731:状態異常検証
巨大な怪物と化した悪魔の融合体。
とてもではないが総体を把握することができず、倒し切るヴィジョンが浮かばない化け物。
それを前にして嬉々として行動を始めたのは、『エレノア商会』と『MT探索会』のメンバーたちであった。
『エレノア商会』が提供したアイテムを使い『キャメロット』が攻撃し、その効果を『MT探索会』が検証する。
各分野のトップが集まっているため、その行動に無駄は無い。テキパキと動きながら、あの恐ろしい怪物を前に淡々と作業を進めていた。
検証――『毒』、『猛毒』。
「通じてはいるようですね」
「効果が切れるまでの時間はアークデーモン級と変化ありません。耐性値、免疫値は同等のようです」
「だが、HPが分からないから効果のほどは検証しきれないな」
検証――『麻痺』。
「効果は発動するが、持続は一瞬ですね」
「耐性は普通ですが、免疫がかなり高く設定されていますね。動きを止められるのはほんの数秒だけです」
「一応は止められるというだけで御の字かもしれんな」
検証――『出血』。
「これも麻痺と同じく、一瞬だけですか」
「これは免疫で解除されているわけではなく、再生能力によるものですね。HPが回復している可能性も視野に入れるべきかと」
「この規模の持続回復を持たれているのは厄介だな……」
検証――『凍結』。
「ほぼ効果なしですね」
「動作の停止はほぼ効果なし……ですが、防御力低下効果は発生していますね。足止めにはなりませんが、無駄ではないかと」
「攻撃時に効果を付与しておいても良いかもしれないな」
検証――『炎上』。
「そこそこに効果ありですね」
「ほぼ毒と同じ、通常通りの効果です。解除されるまでの時間も同レベルかと」
「スリップダメージ系は効果がある、ということか……?」
検証――『盲目』。
「これは効果ありません。全く付与されないようです」
「耐性ではなく、無効化ですね。これ以上の検証は無駄かと」
「というか、そもそもどこに目があるんだコイツは」
検証――『放心』。
「元々効果は一瞬ですが、一瞬で解けていますね」
「免疫によるものかどうかは分かりませんが、とりあえず一瞬だけ動きを止めることは可能なようですね」
「『放心』は元々そういう効果だから、実質は大差ないな……というか一応精神系も効くんだな」
検証――『混乱』、『魅了』。
「解除までの時間が短いですが、効果はあります」
「免疫は高めの設定のようですね。耐性もそこそこあります。ですが、一度通れば『放心』よりは長く続きますね」
「やはり、精神系状態異常も効果はあるようだな……」
検証――『睡眠』。
「こちらは……耐性値がかなり高いようですね」
「現状では、相当準備をしないと耐性を貫いて効果を発揮することは不可能かと思います」
「ふむ。免疫値は不明か……長時間止められるなら候補としてはアリだったんだが」
進められていく検証を後方から眺め、俺たちは顔を見合わせる。
聞こえてくる話から察するに、状態異常でも効くものと効かないものが存在しているようだ。
尤も、それは普通の魔物や悪魔が相手でも同じであるし、不思議ではないことだが――
「……緋真、耐性と免疫ってのはなんだ?」
「ああ、耐性は状態異常を受けるかどうかの確率、免疫は状態異常を受けた後にどれぐらいで解除されるかの判定値ですね」
「耐性が高いとそもそも通じない、免疫が高いと通じてもすぐに解除される、ってことね」
「成程、その両方が低いものが通じやすいってわけか」
今のところ、それに当てはまるのは『毒』や『炎上』だということなのだろう。
まあ、これらは通じたとして、単純にダメージを与える効果にしかならない。
一気に敵の体力を削り取れるほどの毒があるならともかく、この巨体相手にはあまり期待できないだろう。
「話を聞く限り、あまり解決策にはなっていないような気がするんだが?」
「間髪入れずに行動不能系の状態異常を続けて、それで通り抜けられるならいいですけど……流石にリスクが高いですよね」
「というか、それだけ耐性を貫いて入れ続けるのが無理でしょうね。流石に現実的とは言えないわ」
どうやら、緋真もアリスも状態異常による突破には懐疑的なようだ。
通じることは通じるが、現実としてそれを利用した解決策は通用するとは考えづらい。
検証すること自体は有意義だが、果たしてどこまで効果があることか。
そんな俺たちの考えとは裏腹に、検証の様子を眺めるアルトリウスはひどく真剣な面持ちであった。
「……アルトリウス。何か思いついたのか?」
「いえ。この融合体ですが、基本的に『盲目』以外は無効化されないと思いまして」
「まあ、目が無いんだから『盲目』が効かないのは納得だが、それがどうかしたのか?」
「無効化と耐性はまた別のものでして、耐性が高いということは、超低確率ですが通じる可能性はあるということでもあります」
「まあ、それはその通りだな?」
アリスの持っている《闇月の魔眼》は、耐性を貫いて強制的に『放心』を付与する効果がある。
だが、無効化の場合はそれでも効果を発揮することはできないのだ。
逆に言えば、無効化ではなく耐性である内は、僅かながらに通じる可能性が残されているということでもある。
「つまり、耐性を下げるスキルで何とかしようってことか? だが、効果時間がある以上はそう何度も通じるもんじゃないだろう。免疫とやらもあるようだし」
「そうですね。耐性を下げる手段はいくつかありますが、免疫を下げる手段は殆どありません。付与した後に解除されてしまうことは防げない……ただ一つの状態異常を除いて」
ぽつりと、アルトリウスが最後に付け足した言葉。
それに関して問い質すよりも早く、彼は前方の検証班へと向けて声をかけた。
会話をしていて何の検証をしていたのかは聞いていなかったが、どうやらあまり成果は上がっていなかったようだ。
「今のはどうでしたか?」
「耐性が高すぎます、防がれました!」
「……成程、了解です。一通りの確認が終わったら戻って下さい」
そう告げて、アルトリウスは小さく笑みを浮かべる。
それは決して、今の回答に対する反応とは思えないほど好意的なものだ。
果たして何を見出したというのか――その疑問に回答するように、アルトリウスはこちらに振り返りながら声を上げる。
「作戦が決まりました。早速、準備を開始しましょう」
「早速だな……それで、どうするんだ?」
「あの融合体に対し、状態異常は通じます。耐性が高いものは多いですが、無効化されるものは『盲目』だけです」
あらゆるパターンを検証した報告をまとめ、アルトリウスはそう告げる。
現状は理解したが、果たしてそれがどのような解決策になるというのか。
アルトリウスは、小さな笑みと共にその先を結論付ける。
「そのため、耐性を下げ、強引に状態異常を適用させる。一度付与に成功すれば、それだけで状況を解決できる状態異常を、です」
「……まさか」
「ええ――『即死』の効果を利用し、あの融合体を攻略します」
アルトリウスが出した、その結論。
その言葉に、俺は思わずアリスの方へと視線を向けていた。
俺だけではなく、緋真やアルトリウス当人の視線も集中し、アリスはたじろいだ様子で一歩後退する。
だが、そんな彼女の様子は意に介さず、ニッコリと笑みを浮かべたアルトリウスは真っ直ぐに告げた。
「アリスさん、お願いします。この作戦の肝となるのは、貴方のスキルです」
『即死』の耐性を下げ、最も高い確率で付与することができる暗殺者。
総司令官からの直々の要請に、アリスはただ引き攣った表情を浮かべていたのだった。