727:大公アルフィニールの力
『……ありがとうございます、クオンさん。おかげで、かなり重要な情報を入手することができました』
「お前さんがそう言えるなら、苦労した甲斐はあったな」
帰還のスクロールで街まで退却し、改めてアルトリウスたちを追って出発した俺たちは、先んじて通信で状況を報告した。
アルフィニールに関して得られた情報。それらは、今後の戦いを左右するものになるだろう。
報告を聞いている間は沈黙を保っていたアルトリウスも、その声には僅かな喜色を滲ませている。
とはいえ、事態はそう単純なものでもないのだが。
『アルフィニールの能力は、悪魔の創造だと思っていましたが……報告からすると、少し異なるようですね』
「異なるというか、別の能力もあるんじゃないのか? 悪魔の創造自体はしてるだろう」
『はい、それはその通りです。ですが、融合能力の件を見るに、単に創造と言ってしまっていいのかどうか悩んでいます』
アルトリウスの懸念する要素を理解できず、首を傾げる。
同じく通信を繋げている緋真も、アルトリウスの言わんとすることを把握できていないのか、困惑した表情だ。
俺たちよりも有している情報量の多いアルトリウスは、果たして何を掴んでいるというのか。
俺たちが困惑していることに気付いたのか、僅かに苦笑したアルトリウスはゆっくりと言葉を続けた。
『まず、事実として分かっている範囲で列挙しましょう。まずアルフィニールは、各種悪魔を大量に使役する能力を持っています。実際に生み出している姿を確認できているわけではありません』
「……まあ、その通りだな」
アルフィニールが創造した、といつも言ってはいるが、その姿を確認したわけではない。
というより、アルフィニールの姿そのものを確認できていないのだ。
悪魔の創造というのも、状況から見た分析と言われればその通りである。
『そして、悪魔の融合能力。悪魔同士の融合が可能なことは確定となりました。多数の悪魔を融合させて巨大な化け物を造ることや、少数を融合させて能力を高める方法など、使い方は様々あるようですね』
「見てきた通りだな。アルフィニールにとっては、既に隠すつもりのない札だろう」
『はい。そして、少なくとも都市の外壁を偽装した悪魔。スキルでの識別結果から、悪魔であることは間違いないと判明しています。そして、その近辺から発射された砲撃……関連性は不明ですが、アルフィニールの手札の一つではあります』
聞けば聞くほど、統一感のない能力だ。
奴の使ってくる攻撃手段のいくつかを判明させることはできたが、それにしても統一感が見えて来ず、どのような手段で出てくるかが分かりづらい。
場当たり的な対策はできるだろうが、根本的な対処はやはり困難だろう。
しかし、アルトリウスは何か考えているのか、落ち着いた声音で続ける。
『情報をまとめていましたが、僕はこの融合能力こそがアルフィニールの能力の肝なのではないかと考えています』
「融合が、か。確かに厄介な能力だが……まさか例の外壁も、悪魔を融合させた結果だと?」
『検証はできないため、あくまで想像です。悪魔同士の融合が可能なのは確定ですが、それ以外の物体とも融合できるのであれば、例の外壁を生み出すことも可能なのではないかと』
アルトリウスの言葉に、眉根を寄せつつも首肯する。
理屈としては分からないでもない話だ。確かに、生物以外の無機物とも融合させることが可能ならば、あの外壁を作り出すことも不可能ではないだろう。
それは確かに納得ではあるが、それが悪魔の創造と結びついていないのだ。
姿を見ていないとはいえ、アルフィニールが何かしらの手段で大量の悪魔を確保しているのは事実。
創造に類する能力を持っているのは間違いないはずだ。
『そもそも悪魔と言うのは、MALICEの端末です。その中でも爵位を持たない悪魔たちは、高度な意思を持たない末端だと言えます。そしてそれらは、爵位級の悪魔たちがリソースを使用し、出現させていると考えていいでしょう』
MALICEはその箱庭に応じて適した形で“脅威”を出力するシステム――と、アルトリウスは言っていた。
悪魔は全てMALICEによって生み出された存在であり、逆に言えば悪魔を生み出すにはMALICEのシステムを使う必要がある。
MALICEは元より、その箱庭の構成要素を食い潰すことによって稼働しており、その燃料がこの箱庭においては『リソース』と呼ばれるものだった。
ここまではいい、既知の情報だ。それを考慮した上で、アルトリウスは何を考察したというのか。
『悪魔同士を融合させるということは、本来の形を崩して、その構成要素だけを利用して再構成するということになります。そこにアルフィニールの能力が及んでいることはまず間違いないでしょう――そのような性質を最初から持っていたのであれば、これまで戦った悪魔が“悪魔を改造する”などという手段を用いる必要がありませんから』
以前戦った相手で言えば、デーモンキメラ。
そして俺はほぼ直接は戦わなかったが、ローゼミアと初めて会った時に戦った悪魔は、爵位悪魔によって改造された存在だと聞いた。
最初から悪魔同士が融合できるような性質があったのであれば、手のかかる手段を用いる必要はない――成程確かに、理解できる話だ。
『アルフィニールが融合能力を持っていることが事実であると仮定して――ではどうやって融合させているのか、という話になります』
「どうやって……と言ってもな。そういう能力だろう、としか」
『ええ、実際に検証できるわけではないので、これも仮定で考えるしかありません。僕は、アルフィニールが一度悪魔を変質させている、或いは生み出す際に何か干渉をしていると考えています』
「根本的な性質を変えて、融合できるようにしていると……ああ、創造が能力じゃないってのはそういう意味か。それも融合の能力の延長線上だと」
『単なる仮説にすぎませんが、考えられる範疇かと』
つまり、アルフィニールは生み出した悪魔にか、或いは生み出すタイミングで手を加えており、融合可能な悪魔として生み出していると。
確かに融合の際、悪魔たちは蠢く肉の塊のようになっている。あの状態から更に分離も可能なのだとしたら、少しスペックを落とした悪魔を大量に生み出すことも可能なのかもしれない。
確かめるには実際にアルフィニールの目の前まで到達する必要がありそうだが、奴の手を考察しておくことは有効だろう。
想定外の事象が起こったとしても、理由付けすることが可能かもしれないからな。
「そうであると仮定した場合、あの砲撃は?」
『砲塔に悪魔を融合させ……更にそれを、外壁に融合させたとしたら?』
「……はっ、もう笑うしかないな」
生態を考えることそのものが無意味な存在だが、最早意味が分からないとしか言いようがない。
悪魔が融合した兵器は、自律的な意思を以て射撃を行うことだろう。
そしてそれが壁に組み込まれているとなると、自動で接近するものを迎撃してくる外壁の完成だ。
兵力を運用せずにそのような防衛が行えるなど、反則もいいところである。
『融かし、混ぜ合わせる能力。アルフィニールが、それを利用してくる可能性を警戒しておきます。能力の限界も分かりませんし、予想だにしないタイミングで奇襲を受けるかもしれませんから』
「了解……とりあえず、こちらも合流を急ぐ。後は、偵察と警戒を密に行うようにしよう」
『お願いします。ひょっとしたら、仮説の裏付けが取れるかもしれませんので』
何かに融合体が潜んでいるのだとしたら、アリスのような《看破》系のスキルが必要となる。
中々に手間はかかるが、奇襲を防ぎ情報を得られるなら一石二鳥だ。
まだアルフィニールの手の内は分からないが、一つずつ、潰して行けるようにしよう。
それに――そろそろ、こちらもアルフィニールの軍勢と接触する頃だろうからな。
「まだまだ、ゴールは程遠いか。ドラグハルトめ、面倒な時期に仕掛けやがって」
文句を口にしても、何も解決することはない。
溜め息を一つ零して、俺はセイランを急がせたのだった。