726:浸食と融解
――背筋に走った悪寒に従い、その場から咄嗟に跳躍する。
刹那、俺が一瞬前までいた場所が、衝撃と共に爆散した。
土塊を四散させるその衝撃に押されて後退しつつ、俺は舌打ちと共に状況を分析する。
(狙撃……か? いや、兵器系の攻撃はアルフィニールは行わない筈――)
威力からして、戦車砲には届かない程度の破壊力。
だが、それは人体であれば容易に消し飛ばし得る程の威力であろう。
掠ることすら致命的だ。果たして、どのような方法で今の攻撃を行ったのか、それを確かめなければなるまい。
(今の攻撃はあの街からだった。角度的には外壁か? しかし、それらしい兵器が置かれているような様子もない。一体、どこから……っ!)
流石に、狙撃で狙われているとなると動きを変える必要がある。
安易に近付いていくだけでは、狙い撃ってくれと言っているようなものだ。
幸い、魔法の気配は無かったため、シリウスを盾にするように意識しながら悪魔との戦闘を継続する。
――そんな中で、一つだけ脳裏に過った可能性があった。
「アリス。戦線を離脱していいから、あの都市に近付いて偵察できるか?」
『……構わないけど、大丈夫なの?』
「何とかするさ。ただの予感でしかないが、もしも想像が当たっていたら……即座に撤退すべきだ」
俺の言葉に対し、アリスからは僅かに息を呑むような声が届く。
完全に予想外の発言だったのだろう。しかし、それを重く受け止めたらしいアリスは、小さく了承の意を返して通信を切った。
離れていたため気配は感じ取れないが、姿を隠して都市の方へと向かったのだろう。
今は先ほどの狙撃は来ていないが、姿を晒していればいつ狙われるか分かったものではない。
「……まさか、とは思うんだがな」
見る限り、攻撃を行ってきたポイントは発見できない。
だが、先程の攻撃は確実に砲撃だった。しかも、物理的な砲弾による攻撃だ。
となれば砲が必要となる。砲身と、砲弾を炸裂させるための仕組みだ。
それが見当たらない以上、何かしらの仕掛けがあることは間違いないだろう。
「緋真、お前もできるだけ身は隠せ。ルミナとセイランも動きは止めるなよ。ところで緋真、お前は見てたか?」
『いや、私も自分の戦闘に集中してましたから……こっちを狙われなくて良かったです』
「それは俺が突出していたからだろうな。だが、正体は不明のままか」
アルフィニール陣営からの謎の砲撃。
その存在を知ることができただけでも価値はあるが、やはり詳細を知りたいところだ。
どこから、どのような手段で砲撃を行ったのか。それさえわかれば、対策の打ちようはいくらでもある。
しかし――
「……続けざまには撃ってこないか」
先ほどから、砲撃を行おうとする様子はない。
連続しての使用ができないのか、或いは詳細を隠そうとしているのか。
前者であれば都合はいいのだが、あまり楽観的に考えるべきではないだろう。
先ほどから感じているアルフィニールへの印象が正しければ、奴はきちんと情報を絞りながら戦っていることになる。
先ほどの砲撃も、一撃で俺を仕留めて撤退させることが目的だったのだろう。
そうすれば、余計な情報を探られることもなくなるだろうからな。
(俺を仕留めれば、自動的にテイムモンスターたちも戻される。流石に緋真とアリスだけじゃ撤退が精一杯だ。そこまで判断しての行動となると――)
やはり恐ろしい、その印象を拭うことはできない。
果たして、アルフィニールは後どれだけの手を隠し持っているのか。
全てを探るには、今の作戦だけでは到底足りないだろう。
「シリウス、敵を攻撃するより、前進を優先させろ。だが、大型の融合体は見逃すなよ」
「グルルッ!」
とはいえ、このまま手をこまねいているつもりもない。
シリウスならば砲撃には耐えられるし、そのまま前進することも可能だろう。
周囲の悪魔たちへの攻撃はそこそこに、シリウスは正面を塞ぐ敵たちを踏み潰しながら先へと進む。
俺や戻ってきた緋真は、シリウスの後ろから、回り込もうとする悪魔たちを仕留めて行けば済む話だ。
砲撃という手札を見せ、それでも俺たちを止めきれない――そうなった場合、アルフィニールはどのような手に出るのか。
『お父様、周囲の悪魔の動きが変わっています! まるで包囲するみたいに……!』
「了解。妥当だが、即座に対応してくるとはな」
思わず舌打ちを零しつつ、それでも前進を続ける。
シリウスの殲滅速度が落ちれば、それだけ周囲の悪魔の数は増える。
その状況で、俺たちを一気に包囲しようというのだろう。
戦術としては全く間違っていないし、こちらが嫌がることを的確に狙ってきている。
だが、それはつまり、それだけ俺たちが奴らの視線を引き付けているということだ。
『――クオン、敵の都市に接近できたわ』
「よくやった! それで、何が見える?」
『その……ごめんなさい、どう判断していいのかが良く分からないのだけど……』
「構わん、見えたものを端的に言ってくれ。何を発見した?」
アリスには珍しい、歯切れの悪い様子。
その様子に嫌な予感を覚えて先を促せば、彼女は言葉を選ぶように少しずつ続けた。
『その……単純に言うと、あの城壁に対して識別結果が出たわ。私のスキルは、あの壁が悪魔だと認識してる。かなり強いみたいで、私のスキルでも一部しか情報を読み取れなかったけど』
「いや、十分だ。それこそ、俺たちの知りたかった情報だからな。アリス、お前は撤退してくれて大丈夫だ」
『いいの? もう少し近付けそうだけど』
「ああ、そこまで分かったなら、これ以上のリスクを背負う必要は無いからな」
逆に、これ以上アリスが近付いても、情報を追加できる可能性は薄い。
単独行動をしているだけでもかなりのリスクなのだ、これ以上は背負う必要は無いだろう。
それに――今の結果を確認するだけならば、ちょうどいい方法があるのだから。
「シリウス! あの都市の壁に、《不毀の絶剣》を叩き込め!」
「グルルルルルルッ!!」
俺の号令と共に、尻尾を振り上げたシリウスが魔力を昂らせる。
あっという間に魔力の充填を完了させたシリウスは、大きく踏み込みながら尾を振るい――横一文字に、遠方の都市へと向けて不可視の斬撃を解き放った。
射程の長いその一閃は、途中の悪魔たちをまとめて両断しながら一瞬で標的まで到達し、巨大な城壁に一筋の傷を刻み込む。
瞬間――城塞を覆う外壁から、おびただしい量の緑色の血液が噴出した。
「うぇっ!?」
「……ッ!」
それは、奇妙を超えて不気味としか言いようのない光景であった。
石造りにしか見えなかった巨大な壁が、その内側に赤い肉を見せながら蠢き、血を流しているのだ。
だが、それは確かに、アリスが見た通りの情報。即ち、あの壁が――否、あの巨大な都市そのものが、一つの悪魔の体なのだ。
「悪魔を都市に融合させたか? それとも、都市そのものが最初から悪魔だったのか? 分からんが、これは重要な情報だ」
アルフィニールの支配する都市の中に足を踏み入れるということは、即ち悪魔の口の中に飛び込むことに等しいだろう。
あの意味不明な化け物に包まれた都市の中は、とてもではないがマトモだとは思えない。
アルフィニールに辿り着くどころではない、そこに接近するだけでも死地に踏み入ることになる。
「アレをどうやって攻略するかは、また後で考える。今は撤退するぞ」
「了解です……ホント、どうするんですかね、あれは」
溜め息を零す緋真には内心同意しつつ、帰還のスクロールを取り出す。
少数での融合体、戦術指揮能力、遠距離からの砲撃、そして都市そのものである悪魔。
アルフィニールに打撃を与えることはできなかったが、取得できた情報は十分だ。
まずはこれを持ち帰り、アルトリウスと対策を立てることとしよう。
物理的に蠢いている巨大な城壁を一瞥し、俺たちは改めてスクロールを発動させたのだった。