719:強襲
悪魔と人間、多数が入り乱れ、もつれ合うような戦場。
いくつもの魔法が炸裂し、その爆発を背にしながら突撃する者達。
その光景は、かつての凄惨な戦争を想起させるものでもあった。
尤も、あちらはこのような戦闘形態ではなかったが――どちらにせよ、あまり気分のいい物ではない。
「しかし、悪魔同士の戦いとはな……こんな光景を見る機会が来るとは思わなかった」
「クェ?」
「ああ、別にだからどうだって話じゃないがな。それに、俺の仕事があるのはドラグハルト側の陣営の方だ」
軍曹が指定した二つのポイント、その片方はドラグハルト陣営が布陣している場所で、もう片方はアルフィニール側だ。
両陣営で混乱を起こし、誘導する。それによって戦場を掻き回し、本格的な戦闘状態に陥らせることが目的だろう。
どのように動けばそんな結果にできるかは、正直よく分からないのだが――その辺りは軍曹のチェックに期待しよう。
「さあ、行くぞセイラン。存分に暴れればそれでいい」
「ケェエッ!」
威勢良く鳴き声を上げたセイランが、地上へと向けて降下の体勢を取る。
それと共に、俺はシリウスの従魔結晶を地上へと向けて放り投げた。
結晶は眩く輝き――その光の内側より、巨大なドラゴンの姿を出現させる。
目立つためここまで隠していたのだが、ここに至れば正体を隠す必要もない。
精々、派手に引っ掻き回してやることとしよう。
「ガアアアアアアアアアアアッ!」
姿を現したシリウスは、開口一番に大きく息を吸い、地上へと向けて《ブラストブレス》を解き放つ。
広範囲に拡散する衝撃波のブレスは、まるで風に舞いあげられる木の葉のように、地上の悪魔やプレイヤーたちを薙ぎ払った。
そうして空いたスペースへ、シリウスは衝撃に地面を踏み砕きながら着地し、その傍へと俺とセイランも着陸した。
「な、何が……!?」
「ひっ、《剣鬼羅刹》!?」
こちらの姿を認め、プレイヤーたちからは次々に声が上がる。
今はまだ、状況の変化に驚愕している様子ばかりではあるが、そのうちにこちらへの対処を始めることだろう。
素人の集まり、烏合の衆とは言えど、数の力は侮れるものではない。
故に――
「――貪り喰らえ、『餓狼丸』」
手加減はせず、戦争というものを教えてやろう。
餓狼丸は解放と共に唸りを上げ、周囲へ黒い靄を拡散させる。
とにかく数が多い現状、相手にイニシアチブを握らせないことが重要だ。
餓狼丸が靄を展開したのとほぼ同時、遠方では爆発音が響く。方角的に、どうやらアンヘル達が仕事を終わらせたようだ。
即ち――ここから先、プレイヤーたちは殆どリスポーンでの戦線復帰はできないということになる。
「シリウス、遠慮はするな。存分に暴れろ」
「グルァアアアッ!」
俺の言葉に威勢よく咆哮を、《バインドハウル》を放ったシリウスは、そのままプレイヤーの群れへと突っ込んでいく。
《龍王気》によって周囲にダメージを蓄積させつつ、壊れることのない体で暴れ回るその姿は、生きる災害そのものだ。
あらゆる反撃を無視して暴れるシリウスに、彼らは悲鳴を上げつつも魔法を放っているのだが、鱗は傷つくことはなく、そもそもの魔法耐性もかなり高いため無視できる範囲だ。
そんな連中へと向けて、俺は餓狼丸の刃を振り抜いた。
「《オーバーレンジ》、『命餓一陣』!」
放つのは、《奪命剣》の力を付与した【命輝一陣】。
そこに組み合わせているのは、《ワイドレンジ》の進化したスキルである《オーバーレンジ》だ。
このスキルは単純に《ワイドレンジ》の射程が伸びる程度のものであるが、使い勝手の良さは変わっていない。
黒を纏って飛翔した黄金の刃は、近場にいたプレイヤーの一人を斬り裂き――その都度に肥大化、威力を増しながら射程の限界まで飛翔していく。
まあ、上手いこと防げるプレイヤーがいれば途中で止まるだろうが、さてシリウスに視線を向けている状態でそれができるかどうか。
「セイラン、お前も自由にやっていいが、被弾には気を付けろよ。今はルミナがいないからな」
「クェエッ!」
俺一人ならどうとでもなるが、セイランとシリウスの補給には難がある状態だ。
大きなダメージを受けることは避けなければならないだろう。
俺の言葉を受けて頷いたセイランは、《亡霊召喚》で多数の《デコイ》を発生させながら空へと舞い上がる。
同時に吹き荒れ始める嵐は、雷を降り注がせ、次々にプレイヤーたちを貫いて行った。
「さて……恨みはないが、戦争なんでな。前にも言った通り、戦場で出会ったならば容赦はしない」
歩法――烈震。
告げて、地を蹴り、最も近い場所にいた敵へと接近する。
急激に加速したこちらの姿を捉え切れていなかったそのプレイヤーへ、俺は大きく翻した一閃を叩き込んだ。
防御の姿勢すら取れていないプレイヤーなど、無傷であっても物の数ではない。
首を飛ばして倒れるプレイヤーを尻目に、俺は次なる標的へと接近した。
「まっ――」
「選択の結末は、自分で受け止めることだ」
斬法――剛の型、白輝。
振り下ろした刃が、青年の身を肩口から斬り裂く。
瞬く間にHPを散らして倒れる敵を尻目に、俺は次なる標的へと視線を向けた。
流石に、悪魔を斬った時のような高揚感は無い。奴らに与しているとはいえ、彼らはただ何も知らないだけの人間だ。
その無知に対して傲慢な思いを抱くわけではない。ただ、立ち位置の違いにしかならないのだから。
故に、殺意ではなく慈悲を以て殺す。それが、敵として立った者としての礼儀だ。
「《オーバーレンジ》、『煌餓閃』」
斬法――剛の型、輪旋。
餓狼丸を大きく翻し、俺への攻撃を躊躇っていたプレイヤーたちを、胴からまとめて両断する。
攻撃してこないのであれば案山子でしかない。想定外の事象に対し、動きを止めることしかできない烏合の衆だ。
アルトリウスであれば、即座に反撃の手を打ってきたことだろう。
あそこまでを求めるのは酷であるが、せめて足を止めない程度には動いて貰いたいものだ。
「――《剣鬼羅刹》、クオン!」
――唐突に、名を呼ばれる。
それは、動きを躊躇っているプレイヤーたちをかき分けるようにして現れた、一人のプレイヤーのものであった。
確か、月影シズクとかいう、ドラグハルト陣営に付いたプレイヤーのまとめ役である人物。
結局詳細までは聞いていなかったのだが、要は大将首が自分からここまで来てくれたということらしい。
「何故ここにいるのかは知らないが、これ以上お前の好き勝手には――」
「――『生奪』」
歩法――縮地。
スライドするように距離を詰め、横薙ぎの一閃を放つ。
問答をする暇があったら攻撃に移るべきだ。どうせ、既に交渉の余地などない状態なのだから。
黒を纏う黄金の一閃、それはシズクの首へと向かい――その一撃を、盾で防いで見せた。
「ぐ、ぅ! 今だ!」
「――!」
軽く驚きつつ、こちらへと飛来する攻撃を確認する。
一つはシズクが右手に握っているメイス、そしてその後方から飛来しているのは矢による攻撃だ。
魔法は無い――それは《蒐魂剣》への対策なのか、はたまた準備ができていなかったのか。
どちらにせよ、攻撃の選択としては間違いではなかった。
(アルトリウスの劣化版という評価だったが――成程、悪くはない)
耐久力重視で、相手の攻撃に耐えながら反撃するスタイル。
その上で、味方を鼓舞して攻撃を促す。確かに、悪くはない戦い方だ。
アルトリウスのように大隊を率いることはできないだろうが、小規模な軍の運用は可能だろう。
尤も――
「同情はするが――」
「ぇ――?」
力を抜き、一歩前へと踏み出す。
シズクの持つ盾に密着するように接近、当然ながらシズクの放ったメイスの一撃はこちらに命中し――展開していた【ファントムアーマー】が砕け散った。
その代わり、盾の陰に隠れたことで矢は外れ、シズクの視線もこちらの姿を一部捉えられなくなっている。
打法――破山。
その状態で、俺は全身の力を使った衝撃を彼の盾へと叩き込んだ。
地を揺らすその衝撃にその腕は折れて跳ね上がる。
「ッ!?」
「――見通しが甘い、『命餓練斬』」
斬法――剛の型、白輝・逆巻。
眩い黄金を黒で覆い、放つのは破山の踏み込みをも利用した逆袈裟の一閃。
速太刀の刃はその軌跡のみを中空に残し――未熟な若人の体を斜めに両断した。
目を見開いて崩れ落ちる青年には色々な意味での同情を覚えつつ、俺は視線を矢の攻撃の方向へと向ける。
だが、俺が手を出すよりも早く、そちらはセイランによって蹂躙されているところだったようだ。
と――
『シェラート、そろそろ移動だ。そいつらを引き付けつつ、アルフィニールの軍勢の方に向かえ』
「……了解」
ちょいと大将首を狙うには早かったか。
しかし、放置していれば厄介なことになっていただろうし、素早く仕留めるのは悪い判断ではなかったはず。
そう考えつつ、俺はシリウスをいったん引っ込めてから踵を返したのだった。