715:三つ巴
すみません、体調を崩して投稿ができていませんでした。
『――ワールドクエスト、『融解せし愛の檻』のクエスト領域に入りました。自動的にクエストに参加となります』
アルトリウスから作戦の概要だけを聞き、俺たちは個別に出発することとなった。
今回のワールドクエストは、単純に言えばアルフィニールを討ち取った時点で終了となる。
一応期間は設けられており、その期間内に倒し切れなければクエストは失敗だ。
前回のワールドクエストと比べると開催期間は短いが、それはいきなり決戦フェーズに入っているからという点もあるだろう。
正直なところ、ここまでまともにぶつかっていないというのに決戦フェーズというのも困りものだ。
だが、始まってしまったからにはやるしかない。今回は、開催期間以上の問題も存在しているのだから。
「いやぁ……何か、いつにもまして無茶ぶりな作戦ですね」
「そうか? いや、それは事実か」
今回のクエストは、軍勢での戦いになる。
必然、アルトリウスは大勢のプレイヤーを率いて行動する必要があるのだが、正直なところ俺たちのパーティはそういった運用にはあまり適していない。
突出して暴れ回る、という戦い方もできないわけではないのだが、今回の場合はあまり適さないだろう。
何しろ、普通に戦うのはアルフィニールの悪魔であるからだ。奴らは数は多いものの、個体としての性能はそこまで高くはない。
そういった数を相手とする戦いは、むしろアルトリウスの方が得意としている戦闘だ。俺たちがいれば楽にはなるかもしれないが、俺たちでなければならないような作戦にはならないのである。
「かなり無茶な作戦だと思うけど、その割にはいつも通りの雰囲気よね?」
「まあ、軍時代はそういう作戦ばかりだったからな」
俺たち――というか軍曹の部隊は、基本的にゲリラ戦ばかりを行っていた。
何故かと言えば、俺とジジイを最も効率的に運用できる戦い方がそれだったからである。
というか、遠距離戦になっては俺たちにできることは何もない。
いや、ジジイの場合は銃器もそれなりに扱えたため何とかなったが、俺の方は銃はからっきしだったからな。
「潜入、強襲、制圧。大体そういうもんだったさ。遠くからチマチマと戦うよりはそっちの方が手っ取り早いだろ?」
「軍の作戦ってそういうものなんですかね……?」
正直に言うと、基本的にはそんな作戦に頼らない方が良い。
言うまでもなく遠距離から戦った方が安全であるし、有利に事を進めることが可能だ。
だが生憎と、まとめて吹き飛ばすようなことができない戦場は往々にして存在するものだ。
そういった戦いにおいて、軍曹の部隊はよく投入されることになっていたのである。
「ともあれ、今回もそういう戦いってわけだ。俺たちにとっては、そっちの方が戦いやすいだろう」
「そりゃ、多少はそうですけど。でもどうやって戦うんですか?」
「流石に、正面から襲い掛かるなんてことはないでしょう?」
「そりゃ流石にな」
軍勢に対して、正面から少数で襲い掛かるなど愚の骨頂だ。
いや、できないわけではないが、やるメリットが存在しない。
こちらとて、流石に数に押し潰されるのは勘弁してほしいところなのだから。
「ま、詳しいことは専門家に聞けばいいのさ。そのために、わざわざこんな作戦を提案してきたんだろうからな」
計画していた合流地点に到達し、セイランの背から降りる。
そこに待っていたのは三人の人影だった。
「おいおい、ここまで来てこのメンバーしか呼んでこなかったのか?」
「いやいや、他にも何人かは連れてきてるぜ? 現場メンバーはここにいる連中だけだけどな」
その三人の先頭に立つ男――軍曹の言葉に、思わず嘆息を零す。
あの部隊の隊長だったこのおっさんは、間違いなくゲリラ戦のエキスパートだ。
それこそ、このゲーム内においては、この男以上の実力者はいないだろうと断言できてしまうほどに。
そして彼の言う通り、生半可な実力者では入れるだけ無駄であるということも、また事実であった。
「狙撃部隊は別に展開してる。そっちはそっちで仕事をさせるさ」
「アンタはそっちじゃないのか?」
「別にそっちでも良かったけどなぁ。お嬢ちゃんたちがいるなら、流石に現地で口出しした方がいいだろ?」
軍曹の言葉を受け、ちらりと緋真たちの姿を見つめる。
個々の戦闘能力は間違いなく高いのだが、残念ながら軍曹の言う通り、こいつらは軍としての訓練を受けたわけではない。
現場指揮官なしで通信のみの作戦行動となると、流石にもたつきが出てしまう可能性はあるだろう。
「……了解だ。ところで、ブロンディーの奴は来てないのか?」
「レベルが足りないのと、今はお前がイラついてるだろうからってな」
「あの女なら、狙撃部隊の方で支援をしていますよ。殴れなくて残念ですけどね」
半眼と共にそう告げるのは、ティエルクレスの隕鉄剣を肩に担いだアンヘルだ。
半ば予想はしていた展開であるためあえて言うことはないのだが、あの女には後で何かしらの報復をしておきたいところである。
物理的な攻撃をすると逆に色々と面倒なことになるため、反撃するにも考える必要があるのだが、適当なことを考えてもあっさり看破されてしまうのが困り所だ。
――まあいい、今はそれを気にしている場合でもないのだから。
「で、どう動く?」
「現在、ドラグハルト陣営は既に戦端を開いている。奴の率いる悪魔と、向こう側に付いたプレイヤーの陣営だな」
「対するアルフィニール側は、普段通りの悪魔の群れだ。とはいえ、数が尽きる気配は無いがな」
そこまでは、一応アルトリウスに聞いていた話だ。
流石に詳細な戦況までは聞いていなかったが、おおよそ想像通りといったところか。
「俺たちの仕事は、ドラグハルト陣営の妨害ってわけだ」
「具体的には?」
「あいつらの作戦要所を潰す。可能であれば狙撃と暗殺、隠れきれなくなったらゲリラ戦だ」
「……要するにいつものか」
相手の陣営の作戦展開状況は、既にブロンディーが情報を引っこ抜いている状態だ。
その情報を元にアルトリウスと軍曹が今後の作戦展開を分析し、戦闘の重要地点を割り出しているのである。
相手からすれば堪ったものではないだろうが、これも戦争だ。
今回のクエストにおいては、他の陣営のプレイヤーを攻撃しても犯罪とは見做されない。
これに関しては都合が良いとも悪いとも言い難いが、ここで殺しても問題がないのは助かるところだ。
「その点、お嬢ちゃんには期待してるぞ? シェラートが認めるほどのアサシンだってんだからなぁ」
「……貴方が詳細な指示を出すの?」
「瞬間の判断は任せるさ。そういうところはシェラートと同じだろう? 俺は、何処を狙えばいいかと指を差す係だからな」
からからと笑う軍曹の姿に、アリスは僅かに眉根を寄せて彼を見上げる。
そういったところは俺やジジイと同じ扱いになるらしい。
まあ、瞬間的な判断となると、事前の情報は役に立たなくなる場合も多い。
そういう点では、アリスの判断に任せた方がいいだろう。
「んじゃ、大まかなところを伝えるぜ。まずはポイントα、β――狙撃ポイント、ここを確保する」
周辺のマップを表示し、軍曹はその中に刺したピンを示す。
ポイントαは高所、βは隠れ場所の多い森林だ。
つまり、最初は作戦行動のためのエリア確保となるようだ。
「俺たちがポイントを確保した後、狙撃部隊をその場に展開する。ちなみに、他に使えそうで敵が展開していないポイントは確保済みだ」
「つまり、ここは敵が展開してるポイントってことだな?」
「そういうことだ。ま、連中にとっても使い易い場所だろうからな」
まずはそいつらを片付け、攻撃支援の体勢を整える。
そこからが本番ということだろう。
「悪魔であればいいが、プレイヤーであれば気付かれんようにする必要がある。その辺はお嬢ちゃんの腕に期待してるぜ?」
「気付かれないように相手パーティを全滅させろって? はぁ、構わないけど」
それを了承できる辺りが流石と言うかなんと言うか。
特に森の中などはアリスの得意とするエリアだ。その辺は面白い光景が見られるかもしれないな。
「そして次段階、敵陣営のリスポーン地点の破壊」
「……んなこと出来るのか?」
「というか、リスポーン用の石板でも持ち出したプレイヤーがいたの?」
「いや、あれは悪魔にとっちゃ都合が悪いからな。フィールドログアウト用のテント類で、リスポーン効果のあるものを使ってるようだ」
ランドの説明に、俺は思わず眼を見開く。
あのテント系の商品の中に、そのような効果のものがあったことは知らなかった。
だが、そういう分かりやすい標的があるのであれば話は早い。
リスポーン地点を破壊されれば、あいつらは戦線まで復帰するのに苦労することになるだろう。
「つまり破壊工作か。そういうのはあのクソビッチの方が得意だろうに」
「あいつは前線には来ないだろうよ。とにかく、そこまで行けば作戦は成功だ。後は適当に邪魔して帰るぐらいだな」
「適当に、ねぇ」
ま、その辺りは状況次第だろう。
とにかく、やることは単純だ。奴らの妨害をし、進行を妨げる。
アルトリウスに勝とうと息を巻いている連中には悪いが――プロの仕事って奴を堪能して貰うこととしよう。