718:暗殺者の舞台
僅かに、森の中が慌ただしさを増し始める。
この場所を確保していたプレイヤーたちが、襲撃を受けたことを察知したのだろう。
しかし、今のところこちらの正体は割れていない。彼らは、何から攻撃を受けたのか理解できていない状況だ。
俺は妙に顔が売れているし、発見されれば一目で正体を知られてしまうことになる。
敵の動きについては、細心の注意を払う必要があるだろう。
『顔ぐらい隠せばよかったんじゃないかしらぁ?』
「どうせスキルを使えば名前も表示されるんだ、見つからずに殺した方が早いだろ」
ファムの軽口には小声で返しつつ、森の中を静かに進む。
エレノアから購入した靴のお陰で、足裏での足音が立ち辛いのは僥倖と言えるだろう。
それでも、やはり森の中で音を一切立てずに移動するのは難しいのだが。
と――
『一人撃破よ』
敵が周囲探索に動き始めたところで、早速アリスが行動を開始したようだ。
完全に透明化し、音を立てずに忍び寄る彼女は、並大抵のことでは発見することはできない。
スキルを併用しているアリスは、うちの師範代たちですらその動きを察知することは難しいだろう。
気配に慣れている緋真でようやく、といったところか。
ともあれ――そんな彼女の姿を、素人が捉え切れるものではない。
『もう一人、どんどん行くわね』
『……流石、お前が信頼するだけはあるな、ソウ』
プロ中のプロであるランドにすら称賛されるのだから大したものだ。
その声援を受けてかどうかは知らないが、アリスはさらに次の標的へとその牙を突き立てる。
僅か一分程度の間に三人もの仲間を殺され、敵は混乱状態に陥っているようだ。
まだ姿は捕捉していないが、焦った様子で騒ぎ立てる声が聞こえてくる。
(俺とランドが二人ずつ、そしてアリスが三人――計七人。残りは五人か)
敵のパーティは既に半壊している。この短い時間の間になされたと思うと、相手にとっては悪夢以外の何物でもないだろう。
だが生憎と、手心を加えてやるようなことはない。それもまた自分の選択の結果と諦めて貰うしかないだろう。
さて、それはそれとして、連中のことはさっさと片付けておかなければ。
時間をかけるほどこちらの正体を察知されるリスクが高まる。彼らが混乱している今こそが、絶好の好機なのだ。
(襲撃を受けたとは自覚しているが、何処から攻撃を受けているか把握できていないか。ここでばらけたら各個撃破になるだけだが――)
流石に、訓練を受けた兵士でもない連中に、そこまでを求めるのは酷なものだろう。
そして、そうであるからこそこちらにとっては都合が良い。
当てもなく敵を探し、集団から逸れる者が出てくるのだから。
歩法――至寂。
極限まで衝撃と音を吸収しながら、森の中を一気に駆ける。
他の仲間たちから離れ、襲撃者の正体を探ろうと索敵している一人のプレイヤー。
「――『生奪』」
《練命剣》の黄金の光は《奪命剣》の黒で隠しつつ、その首を一閃。
視線はこちらの姿を捉えることもなく、次いで放った左の刃が確実にとどめを刺す。
これで八人目。これほどのチャンスがあるならば、ランドもそれを逃すようなことはないだろう。
「もう一人、八人目」
『早かったな。こっちで九人目だ』
『十人目を片付けて、十一人目も捕捉済みよ』
であれば、残りは一人。
気配の位置は分かっているため、後はやるべきことは単純だ。
こちらの襲撃そのものは気づかれているわけだし、そこまで必死に位置を隠す必要もない。
要は、こちらの姿を捕捉されずに殺せばいいだけなのだから。
「――本当に、便利なスキルだよ」
跳躍し、《空歩》を利用して空中を蹴る。
更に木々を足場として駆け抜けながら、俺は最後に残った一人の頭上へと到達した。
当然ながら、相手はこちらの姿を捕捉できてはいない。
ここで一人残った時点で何もできはしなかっただろうが――残念ながら、見逃す理由はないのだ。
斬法――柔の型、襲牙。
頭上から飛び降りた俺は、その肩口へと刃を突き刺し、心臓を破壊する。
最後に残ったプレイヤーであった彼は、そのHPが尽きた瞬間にアバターが消滅していた。
しかし、油断はせずに周囲を確認、俺たち以外の気配が存在しないことを確かめる。
どうやら、作戦の第二段階は完了のようだ。
「よし……軍曹、クリアだ」
『いい仕事だ。ファム、こっちも動かせ』
『了解だけど、展開してもすぐに仕事が終わりそうよねぇ』
『いいからやっとけ、仕事はあるんだ』
さて、ファムが軍曹の指示で狙撃部隊のメンバーを動かし始めたので、しばらくは待ちだ。
だが、先程相談した内容からして、ここからはあの軍勢に手を出す展開となるだろう。
それと並行して、プレイヤーのリスポーン拠点を破壊する――それはまた、派手な作戦になりそうだ。
「で、軍曹。ここからだと全体は見えないんだが、戦争はどんな具合だ?」
『さっきよりは混戦の規模が広がってるぞ。とはいえ、互いに出してる戦力はそれほど変化はないみたいだがな』
「……やはり、こちらのプレイヤー陣営の動きを警戒しているのかもしれないな」
標的を片付けたことで隠れる必要もなくなり、ランドも姿を現してこちらへとやってきた。
アリスはまだ姿を見せていないが、どうやら木の上で待機しているようだ。
「ドラグハルトの狙いは、こちらが時間に追われて手を出さざるを得なくなることか?」
「それによってアルフィニールの軍勢をより多く、俺たちの側に割り振らせる……といったところか。一般的なプレイヤーの心理を利用しようとしてる辺り、本当に厄介な敵だ」
『キャメロット』だけであればまだしも、他のプレイヤーにとっては、イベントに参加できていない現状には焦りが生じてしまうだろう。
ドラグハルトがそれを理解した上で利用しているのだとすれば、それはかなり厄介だと言える。
あちら側に付いたプレイヤーから手に入れた情報なのかもしれないが、力があるくせにそのような手段まで用いてくるとは。
「有利な立場であるが、油断はせず、しかも打てる手は打ってくる。敵としては一番厄介なタイプだな」
「その上で個としての戦闘能力も高いか……現状じゃ、どう攻略したものかも見えてこないな」
「お前が考えるのはいつもそこだな。まあ、それが専門ってところでもあるが」
ランドの言葉には軽く肩を竦めて返し、俺は一つの生き物のように動く戦場を眺める。
さて、どのように戦うべきか。あまり時間をかけている余裕はない。アルトリウスがすぐにでも動き出せるようにしなくてはならないのだから。
『……よし。ランド、アンヘルと合流しろ。お前たちはリスポーン地点の破壊が任務だ』
「位置情報はファムの持ってきた通りか。了解……アンヘル、合流地点をマークするから、そっちに向かってくれ」
『了解です、ランド』
当初の目的であったリスポーン地点の破壊はアンヘルとランドの二人。
戦力としては十分だろうし、強力な悪魔の横槍があったとしても最悪撤退は可能だろう。
それに――二人だけをそちらに割り振るということは、こちらには別の仕事があるということだ。
『さてシェラート、そしてお嬢ちゃんたち。お前さんたちにも仕事だ』
その言葉と同時にメールで送られてきたのは、この周辺を示すマップであった。
そこには二つのピンが打たれており、それぞれに番号が割り振られている。
『シェラート、それにグリフォンとドラゴンの二匹。お前たちは一番の方で暴れてこい。お嬢ちゃんたちとワルキューレは二番だ』
「ここで暴れるのが効果的ってことか」
『まあな。その後の動きについては各々の判断に任せるが、制御が必要そうになったら連絡するぜ』
「ああ、構わない。了解した――アリス、緋真との合流はできるか?」
「……分かったわ」
ランド、アリスがこの場を離れ、そして俺はセイランたちの従魔結晶を取り出す。
いい具合に戦場を搔き乱せる位置がそこってことだろうが、さて実際はどうなることか。
ともあれ、俺たちが暴れることで視線を逸らし、その間にランドたちがリスポーン地点を破壊する――そして、ドラグハルト達が本格的に戦わざるを得ないような状況を作り出す。
これが、今回の追加目標ということだ。
「さて……この感覚も久しぶりだが、派手に暴れさせて貰うとしようか」
小さく笑みを浮かべ――俺は、従魔結晶を解き放ったのだった。