709:砕けることなき
「ガアアアアアアアアッ!」
獰猛な咆哮を上げ、シリウスがワニの群れへと向けて突撃する。
進化し、第五段階としての力を手に入れたシリウス。その性能を確かめるため、次に発見した群れへと単身で挑ませてみたのだ。
これが他のエリアであればもう少し気を付けていたところだが、ここは物理攻撃オンリーのワニしかいない。どう足掻いたところで、シリウスの敵ではないのだ。
さて、敵へと向けて突っ込んだシリウスであるが、その相手となったワニたちは早速シリウスのスキルの影響下に置かれたようだ。
「《龍気》の効果概要は変わらず……だが《龍王気》はスリップダメージの量が上がってるな」
「『龍の庭園』でエリア範囲外になった時のダメージってこれなんですよね。どうやってあんな広範囲に展開していたんだか」
《龍王気》、進化前のスキルは《龍気》であるが、これは自分の周囲にスリップダメージを発生させるエリアを展開するスキルである。
以前のイベントである『龍の庭園』では、収縮するエリアの範囲外に出るとダメージを受ける仕様だったが、それの元となっているのがこのスキルであるらしい。
あれをやっていたのは金龍王だったのだろうが、やはり能力の桁が違う。
しかし、その遥か劣化版だとしても、スキルの性能としては十分であった。
「急激に減らすって程じゃないが、相手の防御力を無視してダメージを与えてるみたいだな」
「あの防御力なのに近付くだけでダメージを受けるのは中々にプレッシャーよね」
シリウスの防御力は堅牢だ。単純な物理攻撃で倒すことはほぼ不可能――それこそ、今ならば公爵級の攻撃すらある程度は耐えられるだろう。
そんな相手を倒すために近付くとダメージを受けるのだから、大概意地の悪い能力である。
《龍王気》に成長したことで範囲もダメージも伸びているようだし、これは十分な戦力となり得るだろう。
そして、焦って近付いてきた相手は、揃ってあの爪や牙の餌食となるわけだ。
(《断爪撃》と《絶鋭牙》……これはどちらも純粋な威力強化か。特殊能力は無さそうだな)
一閃でワニの強靭な前面を斬り裂いた爪と、噛み砕いた牙。
どちらも単純に威力が上昇している様子であるが、単純故に強力であるとも言える。
アサルトとはいえ、あのワニ共は正面から攻撃してもあまりダメージを与えることができなかった。
それを正面から貫くのだから、その威力は凄まじいの一言だ。
しかし、今回の成長の中で何よりも重要なのは、《不毀》のスキルで間違いないだろう。
「二人とも。シリウスの鱗、傷がついているところは見えるか?」
「いえ、こっちでは全く見つからないです」
「私の方も同じく。壊れるどころか、本当に傷一つ付いてないわ」
二人の報告と同じく、俺の目にもシリウスの鱗に傷がついているようには見えない。
艶消しになっているため前よりは分かりづらいのだが、ブレイカーによって牙が当てられている鱗にすら、傷もへこみも全く見つけられなかった。
そのおかげもあってなのか、ワニの群れ丸ごと一つ分に噛みつかれているにもかかわらず、HPは殆ど減っていない。
どうやら、あの鱗が殆どのダメージを遮断してしまっているようだ。
「全身に強固な鎧を纏っているのと同じ、ってことなんだろうが……こりゃ、破損した鱗は手に入りそうにないな」
「フィノの経験値になりそうなんですけどね、シリウスの鱗」
残念ながら、シリウスはよほどのことがない限り自分から鱗を渡すような真似はしない。
これまで回収していたものも、戦いの中で偶然破損したものばかりであった。
まあ、これは仕方のないものと割り切るしかないだろう。
そんな《不毀》のスキルであるが、一応ではあるが代償は存在しているらしい。
攻撃を受ける度、少しずつではあるがMPを消費しているようだ。
流石に、何の仕掛けもなしに絶対に傷がつかない鱗を実現しているわけではないのだろう。
とはいえ、その消費はすぐに回復する程度のものでしかなく、あまり気にするレベルではないだろう。
進化によってMPも伸びているようだし、そうそう枯渇を心配することはないはずだ。
「《魔法抵抗》の方は……確かめようもないし、後は最後のスキルか」
「大技ですね、どうなってるんでしょうか」
期待を隠しきれない様子の緋真に苦笑しつつ、再びシリウスの様子を見守る。
爪や牙を用いてアサルトたちを片付けたシリウスは、その巨腕でブレイカーの顔面を殴り飛ばし、怯んだところへの追撃で大きく後方へと吹き飛ばした。
同時、巨大な尾の刃へと大量の魔力が収束する。
「……ほう、チャージが速くなったな」
魔力の充填にかかった時間は一秒程度、これまでのように長いチャージは不要となったらしい。
そしてすぐさま放たれた、尻尾による一閃。瞬く間に振り抜かれたその刃は何の抵抗もなくブレイカーの体を斬り裂き――次いで放たれた断絶の魔力が、巨大なワニの体を真っ二つに両断した。
「ふむ……消費は据え置きだが、MPが上がっているから相対的に下がっている。純粋な威力、射程も強化……だがそれ以上に、尻尾の刃そのものにも防御貫通を付与、ってところか」
シリウスの大技、尻尾の刃に魔力を収束して放つ一撃である《魔剣化》。
その進化スキルである《不毀の絶剣》は、どうやらそのようなスキルであったらしい。
これまで、《魔剣化》ではその魔力による攻撃部分にしか防御貫通の性質は無かった。
しかし、今回は刃そのもの――正確に言うならば、刃が纏っている魔力にも防御貫通の性質があるらしい。
事実、あの強固なブレイカーの顔面を何の抵抗もなく斬り裂いてしまった。
今のシリウスならば、ティエルクレスの一撃とも打ち負けることはないだろう。
「全体的に使い易くなったな」
「方向性が分かり易くていい能力よね。ところで、ちょっと確認したいのだけど」
「グル?」
戦闘が終了し戻ってきたシリウスを、アリスが手招きしつつ呼び寄せる。
何をするつもりなのかと見ていると、アリスは武器を取り出しシリウスへと問いかけた。
「ちょっとだけ刺してみてもいいかしら? この辺りにするから」
「……何を確かめる気だ?」
「グルル? ガウッ」
ポンポンと前足を叩きながら問うアリスの言葉に、シリウスは困惑した様子で首を傾げる。
とはいえ、当のシリウスも防御力には自信があるのだろう、問題ないとばかりに頷いて見せた。
許可を得たアリスは、僅かにスキルを付与した短剣を構え、シリウスの足へと向けてその切っ先を振り下ろし――カキンというあっけない音と共に、その一撃は弾かれた。
姿を隠していないアリスの攻撃は大した威力ではないため、当然の結果と言えばその通りだが、どうやらアリスとしては別に納得する点があったらしい。
「やっぱりね……クオン、シリウスの《不毀》っていうスキルだけど、防御貫通効果を無効化するみたいよ」
「ほう? ということは、今は《ピアシングエッジ》を使ってたのか」
「ええ。要するに、相手の防御力を下げて判定するタイプのスキルに耐性があるんでしょう」
防御力に対して干渉するスキルはいくつかあるが、大別するとその性質は二種類ある。
一つは相手の防御力を減算するスキルで、もう一つは相手の防御力を無視するスキルだ。
あまり意識しては来なかったが、前者を防御貫通、後者を防御無視と呼ぶらしい。
俺の場合、前者は【武具神霊召喚】による防御ダウン、後者は【咆風呪】などが当たるだろう。
「これはかなり貴重なのか?」
「わざわざ対策してるプレイヤーは少ないわね。敵はどうなのか知らないけど」
防御貫通を武器にしているアリスが言うのだから間違いはないだろう。
あまり敵が使ってくることはないかもしれないが、そういった攻撃は防げることを覚えておいた方がいいだろう。
「さて……時間はもう少しか。やれるところまでやってから戻るとするかね」
「そう言ってるなら素材回収してくださいよー!」
ワニから素材を回収している緋真に軽く手を振り、周囲を見渡す。
今日はもうあまり時間もないが、できるところまで戦ってから戻ることとしよう。