714:炎龍爪
「……終わったよ、入ってきて」
扉越しに届いたフィノの声は、まさに疲労困憊と言った様子であった。
低く落ち着いた、疲れの滲み出るような声音――けれどそこに落胆の色は無く、確かな満足感が伝わってきた。
俺と緋真は互いに顔を見合わせ、小さく頷き合いつつフィノの仕事場へと足を踏み入れる。
そこには、炉の火を落としているフィノの姿があった。
「完成したようだが……手応えは?」
「ん、完璧。一つのミスもしなかった、会心の出来」
ぐっと親指を立てるフィノの姿に、俺は笑みと共に首肯を返す。
どうやら、フィノにとっても満足のいく結果であったらしい。
とりあえず、赤龍王の爪の余った部分を回収しつつ、机の上に置かれた一振りの小太刀の姿を確認する。
それは峰の側が深い赤、そして刃の部分が橙色に染まった、美しい刃であった。
「ほう……」
小太刀としては若干ながら長め。反りは浅めで、切っ先は諸刃造り。
小太刀として見るには少々異様な姿ではあるが、久遠神通流を扱う上では理想的とも言える形状をしていた。
柄は俺の基準からすると僅かに細いように見えるが、これは緋真のために造られた一振りだ。
緋真にとっては、これが最も理想的な形となることだろう。
■《武器:刀》龍炎爪『篝神楽』
攻撃力:95(+38)
重量:27
耐久度:180%
付与効果:攻撃力上昇(極大) 耐久力上昇(極大) 焔喰 龍爪(焔)
製作者:フィノ
そして確認した性能は、思わず眼を疑うほどの数値であった。
紅蓮舞姫どころか餓狼丸すらも超えている攻撃力、更には付与効果のレベルまで上がっている上に数も増えている。
あのティエルクレスの隕鉄剣に匹敵するほどの、驚異的な性能であった。
(いや、よく考えたら当然ではあるのか?)
あの隕鉄剣は、このゲームにおいては最上級レベルに存在する武器と考えてもいいだろう。
そして炎龍王の爪から造り上げられたこの武器も、職人の不足さえなければそれと同じレベルに到達したとしても不思議ではない。
つまるところこの一振りは、このゲームにおいては最高位のランクに属するような武器だと考えられるのだ。
だが、それ以上に――この一振りからは、今こうして見ている限りでは、『刀』としての瑕疵を見つけることはできなかった。
「見事、だな。緋真、握ってみろ」
「っ、はい」
俺の言葉に、緋真は一瞬だけ躊躇したものの、小さく頷いてその小太刀――篝神楽を左手で握った。
そして、一瞬だけその動きを硬直させる。緋真の顔に浮かべられていたのは、紛れもなく驚愕の表情であった。
「……凄い」
ぽつりと零れたのは、まさに感嘆だけが込められた言葉。
その様子を見て、フィノは拳を握りガッツポーズを作っていた。
どうやら、両者にとっても納得のいく結果であったようだ。
「自分のためだけに造られた刀、なんてのは俺にも経験がないからな。どんなもんだ、緋真?」
「何ていうか、本当に凄いとしか……初めて握るのに、違和感がないんです。吸い付くような、まるで切っ先まで神経が通っているかのような、そんな感覚です」
「ふふん」
目を見開いて篝神楽を掲げる緋真の姿に、フィノは誇らしげに胸を張っている。
弟子の手前、表に出すようなことはないのだが、俺もその一振りには羨望を抱かずにはいられなかった。
数々の真剣を握っては来たが、俺のためだけに造られた刀など一度として触れたことはない。
今この時代において、そのような機会に恵まれるなど、そうそうある筈がないのだから。
(悪魔との決着がつくまでにそこまで及ぶかどうかは分からんが……いつかシリウスが龍王になることができたなら、その爪で一振り造って貰いたいところだな)
フィノは、緋真の癖や体のサイズを事細かに把握しているからこそ、これほどの一振りを造ることができたのだ。
これが俺を対象にするとなると、ここまでの完成度を叩き出すことは困難だろう。
龍王の爪を使うほどの製造なのだから、可能な限り最高の完成度を求めたい。
やはり、これはあまり急がず、きちんと準備をしてから進めるべきだろう。
「それで、この付与スキルはどういう効果なんだ?」
「それは二個セットのスキルだよ。簡単に言うと、《焔喰》で炎を吸収して、《龍爪》で吐き出すの」
「ふむ? イメージは分からんでもないが、ちょいと端的に過ぎるな」
炎を吸収し、放出する。そのプロセスは分からないではないが、条件や性能が不明確だ。
一体どのような性質なのかと問いかければ、フィノはしばし虚空を見上げた後に説明を再開した。
「んー……大体そのまんまなんだけどね。敵の炎属性攻撃を例外なく吸収する《焔喰》と、吸収した炎を斬撃属性魔法ダメージで放出する《龍爪》の二つ」
「ふむ……限定的な【因果応報】か?」
「《蒐魂剣》のテクニックだっけ? 似てるけど、これは長時間蓄積もし続けられるし、魔法攻撃じゃなくても炎なら吸収できるよ。攻撃力負けしてても、分解して吸収するし」
その説明に、俺は思わず言葉を失った。
攻撃スキルである《龍爪》に注目していたのだが、どちらかというと《焔喰》の方がとんでもない。
つまりこれを握っている緋真には、一切の炎ダメージが通用しないと考えていいだろう。
「フィノ、ちなみにそれって、自分で出した炎も吸収できるの?」
「できるよ。吸収するかどうかも選択できる。で、《龍爪》は蓄積した炎の攻撃力を総計して攻撃する感じ」
「ちょっと待て、それもヤバいだろう」
つまり、大量の炎を吸収させ蓄積しておくことで、とんでもない威力の一撃を放つことができるのではないか。
ただ放つとしか聞いていなかったが、そこまで蓄積した炎の威力を総計するだと?
「吸収した威力に応じて、最大五本までの炎による斬撃を放てる感じ。蓄積時間の限界はないけど、戦闘状態が解除されると蓄積状態も解除されちゃうから気を付けてね」
「う、うん、それは注意しておくけど……」
「炎使いが相手だったら負ける要素が見当たらんな」
都合よく敵が炎を使ってくるかどうかはともかくとして、炎を使う相手だったらまず負けることはないだろうし、自分で炎を蓄積しておいて利用することもできる。
実際に使ってみないことにはその性質を確認することは難しいだろうが、普段使いするには少々面倒な代物だ。
正直、普通に戦っている分には、そこまで蓄積する前に戦闘が終わってしまうだろうからな。
「何にせよ、いい武器が手に入ったな」
「はい。これがあれば、もっとできることが増えますよ」
「ん……でも、私は疲れたからちょっと休むね」
先ほどから、フィノの頭がゆらゆらと揺れている。
どうやら、ここまでのオーバーワークに加え、先程の鍛冶で完全に集中力を使い切ってしまったようだ。
十分すぎる仕事ではあったし、しばらく休んでも問題は無いだろう。
「ありがとう、フィノ。これで戦ってくるから」
「うん、姫ちゃんなら活躍できるよ。頑張って」
「ええ、勿論!」
篝神楽を掲げ、誓うように緋真は頷く。
その様子に、俺とアリスはちらりと視線を合わせて笑みを浮かべた。
さて、これで準備は整ったわけだ。
「よし。それじゃあ、アルトリウスのところに顔を出してくるとするか。そろそろ、作戦も始めるからな」
ワールドクエストの開始は、既にアナウンスされている。
作戦領域に到達すれば、すぐにでもクエストに参加できる筈だ。
であれば、後はいかなる形での参戦となるかどうか――
「ぶっつけ本番だが、相手にとって不足なし。大公を含めた戦争と行こうか」
まずはいかに刃を振るうべきか。
その方針を、確かめに行くこととしよう。