730:地を埋める異形
「見ての通りだったようだが……どうするつもりだ?」
「ええ、そうですね……」
遠方に見えるのは、既に姿を隠さなくなっている巨大な肉の塊。
不定形な触手をうねらせ、こちらを警戒するように待ち構えている。
思わず自らの正気を疑うような光景であるが、生憎と現実逃避もしていられない。
「妙に敵が出てこないと思ったら、あれで防衛するつもりだったんですね」
「《看破》系統のスキルだけだと気づけなかったかもしれないわね。《超直感》を持っててよかったわ」
「俺でも、アリスが感じ取ってから違和感に気付いたレベルだからな……下手をしたら、全軍がアレに飲み込まれていたわけか」
「本当に助かりました、ありがとうございます」
思わぬ形で危機を脱し、アルトリウスはこちらへ深々と頭を下げてくる。
尤も、斥候の仕事としては最低限であるし、気付けなかったらそちらの方が問題だ。
今はまだ、何とか最悪の事態に巻き込まれずに済んだというだけなのである。
「で、どうする? 正直、力押しで何とかなるような相手じゃないぞ」
「はい、それはその通りでしょう。多少ダメージを与えたところで、倒し切れる規模には見えませんから」
今見えているのは、巨大な融合体のほんの一部であり、その全体像は地面に埋まっていて確認できない。
最悪の場合、あの融合体がアルフィニールの本拠地までずっと埋まっている可能性もあるだろう。
さて、果たしてどのように対処すればよいものか。
「とりあえず、いつまでも足止めを喰らっているわけにもいかないですから、色々と試してみるべきでしょうね」
「迂回するのは……流石に無理か」
「はい。どこまで埋まっているかも分かりませんし、それほど時間をかけるわけにもいきませんから」
一部が露出したとはいえ、まだ大半は地面の下だ。
果たして、どこまで埋まっているのか、分かったものではない。
だが、それはそれとして大きな問題がある。つまり、あのデカブツを何とかして排除しなければならないということだ。
「とりあえず、各部隊を偵察と検証に向かわせています。どうにかしてあれを攻略しないことには、先に進めません」
「それはその通りだが、何とかできるのか?」
「それを確かめるための検証ですから」
現状では、アルトリウスも断言できる状態ではないようだ。
そもそも、融合体に関する情報が少ない状況であるし、それも仕方のない話であるが。
「とりあえず、分かっている部分からまとめましょう。あれが悪魔であること、そして融合体であることはまず確定の事実です」
「まあ……それはその通りだな。後は、そこまで頑丈ではないってことか?」
「そうですね。あの中に、果たしてどれだけの数の悪魔が混ぜ込まれているのかは分かりませんが……少なくとも、防御力は加算されていないようです」
もし融合体全てのステータスを合計するような性質があるのだとしたら、流石のシリウスでも耐えられなかっただろうし、一部とはいえ千切り取ることも不可能だったはずだ。
要するに、攻撃そのものは通じる相手だと言える。決して無敵の存在というわけではない。
しかしながら――
「でも、HPの総量は見えないようだね。というより、デカすぎてHPバーがどこにあるのか分からないというべきか」
横から口を挟んできたマリンの言葉に、否定はできず嘆息を零す。
現状、あのデカブツのHPを確認することができない。シリウスによる攻撃でどこまでダメージが入ったのか分からないのだ。
ある程度減らせているのであれば、攻撃を重ねて行けば倒すことはできるだろう。
だが、その状況を確認できないのでは、徒労に終わってしまう可能性も高い。
「つまり、無策に攻撃を重ねる方法は取らないってことか?」
「まあ、最終手段ですね。それ以外の効率的な方法を模索するべきかと」
「ノーヒントだから、手当たり次第にやってみるしかないんだけどね」
厄介ではあるが、気付かずに進んでいた場合よりは百倍マシだろう。
現状、あの化け物の上空では、相手の攻撃が届かない距離からあれこれと攻撃を試している状態のようだ。
ダメージは通っているようだが、やはり総体からすると雀の涙程度のダメージにしかならないように見える。
「……アルトリウス。そもそも、あれはなんだと思う?」
「結論は出せませんが、仮説としては二つ。一つは、防衛用にアルフィニールが前々から準備していた存在ということですね」
「ふむ。事実として足止めされているわけだし、あり得なくは無いか。それで、もう一つは?」
「あれが、アルフィニールが悪魔を生み出している源泉……の、一部という可能性です」
思いもよらなかった意見に、思わず眼を見開く。
その視線をアルトリウスへと向ければ、彼は軽く苦笑を零しながら続けた。
「根拠のない、ただの可能性だけですよ。融合させることができるなら、分離させることもできるのではないかと」
「つまり、最初から融合した状態で生み出していて、後から分離させて悪魔の形にしていると」
「現状では、確かなことは何も言えませんから。ただ、その場合――」
「大地の下を埋め尽くすぐらい、『悪魔の元』の在庫が余ってるってわけか。確かに、そいつは笑えないな」
正直、あまり考えたくはない可能性であるし、あまり真に受けない程度に留めておこう。
何はともあれ、必要なのは目の前の化け物の攻略である。
あいつを何とかしなければ、アルフィニールの元に辿り着くことはできないのだから。
「えーっと……今のところ、属性による差は無いようですね。まあ、ダメージ量が見れないから何とも言えないですけど」
「反応を見る限りだと、どの属性が特に効いてるとか、そんな感じは無いわね」
「相手からの攻撃は物理一辺倒みたいだねぇ。距離さえ取ってしまえばとりあえずは安全か」
現状、相手の射程圏外から魔法による攻撃を続けている。
傷はついているし、ダメージは通っているようだが、倒せる気配は皆無だ。
全く効かないわけではなさそうだが、これでは埒が明かないだろう。
魔法で弱点を探り、その属性を重点的に攻める――というのは、流石に効率が悪そうだ。
「……おや」
「マリン、何か分かったかい?」
「解決には至らなそうだけど、その糸口になるかもしれないものなら」
「急いでるんだ、勿体ぶらずに言え」
にまにまと笑みを浮かべているマリンに半眼で告げれば、彼女は軽く肩を竦めて続けた。
その杖を、蠢く肉の塊の方へと向けて、囁くようにしながら。
「魔法そのものはともかく――付与効果の状態異常は、ちゃんと通っているようだね」
「ほう?」
「あー……確かに、『炎上』とか『麻痺』とか通ってるみたいですね」
呪文の一部には、状態異常を発生させるものがいくつか存在する。
火属性の魔法であれば『炎上』、雷属性の魔法であれば『麻痺』など、その効果は様々だ。
効果によって通じやすさは大きく異なるが、基本的には強力な敵に通じづらいものである。
例外はアリスの持つ《闇月の魔眼》のようなスキルだが――どうやら、そういった特殊なスキルではなくとも、あの化け物には通じるようだ。
「融合していても、耐性は下位の悪魔と変わらないということか……マリン、状態異常ごとに効果を検証するよう通達を」
「了解。これは商会の子たちも巻き込んだ方がいいかもしれないねぇ」
状態異常が通じると一言に言っても、その種類は様々だ。
事実、今まさに『炎上』よりも早く『麻痺』が解除されてしまっている。
その通じやすさによって、取れる作戦が変わってくることだろう。
「状態異常ねぇ……それを主体にするなら、俺の出番はなさそうだな」
「私には仕事が回って来そうな気もするんだけど」
「その時はよろしくな」
半眼を浮かべているアリスへとそう告げれば、彼女は深々と嘆息を零す。
その様子に思わず笑みを零しつつ、俺は慌ただしく動き始める『キャメロット』の面々を見送ったのだった。