものなのね」

「かなり運が良かったことは事実だと思いますけど……でも、良かったです」



 巨大な融合悪魔は、その触手の先端から塵と化して崩壊を続けている。

 『即死』を受けたにもかかわらず、一息に消滅するというわけではないようだ。

 とはいえ、その効果から逃れられている様子もなく、崩壊の連鎖は留まる様子は無さそうである。

 問題は――



「障害が消えたのはいいが、あれをどうやって進むかだな」

「地面に潜んでたわけですから、いなくなれば当然陥没しますよね、そりゃ」



 あの巨大な悪魔は、地中で俺たちのことを待ち構えていた。

 あれだけの巨体が消えたのであれば、当然地面も陥没してしまうことになる。

 これからあの先に進まなければならない身としては、大層困る状況であった。

 とはいえ、あの化け物を排除しなければならなかったことは事実であるし、先程に比べればまだ解決のしやすい問題なのだが。



「とりあえず、俺たちは空を飛びながら先行するとして……徒歩の連中はどうするのかね」

「降りて進むのか、足場を作るのか。まあ、どちらでも何とかなりそうですけど。あいつがいないなら」

「だな。だが、一発で何もかも解決とまでは行かなさそうだ」



 俺の言葉に、緋真とアリスは首を傾げる。

 そんな二人の様子に軽く苦笑しつつ、俺はあの巨大な悪魔の方を指差した。

 地面に埋まっていた巨体が持ち上げられ、それが少しずつ消滅していく姿。

 だが、その消滅する前の根元に変化が生じていたのだ。

 端的に言えば、そこから通常の悪魔が出現し始めていたのである。



「あれって、分離してるんですか!?」

「『即死』の効果で消滅する前に分離させて再利用しようってところか。間に合うとは思えないが、全てを犠牲にするよりはマシだと判断したんだろうよ」



 やはり、融合体から分離させることも可能だったか。

 あの巨大な融合体の総体から比較すればほんの僅かな量ではあるだろうが、決して無視のできない数でもある。

 これから向かう先は足場の悪い場所だし、烏合の衆だからと油断するわけにはいかない。



「全部消滅してればよかったのに……どうするんですか、あれ?」

「流石のアルフィニールも、あの融合体を消滅させられることは想定外だっただろう。場当たり的な対応である可能性は高い。つまり――」

「相手に時間を与えるべきではない、ということですね」



 作戦の成功に当たり、方々へと指示を飛ばしていたアルトリウスが、改めてこちらに近付いてくる。

 その表情は朗らかながらも、まだ緊張を残している様子であった。

 どうやら、まだまだ安心できるような状況ではないようだ。



「作戦の遂行、ありがとうございました。ここから進軍を再開します」

「あの足場だが、そのまま行くつもりか?」

「地面を確保しながら進もうとすると、時間がかかり過ぎてしまいますからね。相手の防御が崩れた現状、少しでも距離を詰めておくべきです」

「なら、あの分離してる悪魔はどうするんですか?」

「順当に倒していくだけですね。今の僕たちにとっては、むしろその方がやり易い相手です」



 まあ、プレイヤーたちもいい加減、戦う相手に飢えている状況だっただろうからな。

 ここいらで戦闘をしておかないと、そろそろ士気を保つのも難しくなってきそうだ。



「クオンさんたちはあまり離れすぎない程度にお願いします」

「そうだな。これなら、前に進むのに問題は無さそうだ」



 分離した悪魔と戦いながらアルフィニールとの距離を詰める。

 崩壊していく融合体の状況も観察は必要だろう。

 果たして、アルフィニールは次にどのような手を打ってくるか――慎重に、足を進めるとしよう。











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― 新着の感想 ―
[気になる点] 本来ならここで書くべきじゃないんだけど、ちょっとなろうを使ってなかったらデザインが色々変わり過ぎて慣れない(軽い浦島太郎状態です)
[一言] 即死した融合体を分離させるかぁ・・・・・・ 流石にしぶといけど、場当たり的な対応だし、 再融合とかされる前に倒しちゃった方が良さそうですね。 しかし、殺意の有無が成功率に影響するのは意外で…
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