073:新装備へ向けて
アイテムの購入自体は、余りまくっている素材だけでも十分にお釣りがくるレベルだった。
だが、今回の主題はそこではない。俺たちも、そしてフィノも――重要視しているのは、これらの新たな素材による装備の作成だ。
既に作成予定のアイテムについては《書記官》のリストに載っているが、どのような装備になるかまで決まっている訳ではない。
これらの素材を『エレノア商会』に購入して貰わないことには始まらないのだ。
「レギオンアントの上位種の素材、それに蟻酸鉱……」
「レギオンアントの巣まで到達しないと手に入らないアイテム、だったな」
「やはり、これを見るのは初めてか?」
「ああ、今の所、レギオンアントの群れに対しては敗走か全滅かの報告しか届いてない。あいつら程『数の暴力』って言葉が似合う魔物もいないだろうよ」
嘆息交じりの勘兵衛の言葉に、さもありなんと肩を竦める。
まあ実際、俺たちもシェパードがいない段階では敗走していたのだ。
あいつらが厄介な敵であることは、否定しようのない事実だろう。
「……とにかく、これらのアイテムが、今この場にあるものしかない可能性は非常に高い」
「って言うか、確定じゃないかなー? そんなものがあったら、『エレノア商会』に持ってきてる可能性高いし」
「所属していない職人の所に持ち込まれている可能性は否定できませんが……まあ、その確率は低いでしょうね」
商会のメンバー三人の言葉に、俺は胸中で同意する。
エレノアの構築している情報網は伊達ではない。入手難易度のこともあるし、これらのアイテムを他に保有しているプレイヤーがいる可能性は低いだろう。
かなりのアドバンテージではあるのだろうが――正直、シェパード抜きでもう一度やれと言われたら遠慮したいところだ。
あいつらを相手にするのは色々と消耗が激しいし、雑魚ばかりが多くて面倒臭い。
「……鉱石自体に特殊効果が付いてるのは初めて見た。話には聞いたことがあったけど……」
「生産クエストの師匠に教わったことですの? わたくしも似たような話は聞きましたが」
「ん、属性金属の話。そっちは?」
「属性紋刺繍ですわね。まあ、今のわたくしではまだ扱えませんが……」
色々と気になる話をしているが、今すぐにどうにかできる話ではないらしい。
とりあえず、今考えるべきは間近に迫ったイベントのことだ。
できもしない技術のことは、今考えていても仕方あるまい。
「それで、どうなんだ? 扱えそうか?」
「ん……蟻酸鉱は、少し練習が必要だけど、加工できないことはないかなー? どんな風になるかは、作ってみないと分からないけど」
積み上げられた蟻酸鉱を眺めながら、フィノはそう口にする。
どうやら、これで武器を作成することは不可能ではないらしい。
とは言え、そう簡単な話でもないようではあるが。
「んー……姫ちゃんも同じぐらい取ってきてるんでしょ? それも含めて全部消費するつもりでやれば、何とか三人分の武器は確保できると思う」
「そうか、なら問題はないな。緋真、お前も構わんか?」
「はい、大丈夫ですよ。別に、鉱石を余らせても私たちには使い道なんてないですしね」
「余裕が無いなら僕の分も提供しましょうか? 金属装備なんてほとんど使わないですし」
「いや、お前さんはこれから先、別のテイムモンスターで使うことがあるかもしれんだろう? 一応取っとけ」
シェパードも色々と苦労してこの鉱石を取得したのだ。
流石に、それを俺たちに提供する必要は無いだろう。
ともあれ、蟻酸鉱については何とか目途が立ちそうだ。となれば、残りは――
「これが問題……女王蟻素材」
「蟻なんだからいるだろうとは思ってたが、まさか倒してくるとはな」
「フィノならギリギリ加工はできる範疇でしょうけれど……大丈夫ですの?」
「ん……甲殻だけなら、まだなんとか。他はちょっと無理かも……この翅で剣とか作ってみたいけど、今はちょっと無理」
残念そうに眉根を寄せるフィノの言葉に、俺は僅かに視線を細める。
彼女は、この『エレノア商会』におけるトップの鍛冶師だ。
その彼女ですら扱いきれないというのであれば、現状では無用の長物であるということだろう。
別段、換金してしまってもいいとは思うのだが、他の在庫処分を含めると流石に金額が増えすぎる。
「……フィノ、その甲殻を篭手と足甲に加工できるか?」
「行ける、と思う……ううん、やってみせるよ。それに、羽織にも少し装甲を張りつけようと思う」
「ええ、だから羽織はまだ出さなかったわけですので。最高の状態のものを仕上げてみせますわ」
「了解だ、期待しているぞ。甲殻以外の女王蟻の素材については、俺たちで保管しておく」
「……そうしてくれ。正直、金額を相殺するのが厳しくなってきた」
嘆息する勘兵衛の様子に、くつくつと笑いを零す。
まあ、金額が大きすぎて雑貨品ではあまり相殺できていないのだ。
ポーションを増やして貰うのも手ではあるが、高級なポーションであるため品薄であるようだ。
俺としても、正直な所HPポーションはあまり使わない。自動で回復するし、減ったら《収奪の剣》で回復すればいいからだ。
そのためMPポーションを多めにしてもらってはいるが、そろそろ使いきれない量になりそうだ。
今まではポーション無しで回してきたわけであるし、長期戦時の緊急手段ぐらいにしか使わないだろうからな。
「……とりあえず、これで装備を作る。ふふふ」
「楽しそうだね、フィノ?」
「難しそうだけど、腕が鳴る。新しい素材は、やっぱり楽しいね」
まあ、何だかんだで楽しんでいるようであるし、問題は無いだろう。
明日までということで少々無理をさせてしまっているとは思うが、その様子を見ていると少し気が楽になった。
この様子ならば、あまり心配する必要は無いだろう。
そう考えて小さく頷いていたところで、伊織がポンと手を叩いていた。
「話は纏まりましたわね。それでは、わたくしは彼女の採寸を行いますわ」
「ああ、そういやその子のデータは無いんだったな。んじゃ、こっちは残りの清算をしちまうから、その間にやっとけよ」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
どうやら、伊織はこの場でルミナの採寸を行うつもりのようだ。
まあ確かに、オーダーメイドの装備を作るならばそれも必要だろう。
ルミナの場合、今の姿で装備を作るのはこれが初めてだからな。
さて、そうなるとしばらくは手持無沙汰だ。緋真やシェパードの会計にもそこそこかかるであろうし、すぐに出ていくというわけにもいかないだろう。
ぼんやりと彼女らの様子を眺め――その時、ふと隣からフィノが声を掛けてきていた。
「ねえ、先生さん」
「ん、何か用か、フィノ?」
視線を向ければ、フィノはいつもの眠たげな表情で、こちらのことを見上げていた。
だが、その締まりのない表情とは裏腹に、彼女の瞳の奥には確かな意志の色が宿っている。
どうやら、ただの世間話ではないらしい。そう判断した俺は、改めて彼女の方へと向き直っていた。
地妖族であるフィノは、その補正によって身長はかなり低い。
かつてのルミナ程、とまでは言わないが、見た目は完全に子供だ。
その間延びした喋り方もあり、かなり幼く見えるのだが、中身は緋真とそれほど変わらないだろう。
故に、緋真を相手にするのと同じ感覚で、彼女の声に耳を傾けていた。
「先生さんは、刀を二つ使うの?」
「うん? 太刀と小太刀のこと……ではなくか?」
「今回は、太刀二つのこと。太刀と小太刀なら、使い分けるのも分かるけど……性能が違うとはいえ、太刀を二振りも使うの?」
「……ふむ」
まあ、作り手からすれば当然の疑問かもしれないな。
今回は、先程の白鋼シリーズに加えて、この蟻酸鉱による武器まで注文している。
だが、太刀は大型の武器であり、二刀流で扱えるようなものではない。
せっかく作った武器だというのに、どちらかしか扱われないのであれば、フィノからしても面白い話ではないだろう。
しかし、俺もそれを無駄にするつもりは無い。軽く笑みを浮かべながら、その言葉に返していた。
「そうだな。六年ぐらい前の話になるんだが、刀一振りで戦いに出て、酷い目に遭ったことがあってな」
「……六年? え、ゲームの話じゃ、ない?」
「ああ、現実の方だぞ。クソジジイに連れていかれた場所で混戦に巻き込まれてな……騙し騙し使っていたんだが、太刀一振りでは限界があった。だから小太刀は必ず持つようにしたし、長い戦いが予想される場所では太刀を複数持ち歩いていたんだ」
「へ、へぇ……」
一ヶ月ぐらい戻れないような戦場の場合は、最大で四つぐらいの太刀を常に携帯していた。
最初は流石に重かったのだが、しばらくすると慣れて、普段通りに動けるようになったものだ。
まあ、あのクソジジイは常に一振り――俺が羨んだあの名刀一つ担いで全て対処しきっていたのだが。
今の俺ならばあれに近いことはできるだろうが……それでも、あれだけの刀が無ければ一振りでどうにか、とはいかないだろう。
「今回は大規模な戦いだ。それだけ、斬らなければならない相手も多くなる。そういう時は、主武装を複数持ち歩くようにしてるんだよ」
「……そこまでする?」
「今回のレベル上げでも、かなり刀が消耗したからな。複数持ち歩いておいて損はあるまい」
まあ、太刀の耐久値を大幅に減らされたのは、あの女王蟻が原因だったのだが。
とは言え、ああいった能力を持った敵が出てこないとも限らない。
いざという時のため、入れ替えられる武器があるのはいいことだ。
とりあえず、フィノも俺の言葉に納得できたのか、いつもの眠たげな表情で頷いていた。
「ん……分かった。先生さんなら使いこなせるだろうし、無駄にはしないかな」
「それについては保証しよう。きっちり使いこなしてやるさ」
「うん、お願いねー」
フィノの言葉に頷きつつ、俺は机に置いてある新たな装備へと近づく。
武器にせよ防具にせよ、命を守るための要素に変わりはない。
どこまででも使い尽くし、そして向かってくる敵を殺し尽くす。
――ああ、あの頃と何も変わりはしない。
「……勘兵衛、出来上がっているものはもう持っていっても構わないか?」
「ああ、問題ない。修理費も計上してるから、外した装備は置いていってくれ」
その言葉に頷き、俺は自分用の装備を手にして、装備画面から装備を変更していた。
まあ、見た目にはあまり変化は無い。だが確かに、若干重くなった印象はあった。
とは言え、動きに支障が出るほどのレベルではない。少しの間慣らしてやれば、修正は十分可能だろう。
「ふむ……まあいい時間だし、慣らすのは明日だな」
アルトリウスとの会談もあるし、本格的に戦っている余裕は無いだろう。
とは言え、それだけで全ての時間を使うわけでもなし、多少慣らす程度なら問題あるまい。
装備の重さを確認しながら脳裏で明日の予定を組み立てていると、緋真たちの声がざわめき始める。
どうやら、商談は終わったようだ。
「先生、お待たせしました」
「お父様、こちらも終わりましたよ」
「おう。とりあえず、今ある装備は貰っておけ」
その言葉に、緋真とルミナは笑顔で自分の装備に手を伸ばしていく。
それしかないルミナはともかく、防具よりも先に刀に手を伸ばす辺り、緋真も久遠神通流らしいと言うべきか。
彼女たちの様子に苦笑しつつ、俺は近寄ってきたシェパードへと声を掛けていた。
「さて、俺たちはそろそろログアウトするが……お前さんはどうする、シェパード?」
「折角のタイミングですから、少し装備を注文していこうと思います。中々、トップ生産職の人に直接というのは機会が少ないですから」
「そうかい。なら、今回はここまでだな」
にやりと笑いながらそう告げると、シェパードもまた薄く笑みを浮かべ、そして深々と頭を下げる。
「ありがとうございました、クオンさん。色々とお世話になりました」
「何、こっちだって助かったんだ。お前さんの《呪歌》が無かったら、ルミナもまだ進化できていなかっただろう」
これは紛れもない事実だろう。シェパードの《呪歌》があったからこそ、俺たちは効率的に敵を倒すことができた。
彼が居なければ、蟻の巣を攻略できていたかどうかは分からない。
ルミナの進化が間に合ったのは、紛れも無く彼の功績だ。
「また機会があったら、共に戦うとしよう。それじゃあな」
「ありがとうございました、シェパードさん」
「ありがとう。シルフィにも、よろしく言っておいてください」
「あはは……こちらこそ、ありがとうございました。それじゃあ、また」
シェパードと、フィノたちにも目礼し、俺たちは『エレノア商会』を後にする。
そしてそのまま、俺たちは本日のゲームを終了としていた。
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:27
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:24
VIT:18
INT:24
MND:18
AGI:14
DEX:14
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.27》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.19》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.17》
《MP自動回復:Lv.15》
《収奪の剣:Lv.14》
《識別:Lv.15》
《生命の剣:Lv.16》
《斬魔の剣:Lv.7》
《テイム:Lv.12》
《HP自動回復:Lv.12》
《生命力操作:Lv.9》
サブスキル:《採掘:Lv.8》
称号スキル:《妖精の祝福》
■現在SP:30
■アバター名:緋真
■性別:女
■種族:人間族
■レベル:27
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:24
VIT:17
INT:21
MND:18
AGI:16
DEX:16
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.27》
マジックスキル:《火魔法:Lv.23》
セットスキル:《闘気:Lv.17》
《スペルチャージ:Lv.16》
《火属性強化:Lv.15》
《回復適正:Lv.10》
《識別:Lv.15》
《死点撃ち:Lv.17》
《格闘:Lv.16》
《戦闘技能:Lv.16》
《走破:Lv.16》
サブスキル:《採取:Lv.7》
《採掘:Lv.10》
称号スキル:《緋の剣姫》
■現在SP:30
■モンスター名:ルミナ
■性別:メス
■種族:ヴァルキリー
■レベル:1
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:25
VIT:18
INT:32
MND:19
AGI:21
DEX:19
■スキル
ウェポンスキル:《刀》
マジックスキル:《光魔法》
スキル:《光属性強化》
《光翼》
《魔法抵抗:大》
《物理抵抗:中》
《MP自動大回復》
《風魔法》
《魔法陣》
《ブースト》
称号スキル:《精霊王の眷属》