717:様子見とポイントβ
『――ポイントβに到着したわ。危惧していた通りの状態ね』
捕捉はされないであろう離れた位置からアリスの報告を受け取り、俺は小さく溜め息を零した。
想定していた状況の一つではあるのだが、ポイントβに展開されていたのはドラグハルト陣営のプレイヤーだったのだ。
超遠距離射撃が無ければ活かすことができないポイントαとは異なり、奇襲作戦に向いた位置であったからだろうか。
理由は定かではないが、とにかく俺たちにとっては面倒な状況ということだ。
「騒がれんように片付けることはできるだろうが、プレイヤーの口は完全には塞げんからなぁ」
「リスポーンしますし、情報も共有されますしね」
殺しても口を塞ぐことができないという点は、これまで俺たちも散々利用してきた性質だ。
これが敵に回るとここまで厄介だとは――いや、分かっていたことではあるのだが、どう対処したものかは悩みどころだ。
「ったく……軍曹、戦況は?」
『多少進んではきてるな。アルフィニール側の戦い方がアレなんで、前線はどうしても混戦になる。高い殲滅能力がなけりゃ、そうなるのも仕方がないがな』
アルフィニールと戦う場合、広範囲の殲滅能力が何よりも重要になる。
奴らはとにかく数で押す戦法を取ってくるのだ。その数を潰すことができなければ、前線が混戦状態になってしまうことは避けられない。
ドラグハルトならば、その程度の情報は集めていたとは思うのだが――果たして、奴は何を考えてこの戦況を作り上げているのやら。
奴には配下に他の公爵級悪魔も存在しているし、恐らくは他にも侯爵級や伯爵級も配下としているだろう。
それらの力を使えば、アルフィニールの雑兵程度なら容易に片付けられるとは思うのだが。
「連中も今は前哨戦ってことかね。その状況なら、こっちはともかくアルトリウスの方は時間的余裕がありそうだが」
『時間的な面はそうだけど、戦力的な面ではそうでもないわねぇ。結局、ドラグハルトもアルフィニールも本気になっていない状況ってことだし』
ファムの声に思わず舌打ちを零しかけるも、事実は事実であるため頷くしかない。
こちらとしては、ドラグハルトがさっさと本格的な攻撃を開始してくれる方が望ましいのだ。
そうすれば、アルトリウスも本格的に攻撃を開始することができる。
「……」
そのために、必要となる要素が何であるかを考える。
要するに、ドラグハルトとアルフィニールが本気で事を構えた状態になればいいのだ。
その条件を達成するためには何が必要となるか――
「……戦場を混乱させれば行けるか?」
『ねぇ軍曹、シェラートがまた変なことを言い出しましたよ?』
『すっかりマスターに似ちまったなぁ、シェラート。ハハハッ、今度は何をやらかす気だぁ?』
「おい、人聞きの悪い発言は止めろ」
誰があのクソジジイに似てきただ。
確かに軍時代は、ジジイのその場の思い付きで行動することは多々あり、当然俺もそれに付き合わされてはいたが。
結果的にはいつも状況を好転させていたため認められてはいたのだが、軍人の行動としてはあり得ないものだっただろう。
まあ、扱いとしては俺もジジイも雇われで、正式な所属というわけではなかったのだが。
「このままドラグハルトが様子見ばかりしていると、アルトリウスも動くに動けないだろ。だったら、無理やり奴らを攪拌しちまえばいいと思っただけだよ」
『だけって言えるような話じゃねえなぁ! だがその通りではある。ファム、ランド、どう思う?』
『そうねぇ……可能か不可能かで言えば可能だわぁ。けど、あの戦場に無理矢理突っ込んでいく形になるわよぉ?』
『……同意見だが、難易度も危険度も共に高すぎる。この後の作戦的に、ソウのパーティメンバーは脱落できないんだ、リスクが高すぎると思うぞ』
『オーケー、つまりはいつも通りってわけだ!』
『はぁ……そう言うと思ったよ』
深々と、溜め息を吐き出すランドの声。
どうやら、軍曹の側でも話はまとまったようだ。
『勝手に走り出して合わせなきゃならんマスターよりはいくらか楽だな。お前さんの提案に乗ってやるぜ、シェラート』
「別に提案って程じゃないんだがな。正直、俺もシリウスを暴れさせる程度の考えでしかなかったし」
『それはそれで一つの手だがな、まあ具体的なところはこっちで考えるさ。それよりも――』
「そうと決まったならβを確保、だろう?」
『ああ、頼んだぞ』
ポイントβは、隠れながら戦場に近付くのに都合が良い。
ここを確保した上で、戦場へと突撃するということだ。
さて、ここの確保に必要となるのは隠密技能と、素早くプレイヤーを片付ける攻撃力。
派手な魔法を使うこともできないため、物理的な攻撃能力に優れている必要がある。
要するに――
「アリスと俺、それとランドってところか」
『そう言うだろうと思って、俺も向ってる。お前が配置に着く頃にはこっちも到着してるよ』
『頑張ってくださいね、ランド』
さて、嫁さんからの声援は、果たしてランドの背をどの程度押してくれているのやら。
しかし、彼の腕は間違いなく一流だ。専門ではないとしても、この程度の仕事を仕損じることはない。
それは、かつての経験で十分に理解していることだ。
「さてと……アリス、そっちの準備は大丈夫か?」
『ええ、問題はないわ。やろうと思えば私一人でも十分だけど』
「作戦行動だからな、保険をかけておいて損はないさ。それで、敵の数は?」
『十二人ね。パーティ二つってことでしょう』
普通に考えて、一人で十二人を殺し切るのは中々に困難だ。
しかもアリスの場合、一切相手に捕捉されずに行うと言っているのだから、大したものである。
下手をするとこちらが足を引っ張ってしまいかねないし、注意して行動することとしよう。
『ソウ、こっちは位置に付いた』
『私はいつでも大丈夫よ』
「了解、こっちも準備は完了してる」
周囲の気配へと意識を集中させながら、二振りの小太刀を抜き放つ。
十二人の敵を相手にしながら、ただ一人として姿を捕捉されないように立ち回り、全てを殺し尽くす。
正直なところ、プレイヤーが相手では俺でも難しい戦いだ。
メインの仕事はアリスに任せる他ないだろう。
「アリス、一番数が多いところは任せる。俺とランドは、端から片付けていくようにする」
『ええ、その方がいいでしょうね。そっちが動き始めてから、こちらも行動を開始するわ』
俺たちの行動で敵が襲撃を察知すれば、行動に変化が生じる。
アリスはそこを狙って攻撃するつもりだろう。
逆にアリスから動くと、散っているプレイヤーたちが集まってきかねない。
まずは、周囲から襲撃して敵陣を混乱させ、そこにアリスを投入するのが最も効果的だろう。
「行動開始、行くとしようか」
『了解』
『分かったわ』
通信越しにそう告げて、森の中へと足を踏み入れる。
外套や装備を解除し、揺れ動くものや木々への擦れを極力減らし、気配の動く方向へと向かった。
標的は、森での待機に暇を持て余したか、少し周囲を散歩している様子のプレイヤー。
作戦行動中と考えると論外なのだが、素人なので致し方のない話だろう。
そんなプレイヤーがこちらの姿に気付かず背を向け――
歩法――縮地。
瞬時に接近した俺は、その首へと向けて二振りの刃を振るった。
一瞬の金属音、それと共に振り抜いた二刀は、相手の首を挟み込むようにしながら斬り裂く。
斬法――柔の型、断差。
声を上げる間もなく、倒れ伏す一人のプレイヤー。
だが、これだけでは死亡状態、まだパーティからの蘇生を受け付けられるタイミングだ。
そう長いものでもないのだが、このまま放置していても面倒。ということで、背中から心臓を貫いてとどめを刺す。
これで、一人は完了だ。
「一つ」
『こちらも一つだ。次へ』
ランドの方も一人片付けたらしい。
流石に、こういった仕事はお手の物のようだ。
感心はするが、ゆっくりもしていられない。そのうち、リスポーンしたプレイヤーから連絡が入り、他の連中も攻撃を受けていることを察知するだろう。
それまでに、もう一人か二人ぐらいは片付けておかなければ。
(次の気配は――こっちか)
森の中というのは、どうしても音を立てずに移動するのが難しい。
スキルによる補助を受けているアリスならともかく、俺やランドはそういうわけにもいかないのだ。
その場合どうするかと言えば、相手の歩行とこちらの歩行、その一歩のタイミングを合わせるという方法を取る。
音を発するタイミングが一致している場合、出所が違っていても案外違和感を覚えないものなのだ。
その技法で相手の背後に忍び寄った俺は、口を押さえながら顎を上げさせ、即座に首を掻き斬った。
次いで、肋骨の下から心臓にかけて刃を突き刺し、確実にとどめを刺す。
「――もう一つ」
『こちらも完了』
『……連絡が行ったみたいね、他のプレイヤーも動き出したわ』
思ったよりも早く情報が伝達されたようで、残ったプレイヤーが動き始めてしまったようだ。
面倒だが、ここからはより注意して動く必要があるだろう。
尤も、それならそれでやりようはあるのだが。
「ここからはお前さんが主役だ、頼んだぞ、アリス」
『ええ、勿論……こういう狩りは、久しぶりだわ』
俺の知る限り、最も高い技量を持つ暗殺者。
アリスは、躊躇うことなく行動を開始したのだった。