723:遊撃する別動隊
「彼も言ってましたけど、これ本当に無茶じゃないですか?」
「しかも、その割には確実なリターンがあるってわけでもないわよね」
不満げな緋真とアリスの様子に苦笑を零しつつ、ゆっくりと降下して着陸する。
アルトリウスたち――即ち、プレイヤーの本隊とは離れた位置。一方で、ドラグハルトの軍勢とも距離を離した、どちらの戦場にもまるで影響しない位置関係であった。
「無論、確実なリターンを期待してるわけじゃないさ。アルトリウスだって、そうそう上手くいくとは考えていないだろうよ」
「だからって……私たちだけでアルフィニールに攻撃を仕掛けるとか、そんなことあります?」
アルトリウスが提案した作戦。それは、俺たちのパーティだけで、アルフィニールへの攻撃を行うというものだった。
メリットとしては分かりやすく、アルフィニール側の視線を分散させられるということ。
そして、あわよくば相手が隠している手札を開示させられるかもしれないということだ。
アルトリウスとドラグハルトがアルフィニールの注意を引いている現状、第三者からの攻撃は敵の不意を突くことが可能かもしれない。
それはつまり、初手でより深い位置まで斬り込むことが可能かもしれないということだ。
「現状における最大の問題点は、アルフィニールに関する情報が少ないことだ。しかし、情報不足を補う手段が無いから、ああやって慎重に敵に当たるしかないってわけだ」
「だから、無理矢理情報を引き出してやろうって作戦ですか……」
「俺たちが本隊にいても、順当に防空を担当するしかないからな。それはそれでも良かっただろうが、受動的な対応だけじゃドラグハルトに出し抜かれかねんだろう」
要は、俺たちという戦力を遊ばせておくのが勿体ないという発想だ。
であれば、多少の無茶をしてでも能動的に動き、少しだけでも状況を好転させておきたい。
たとえほんの僅かなプラスであったとしても、それが最後の一手を詰めるための布石になるかもしれないのだから。
「のんびり進んでいるから余裕があるように見えるかもしれんが、実際のところはかなり厳しい戦いだ。ほんの僅かでも、費用対効果が合っていなかったとしても、状況を好転させる必要がある」
まあ、実際は元手がかかる作戦ではないため、費用対効果的には基本的にプラスになるのだが。
俺たちという戦力を安全に進むために使うか、それとも後々の情報を得るために使うか。
普通に考えれば前者だろう。そちらの方が確実なリターンを期待することができる。
後者はリターンを得られる確証がなく、得られたとしてもそれがどの程度のプラスになるのかの保証もない。
――それでも、俺とアルトリウスはそれを選択したのだ。
「シリウスが進化していなければ、流石にアルトリウスも提案はしてこなかっただろうよ。だが、今の俺たちならば、決して不可能な賭けじゃない」
「……はぁ。まあ、貴方が決めたなら私は従うだけだけど」
「正直帰りたいですけど、死なない程度には頑張ります……」
「気を張りすぎる必要はないさ。ここが本番ってわけじゃないからな、できるところまでやりゃいいだけの話だ」
ここで本気を出し過ぎて、いざアルフィニールと戦うという時にガス欠しているようでは困る。
無茶は承知の上、可能な範囲でやるだけだ。
「さて、それじゃあここからアルフィニールの本拠地に向かう。シリウスを出すのは接敵してからだ」
「遠くからでも目立ちますからねぇ」
前のようにギラギラと光を反射するわけではなくなったものの、それでもシリウスの巨体は目立つ。
今はできる限り、アルフィニールとの距離を詰めたいのだ。シリウスを呼び出すのは、敵に発見されてからでもいいだろう。
「いつでもスクロールは使えるように準備しておけよ。それじゃ――カチコミだ」
セイランに合図を送り、疾走を開始する。
こちらに移動してきている間に、アルトリウスたちも既に戦闘を開始している。
アルフィニールは二つの巨大勢力を相手にし、戦力を分散させている状態だ。
果たして、少数とはいえそこを横から殴られた場合、どのような反応を示すのか。
まずは、それを確かめさせて貰うこととしよう。
「アルフィニールの本拠地に、ここまで近づいているのは初めてですね」
「流石の大公サマも、大勢力二つを同時に相手にすれば、多少は兵力も減るってことだろう」
無尽蔵に思えるアルフィニールの戦力だが、流石にあれだけの規模を運用すれば兵の数も減るらしい。
尤も、アルフィニールがどのような方法で悪魔を生み出しているのかは結局よく分からず、本当に兵力が枯渇しているのかどうかも不明なのだが。
それでも、ここまで妨害なく接近できたことは事実。この機会を逃すわけにはいかない。
「っ……クオン」
「ああ、気付かれたようだな」
ある程度は隠れながら進んできたと言っても、そのまま肉薄できるわけではない。
対策としてなのかは分からないが、アルフィニールが本拠地としている城塞は、かなり開けたフィールドとなっていた。
元々は木々があった痕跡も見受けられるため、数を活かして森を切り拓くなりしたのだろう。
悪魔らしからぬ動きであるが、その方が自分の戦力を活かしやすいと判断したのか。
(戦術が単純すぎて甘く見られていたが……それすらもポーズだったか?)
ここまで、最もプレイヤーとの接点が多かった大公がアルフィニールだ。
今まで奴は数を活かした戦闘しか行ってこなかったが、だからこそ細かい戦術を駆使するタイプであるとは考えられてこなかった。
単純に、必要がなかったからそれ以外の戦術を行わなかった、というだけであればまだいい。
もしも奴が、公爵であるデルシェーラを犠牲にしてでも、ここまで擬態に徹していたとするのであれば――
(――手の内を読めなければ、勝ち目はない)
正体が分からない、その一点がこれほどまでに恐ろしい。
あのアルトリウスが利点の少ない作戦を提案したのは、その背景があるからこそだ。
ならば多少無茶であったとしても、それに協力せねばなるまい。
故に――
「お前の腹の内……見せて貰うぞ、アルフィニール」
こちらの姿を察知し、悪魔たちが次々と姿を現す。
その姿は以前までの反応と似通っているが、出現する悪魔は最低でもアークデーモン以上。
五分の一はグレーターデーモンという、とんでもない布陣であった。
それが、以前とそう変わりのない数で出現するのだから、戦慄を禁じ得ない。
「派手に暴れてやれ、シリウス!」
従魔結晶を悪魔たちの方へと放り投げ、シリウスを解放する。
光の中から現れた巨大なドラゴンは、突然の戦場にも怯むことなく、地を揺らしながら悪魔たちへと向けて突撃した。
突如として現れたシリウスに、悪魔たちは迷うことなく攻撃を集中させ――けれど、シリウスはそれを正面から打ち破る。
魔法による攻撃には多少体力を減らされるが、それも十分ルミナがカバーできる範囲内だ。
そうして悪魔たちの群れに真っ向から突っ込んだシリウスは、その強靭な肉体を以て蹂躙を開始する。
「さあ、突っ込むぞ」
「本隊の方はあれだけ慎重に進んでるのに……!」
「敵に主導権を渡してちゃ、奇襲なんてできるわけがないだろう!」
勢いを止めれば、それで終わりだ。
ただ一方的に蹂躙する、その状況を維持し続ける。
そうでなければ、アルフィニールの手札を晒させることなど不可能だろう。
「ガアアアアアアアアアアアッ!!」
シリウスが《ブラストブレス》を放ち、悪魔たちをまとめて吹き飛ばす。
今のシリウスならば、至近距離のアークデーモンまでなら容易に屠ることが可能だ。
細切れにされ、塵となって消し飛んでいく悪魔たちを尻目に、俺たちもまた悪魔の群れへと飛び込んだ。
セイランの背から飛び降り、傷ついたグレーターデーモンを踏み潰しながら着地して――
斬法――剛の型、迅雷。
抜き放った餓狼丸の一閃が、近場にいた別の悪魔の首を斬り飛ばす。
すべきことは殲滅ではなく前進。たとえ包囲されてしまったとしても、奴らの急所に刃を近づける。
これまで隠していた腹の内を、掻っ捌いて白日の下に晒してやろう。