710:事態の推移
あれからしばし、シリウスを戦わせてその能力を確認した。
率直に言って、とんでもない能力である。物理攻撃オンリーのワニと戦っていたという理由もあるが、シリウスはこの場での戦闘において、HPが九割を下回ることは一度もなかった。
相性が良いのは事実だが、それでも正面からすべての攻撃を受け、殆どダメージを受けていないのは驚異的である。
その要因と言えるのは、シリウスが手に入れた《不毀》のスキルであった。
「要は、とんでもなく性能の高い鎧を着ているようなもの、ってわけだ」
「グルッ?」
刃に触れぬように気を付けながら鱗を叩き、そう告げる。
シリウスはあまり分かっていないようであるが、この性質は非常に重要だ。
何しろ、それはステータスとは別の部分で、シリウスの耐久度を高めているということなのだから。
「……成程。VITの数値による算出はHP総量に影響していますが、鱗の防御力はそれとは別のものと。テイムモンスターじゃなければ分からない性質ですね」
「そういうもの、なのですか?」
俺の言葉に反応を返したのは、アルトリウスとローゼミアのふたりであった。
ここは、シャンドラの中央部――再建している最中の城の敷地内であった。
かなりの量の素材を集め、『エレノア商会』の方に納品し、少しばかり暇を持て余していたところで、俺はアルトリウスからのメールに気が付いたのだ。
今日は他に用事もなかったし、進化したシリウスを見せに行くのもいいかと思い、その誘いに乗ったわけである。
まあ、他にも聞きたいことは色々とあったわけだが。
「クオンさんの真龍、シリウスの場合はかなり顕著ですが、他の真龍でも同じことは言えるでしょう。鱗の防御力と、その下の肉体の防御力はまた別のものです」
「逆に言うと、鱗の下まで攻撃が届かなけりゃダメージにはならないってわけだ。そこに『絶対に破損しない鱗』なんぞと言い出したら、そりゃとんでもないことになるだろうさ」
《不毀》のスキルは、シリウスの体を覆う鱗や刃の破損を防ぐ。
言ってしまえば、どれだけ攻撃を加えたとしても破ることのできない盾や鎧なのだ。
それを相手にダメージを与えることができるとすれば、内部まで衝撃を浸透させる打撃の類や、そしてそれらを無視する魔法の類だろう。
だが、シリウスはそのものの体力も非常に高く、また物理攻撃、魔法攻撃両方に対する耐性も有している。
今のシリウスを倒し切ることは非常に困難だろう。正直なところ、俺でも完全解放した餓狼丸が必要になると考えている程だ。
「しかし、これが第五段階の真龍……凄まじい威容ですね。僕のシルヴィアは、この領域に辿り着いたらどんな姿になるのか……ははは、これは素直に楽しみです」
「こっちとはまた違う姿になりそうだけどな。現時点でもかなり違うし」
「光属性のドラゴンは優雅系ですねぇ」
アルトリウスが連れているのは、光属性に育った真龍だ。
現在は第四段階だが、その時のシリウスと比べても若干小柄というか、スマートな体形をしている。
そしてドラゴンらしい鱗もあるのだが、体の各所からは白い羽毛が生えており、また背中の翼も鳥の翼のような様相をしている。
全身が金属に覆われているようなシリウスとは、全く似ても似つかない姿であった。
それを見上げている緋真は感心している様子で、ルミナやセイランもシリウスとはまるで異なる姿に興味津々であった。
ちなみに、アリスはローゼミアと話す気がないのか、いつも通り姿を隠していたが。
現在ではまだまだ例の少ない、プレイヤーがテイムしている真龍。
わざわざそれを連れてきたということは、それに関しての話題なのだろう。
「ところで、アルトリウス。それはどういうことなんだ?」
「はい、今日はその説明も兼ねて、ローゼミア様をお連れしました」
そう、聖王国の聖女ローゼミア――彼女の後ろには、まだ第二段階だと思われる金色の真龍の姿があったのだ。
亜竜ではない、その姿は間違いなく真龍のものだ。
金龍王の浮遊島で見た、黄金の真龍のレッサー種である。
「龍育師、とかいう奴か? どういうシステムなのかはあまり聞かなかったが、ある程度育ったら真龍の群れに戻すんだろう?」
「通常の龍育師はそういうシステムになっていますね。ですが、今回は龍育師としてではなく、ローゼミア様に《テイム》していただいている状態になります」
「……つまり、姫さんが卵から育てたのか?」
卵――というか、あの結晶体。二十四時間ぶっ続けで魔力を注ぎ続けることによって真龍を生み出すあのアイテム。
まさか、それをローゼミアに育てさせたということなのか。
そんな俺の疑問に答えるように、ローゼミアは苦笑交じりの表情で首肯しました。
「とても大変でしたけど、自分の力だけで真龍を目覚めさせることができました」
「おいおい……一人で魔力を注ぎ切ったのか」
真龍の卵へは、できるだけ単一の属性で、可能な限りの量を注ぎ続けることが重要だ。
とてもではないが一人では魔力が足りないため、俺の場合は魔物を狩り続けて《蒐魂剣》で回復していたし、アルトリウスの場合は完全に同一の属性の配下を多数集めて対応したはずだ。
まさかそれを、たった一人で注ぎ切れるほどの魔力を有していたとは。流石は聖女といったところか。
「で、お前さん……まさか、前のクエストの報酬を姫さんに渡したってことか?」
「そうなりますね。龍育師のシステムを活用すれば卵を入手することは可能でしたが、それではずっと育てるということはできないので」
「また奇特なことをするなぁ、お前さんは」
真龍の卵をポイント交換したのだろうが、あれはかなりのポイントを要求する景品だ。
二つ目を交換するだけでなく、まさかそれを現地人に渡してしまうとは。
まあ、何かしら意味のある行為なのだろうが、あまりにも思い切りが良すぎる行動だ。
しかしポイントもアルトリウス個人のものだから、こちらから文句をつける筋合いもないのだが。
「……まあいい。姫さんが真龍を育てているということも承知した。それで、今回は真龍関連の話なのか?」
「真龍、というより金龍王関連ですね。ドラグハルトの件について、僕は彼女に接触してきました」
また耳を疑うような発言に、思わず嘆息を零す。
確かに、金龍王はドラグハルトに狙われている状況だ。
具体的にいかなる方法になるのかは知らないが、金龍王の力を奪って女神にアクセスしようとしているのである。
当然、俺たちはそれを防がなければならないわけで、金龍王と足並みを揃えようとするのは道理だろう。
とはいえ、こちらから接触するのは非常に難しいのがあの真龍の長なのだが。
「それで最近あまり姿を現さなかったわけか……で、金龍王は何か言っていたのか?」
「予想はしていましたが、自分が狙われていることは既にご存じだったようです。その上で、挑まれたら応じるつもりも満々なようで」
「ああ……あの性格ですからね」
げんなりとした様子で、緋真が呻く。
武人というか、来るもの拒まずというか、中々に武闘派なのがあの龍王である。
属性は回復に特化しているくせに積極的に戦いを受け入れるのだから始末に悪い。
「とはいえ、自分から積極的に仕掛けるつもりも無いらしく。その辺りは何かしら、女神との制約があるようですが、詳しくは語って頂けませんでした」
「挑まれたら応じる、それだけか。他の真龍や龍王もか?」
「以前のイベントは、かなり特殊な事例でしたからね。龍王との接触イベントという前置きがあったからこそ、直接顔を出すことができたわけですから」
「つまり、よほどのことがない限りは顔を出さんというわけか」
赤龍王の性格なら自分から挑みに行きかねないと思うのだが、その辺りは金龍王が抑えているのだろう。
真龍に課せられた制約というものは良く分からない。この状況ですら積極的に動けないというのは、何とも面倒な代物だ。
「……まあいい、元から当てにしてたわけじゃないんだろ?」
「可能であれば、程度の期待ではありましたね。今回は金龍王が直接狙われているので、多少は可能性があるかとも思いましたが」
「その辺をほっつき歩いている間に狙われるよりはマシと考えるか」
真龍を戦力として当てにできないのは――正直、元から協力してくれるとは考えていなかった。
俺たちは北の地に遠征してきている状態だ。真龍たちにしても、悪魔と戦うのであれば自分の本拠地を手薄にしなければならなくなる。
今の真龍に、その余裕があるとは思えなかった。
「とりあえず、状況は理解したが……話はそれだけか? それなら、わざわざ直接話すほどのことでもなかったと思うが――」
「いえ、クオンさん。ここからが本題です」
表情を引き締め、アルトリウスは告げる。
どうやら、ローゼミアの真龍や、金龍王に関する話はついでであったらしい。
その本題とやらを聞くため、俺は視線でアルトリウスを促し――
「ドラグハルト側に付いたプレイヤー、その旗印になる人物が現れました」
――『敵』を示すその言葉に、意識を切り替えたのだった。