732:死の刃
戻ってきた検証チームを含め、アルトリウスから作戦が通達される。
即ち、『即死』を用いたあの融合悪魔の排除。『即死』の付与が耐性によって弾かれたことを確認し結論付けられた、逆転の策であった。
「つまり……こっちは『死毒』の在庫を集めて来ればいいのね」
「はい。僕は全体に通達し、《死神の手》を始めとする即死耐性低下スキル持ちを全員招集します」
「で、私が刺してくるってこと?」
エレノアとアルトリウスの言葉に、アリスは眉根を寄せながらそう口にする。
アリスの場合、作戦となれば躊躇うことなく行動するだろうが、アルトリウスからの要請という点に引っかかりを感じているのだろう。
まあ、その辺りは後で俺が説得するとして――
「いくつか問題点があるな。即死耐性ダウンのスキルを当てに行くとして、護衛なしに当てられるのか?」
「遠距離で付与できるものにしても、相手の射程内まで入らなければならないものは多いでしょうね。それに関しては、うちから護衛を出します」
《死神の手》などは顕著だが、あれは接触しなければ発動させられないスキルだ。
高い隠密能力を持つアリスなら何とかなるだろうが、流石に相手に捕捉されながら接触をするのは護衛なしには困難だろう。
どれだけ耐性が高いのかは分からないが、アリスのスキルだけで通せるほど耐性を下げられる保証はない。
可能な限り、多くのスキル持ちを集める必要があるだろう。
いや、そもそもそんなスキルを持っている奴がどれだけいるのかという話でもあるのだが。
「意図的に『即死』を狙うプレイヤーなんてそうそういないから、あまり多くはならなそうだけど……まあ、物好きなプレイヤーは探せばいるものだからね」
「そう言われると、私が物好きなプレイヤーみたいに聞こえるのだけど?」
「それは悪いけど、暗殺者スタイルは十分に物好きな部類だと思うわよ?」
エレノアの言葉には言い返せなかったのか、アリスはついと視線を逸らす。
まあ、アリスほど極めているならばまだしも、中途半端では力を発揮できないスタイルであることは事実だろう。
おまけに、相性が悪い相手にはとことんまで悪いスタイルだからな。
「とりあえず、『即死』付与の攻撃を行うのも複数人集めた方がいいでしょうね。なるべく試行回数を増やすべきだわ」
「何度チャンスがあるかは分かりませんからね。耐性ダウンを持っているプレイヤーがいれば、必然的に『即死』付与を持っているプレイヤーも近くにいるでしょう。同時に招集しておきます」
果たして、本当に現実的なのかどうか――俺には判断できないが、生憎と他に手が思いつかないことも確かである。
あの巨大な融合悪魔を何とかしないことには先に進めないのだ。
足止めを喰らっているプレイヤー達も焦れてきているし、そろそろ動かなければ戦線が崩壊しかねない。
「これが失敗したら、正面から戦うことも視野に入れないといけませんからね……とりあえず、行動を開始しましょう。クオンさんたちは準備をお願いします」
「了解だが、準備と言ってもな……」
仕事をするのはアリスであって、俺がやることは何もないのだが。
ともあれ、慌ただしく踵を返すアルトリウスたちのことを見送りつつ、アリスの方へと向き直る。
彼女は深々と嘆息を零しつつ、その視線を融合悪魔の方へと向ける。
どうやら、既にどのように殺すかの算段を立て始めているようだ。
「……やるしかない状況だ。悪いが、頼むぞ」
「ええ、ここでいつまでも足止めをされているわけにもいかないもの」
状況はファムが監視しているだろうが、そろそろドラグハルト陣営の動きも気になってくる頃合いだ。
こちらはこの巨大な融合悪魔、ドラグハルト達は純粋に大量の戦力を割り振られている現状、果たしてどちらが先に進めているのやら。
具体的な距離までは分からないが、いつまでも手をこまねいているわけにはいかないことも事実だろう。
「とりあえず、私は私で準備してくるわ。どの辺りがちょうどいいかは、まだ分からないから」
「ああ、気を付けろよ」
「ええ、ありがとう。それじゃ、行ってくるわ」
暗殺をするにも、場所が重要ということだろう。
アリスの攻撃射程は、素手の攻撃を除けば最低限レベルだ。
更には《死神の手》を当てるために接触する必要まである。
最初に当てた《死神の手》の効果が切れるまでに、果たして何度クールタイムを終えて当てることができるのか。
可能性はあるが、勝算はまだまだ見えてこない。己の手では解決できない問題に、俺は軽く餓狼丸の柄を撫でたのだった。
* * * * *
『作戦を開始するそうだ。準備はいいか、アリス?』
「ええ、問題ないわ」
声が響かない程度に返答し、アリシェラは頭上を見上げる。
三階建ての建物ぐらいの高さはあろうかという、巨大な肉の塊。
基本的には白く、しかし所々に黒や赤の混じる、悍ましい姿。
アリシェラの持つ能力は、あくまでも対人戦闘に特化した能力だ。これまでの悪魔との戦いの中でも、本性を現した怪物たちと戦ってきたが、やはりあまり得意であるとは言い難かった。
(それがまさか、こんな化け物を相手に『即死』を狙うことになるなんてね)
アリシェラは、以前に悪魔相手にも同様の戦法を取ったことはある。
相手に気付かれることなく、幾度となく《死神の手》を使用して即死耐性を下げ、一撃で屠った経験が。
それがあるからこそ、アリシェラはこの作戦の困難さを理解していたのだ。
(弱点部位に攻撃を当てなければ『即死』の発生確率は著しく下がる。本来なら即死部位に当てるべきだけど……こいつは即死部位どころか弱点部位も見つからないし)
融合体の悪魔は、決して防御力は高くは無く、どの部位にも攻撃は通じる。
だが逆に言うと弱点と呼べる部位は見つかっておらず、何処に攻撃しても同じ効果しか発生しないのだ。
つまり、この融合悪魔に対しては、『即死』を狙うという作戦自体を成立させることが困難だと言える。
(つまりやるべきことは、《死神の手》で限界まで即死耐性を下げたあとで、《血纏》で弱点部位を追加して、その上で攻撃を当てる……一発で成功するのかしら、これ)
少しでも可能性を上げるために、『死毒』を付与するアイテムを重ね掛けし、限界まで効果を高める。
標的は巨大すぎる上に、狙うべき弱点が存在しない。逆に言えば、狙い易い位置に弱点を付与すればそれでいいのだ。
後は、確率の問題である――後方から融合悪魔へと攻撃が降り注ぎ始めたのは、アリシェラがそう考えた直後のことであった。
(やっぱり、暴れ始めるのね……距離を取っていて正解だったけど、これはこれでどうやって攻撃したものかしら)
即死耐性ダウンのスキルを当てるため、幾人かのプレイヤーが融合悪魔の攻撃圏内に侵入した。
悪魔の攻撃は『キャメロット』のタンクたちによって防がれ、反撃に放たれるのは耐性を下げるためのスキル。
その様子を離れた位置から眺めつつ、アリシェラはじっと悪魔のステータス状況を確認した。
(確かに、耐性ダウンのスキルは通ってる。これは免疫で解除されるわけじゃないから、効果時間いっぱいまで続くはず。それなら――)
内心で結論付け、アリシェラは即座に移動を開始した。
プレイヤーが攻撃圏内に侵入したことで、悪魔の動きがある程度可視化されたのだ。
どの位置ならば敵の攻撃に巻き込まれやすいのか、逆にどの位置ならば動きが少なく攻撃が当てやすいのか。
それを見極めながら移動して、アリシェラはスキルを発動させた手を伸ばす。
(スキルの発動時間とクールタイムの関係から、重ね掛けできる回数は五回が限度。その上で《トキシックエッジ》で死毒を多重使用して――)
その手が触れた瞬間、《死神の手》のスキルが発動する。
相手の即死耐性を下げるという、出番が殆ど無いようなスキル。
とはいえ、アリシェラは日常的にこのスキルを使用するようになっていた。
レベルが上がるにつれ、アリシェラの攻撃は『即死』の発生確率が高くなってきている。
一度《死神の手》を使えば、ある程度運が良ければ『即死』が発生する程度には。
無論、それはそこらの魔物や悪魔が相手であり、このような巨大な存在を相手にしていたわけではないのだが――手順としては、慣れたものでもある。
(……二度目。今回は、他のプレイヤーの分もある。でも、それでも確実などとは口が裂けても言えないわね)
巨大な融合悪魔は暴れ、攻撃を放つプレイヤーたちを薙ぎ払おうとする。
しかし、単純な攻撃では、『キャメロット』が誇る防壁を破ることなどできはしない。
その様子を無感動に眺めながら、アリシェラは小さく呟いた。
「三度目、頃合いね――暗夜に刻め、『ネメ』」
そして、タイミングを見計らい、成長武器を解放する。
立ち込め始めた霧の中に身を隠したアリシェラは、三度目の《死神の手》の発動を確認しながら、静かに獲物を見定めた。
(【夜霧の舞踏】、そして【死境の淵】……経験値は溜められるだけ溜めておいて正解だったわね)
敵からの発見確率を大きく下げる【夜霧の舞踏】と、『即死』の付与率を上昇させる【死境の淵】。
それは、暗殺に特化したアリシェラだけが持つ、『即死』を現実的に狙うための手段。
その発動を以て、霧の中を音もなく動くアリシェラは、四度目の《死神の手》を融合悪魔に触れさせた。
(――《血纏》)
そして直後、再び霧の中に姿を隠しながら投げナイフを放ち、悪魔の肉体に紅の刻印を刻み込む。
ダメージ量で言えば微々たるもの。それこそ、今まさに『即死』を狙っている他のプレイヤーたちの攻撃の方が遥かにダメージが高く、その攻撃でアリシェラの存在が感知されることはなかった。
もうすぐ、最初に発動させた《死神の手》の効果が切れる。しかし――それよりも、スキルのクールタイムが終わる方が早い。
(五度目――『毒刃』)
《死神の手》の発動と共に、《魔技共演》による《フェイタルエッジ》と《トキシックエッジ》の同時発動を行う。
そして、間髪入れることもなく――霧の中の暗殺者は、浮かび上がる紅の刻印へと刃を突き刺したのだった。