720:攪拌される戦場
今回の動き方は非常に単純で、それぞれの陣営の戦力を引き付けた状態で、もう片方の陣営まで突っ込むというものである。
まあ、何とも強引で力任せな方法なのだが、決して悪くは無いだろう。
きちんと統制ができていないプレイヤーと、そもそも統制するつもりがまるでないアルフィニールの悪魔。
これらの動きは単純で読みやすく、動きを制御するのも簡単だ。
必要以上には威圧もしなかったし、シリウスを引っ込めた現状、彼らも落ち着きを取り戻しつつある。
となれば、俺が撤退を選んだと思えば――
「《剣鬼羅刹》が逃げたぞ、追うんだ!」
「ドラゴンの回復ができてない、今なら数で押せばいける!」
この近辺の指揮官に当たっていたであろう月影シズク――彼が生き残っていれば、その動きを統制することができたかもしれない。
だが、生憎と彼は死に戻ってリスポーン中だ。
残念ながら、恐らくはリスポーンポイントを破壊されてどこかの石碑で復活したであろう現状、細かな指示など出せるはずもない。
その状況では、暴走するプレイヤーたちの動きを統制することなど不可能だ。
(さて、釣れたはいいが……どこまで釣り出すかね)
背後から飛んでくる魔法や射撃を回避しつつ、アルフィニールの悪魔の方へと移動していく。
シリウスは引っ込めたがセイランは出しっぱなしであるため、盛大に目立っていることに変わりはない。
俺に対する攻撃という、命令にもなっていない狂騒が伝播する中、正面を塞ごうとした敵だけを斬り捨てつつ移動する。
幸い、正面は先行したセイランが暴れてくれているおかげで、通るのに不便はあまりない。
それに、あまり急いで撤退すると追いかけてきている連中を振り切ってしまうため、ある程度ゆっくりでも構わないのだ。
「……見えてきたか」
この陣営の切れ目である戦闘地帯。
これが現代の戦闘であれば、その境目には大きな距離があっただろう。
しかし、ここはゲームだ。ある程度戦闘距離が縮まれば、後は近接戦闘系のプレイヤーの舞台となる。
つまり、戦闘距離はほぼゼロであり、敵味方が入り乱れた戦場となるのだ。
そのエリアへと向け、俺は刃を抜き放った。
「《オーバーレンジ》、『命餓一陣』!」
放つのは、《奪命剣》を付与した生命力の刃。
その一閃は悪魔たちと戦っていたプレイヤーに背後から襲い掛かり、その体を貫通して悪魔たちまでもを斬り裂いていく。
そうして生まれた空白地帯へセイランが飛び込み、巻き起こした嵐が周囲数メートルを巻き上げるように吹き飛ばした。
セイランによって押し広げられた空白地帯へと飛び込み、後方のプレイヤーを引き連れたままアルフィニールの悪魔たちの領域へ。
しかし列をなして俺を追ってくるプレイヤーたちであるが、このまま悪魔に包囲されるとなると流石に躊躇ってしまうだろう。
「シリウス、薙ぎ払え!」
「ガアアアアアアアアアアアッ!」
そこで、従魔結晶から再びシリウスを出現させる。
悪魔たちを薙ぎ倒しながら出現したシリウスは、その尾の刃へと強大な魔力を収束させた。
――《不毀の絶剣》。シリウスが持つ切り札たる、あらゆるものを斬断する魔剣の一閃。
その一閃によって、悪魔たちは空間ごと断ち斬られ、真っ二つになって地面に転がることとなった。
「そのまま前進だ。もう少し、奥まで案内してやろうじゃないか」
無数の攻撃がシリウスへと集中しているが、まるで意に介した様子はない。
適当に腕を振るい、接近してきた悪魔たちを軽く薙ぎ払いながら、シリウスは地響きを立てつつ悪魔の陣営の奥へと向けて歩き出した。
前々から生きる重戦車のような存在だとは思っていたが、ここまで来ると最早兵器に例えることすらできなくなりそうだ。
セイランはこちらを包囲しようとする悪魔たちの動きを牽制しているが、その仕事もそろそろ必要なくなってくることだろう。
俺を追っていたプレイヤーたちを先頭に、彼らはアルフィニールの陣地に大きく食い込んできている。
既に十分かもしれないが、アルフィニール側を焚きつけるにはもう少し食い込んだ方がいいだろうか。
「グルル……ッ!」
そんなことを考えていた俺の耳に、シリウスの唸り声が届く。
見れば、シリウスはアルフィニールの陣地の奥を睨み、警戒した様子で魔力を昂らせていた。
どうやら、警戒しなければならないような何かが、その先にいるらしい。
正直、アルフィニールの悪魔は数が多くてもシリウスの敵にはならないと考えていたのだが――
「一体何が――っ!」
視線を追っても、悪魔の群れがあるばかり。
シリウスの高い位置にある視界でなければ確認できないものか。そう思っていたのだが、どうやら俺の目が節穴であったらしい。
前列にいる悪魔を押しのけるようにしながら、殺到しようとしている――そのような光景に見えていた。
だが、違う。あれは――
「融合、している……!?」
もつれ合い、絡み合うようにしながら向かってきていた悪魔たち。
それらは、物理的に融合しながら、一つの塊となりつつこちらへと突進してきていたのだ。
それは、異形という言葉すら生温いような化け物。
理解の追い付かぬ、怪物という言葉こそが正確な表現としか言えない存在であった。
「シリウス!」
「ガアアアアアアアアアアアッ!!」
理解はできないが、敵であることに変わりはない。
俺の号令に従い、シリウスは強力なブレスを解き放った。
拡散されるとはいえ、かなりの威力を誇るブレスだ。その勢いに押され、巨大な塊となった悪魔は後方へ通し飛ばされる。
だが、どうやら今の一撃だけでは仕留め切れなかったらしい。
「ちッ、追撃しろ、その後で離脱だ」
ここで足を止めているとプレイヤーに追いつかれる。
流石に、ここで本格的な戦闘をするわけにもいかないし、アルフィニールの手札を切らせたなら撤退もちょうどいいタイミングだ。
セイランを呼び寄せつつ、シリウスへと指示を送り、再び《不毀の絶剣》をチャージさせる。
あの化け物を後方のプレイヤーにぶつけては、彼らがあっさりと退場してしまいかねない。
もう少し、彼らにはここで粘って貰わなければならないのだ。
「――叩き斬れッ!」
「グルルルルルルッ!!」
再び、シリウスの尾が振り抜かれる。
空間がズレ、強大なドラゴンの魔力が伝播し、その景色ごと融合体の悪魔を真っ二つに切断する。
緑色の血を吹き上げなら二つに割れた悪魔の塊は、どうやらそれでHPは尽きたのか、塵と化している様子である。
流石に、シリウスの切り札の両方を受けてまで耐えられるほどの耐久力は無かったようだ。
「あれは……いや、考察は後だ。撤退するぞ!」
セイランに跨り、空中へと駆け上がる。
俺たちの足元を魔法や矢が貫いて行ったが、それらはシリウスの体に命中して弾かれるだけだった。
俺たちが飛んだことを察知し、シリウスもまた翼を羽ばたかせて空へと舞い上がる。
あの重さで飛べるのはいつ見ても不可思議だが――とりあえず、今はこの場から撤退することとしよう。
大きく高度を上げて戦場から離脱し、俺は軍曹へと連絡を入れた。
「こちらは離脱した。もう片方の様子はどうだ?」
『向こうはもう終えてるぞ。あっちの方が、動きは単純だったからな』
「アルフィニールの悪魔は釣り易そうだからな……」
あいつらは少し突けば大量に向かってくるし、誘導は楽だっただろう。
まあ、その後は少し手間取ったことだろうが、ともあれこれで作戦は完了した。
「ところで軍曹、今のは見えてたよな」
『ああ、勿論な。あの能力は流石に初めて見たが』
「やはりそうか……しかし、あれはアルフィニールの悪魔だけの能力なのか? だとしたら……そもそもの産まれ方が違うのか?」
『さてなぁ。分からんが、奴らの能力の一つが見れたと思っておけばいいだろ。一ヶ所に固まっている悪魔には要注意ってな』
確かに、現状ではその答えを探ることはできない。
しかしアルフィニールと戦う以上は、その能力と対面することは避けられないだろう。
情報は共有し、注意しておかなければ。
『ともあれ、戦場はいい感じに掻き回されたようだな。しばらく様子見をしたら帰還するぞ』
「了解……姿を隠して、ポイントαに帰還する」
さて、目論見通りに本格的な戦闘状態へと移行したかどうか。
しばらくの間、様子を見ておくこととしよう。