706:レベル50へ向けて
アンヘルにティエルクレスの隕鉄剣を貸し出した翌日。
幸いなことにというべきか、その日はまだドラグハルトが動き出したという報告は無かった。
とはいえ、いつ動き出すかも分からない以上は、時間的な猶予はそれほどない。
できる限りの時間を使い、成長を重ねておかなければ。
ちなみにだが、アンヘルからは礼に加えて感想まで添えられたメールが届いていた。
どうやら、かなりの性能に感動を隠し切れていない様子である。
あの大剣はかなりの重量だったと思うのだが、まあアンヘルならば扱えてもおかしくはないだろう。
(しかし、ティエルクレスの再現とはいかないだろうな)
アンヘルの戦闘センスは凄まじいが、それでもティエルクレスには及ばないだろう。
何より、アンヘルはティエルクレスのスキルを持っているわけではない。
アンヘルもティエルクレスのスキルを欲しがっている様子ではあったが、流石にあそこまで遠征に行くような余裕は無いようだった。
そもそも、あれを手に入れようとした場合、幹部級の実力者で固めなければ手も足も出ないだろう。
果たして、アンヘルがこれらのスキルを取りに行く時間を捻出することはできるのだろうか。
まあ考えるまでもなく、今の状況では無理だろう。ランドだけでなく、アルトリウスや軍曹からも止められている筈だ。
「さて……フィノの奴には、後どれだけ素材が必要なんだかな」
「★10を目指すとなると結構遠いですからねぇ……」
「昨日預けてきた素材も、もう半分は使ってたみたいだしね」
フィノは、昨日時点で集めた素材の半数を消費していた。
それだけ大量の装備を作ったこともあってか、店頭ではセールが行われていたほどだ。
流石に長時間やり過ぎたのか、今はログインしていなかったようだが、起きてきたらまた作業を再開することだろう。
「流石に、ドラグハルトとアルフィニールの戦いが始まるまでに第十段階を達成するのは難しいか」
「一日中篭って武器を作り続けたとして……どうでしょうね。足りるのかどうか」
「戦闘系じゃない成長武器の溜まり方は分からんな。同じ程度の基準なら、第九段階は半日は戦い続けなけりゃならんだろうが」
地面に転がっているワニから素材を回収しつつ、そう呟く。
成長武器は、段階が進むほどに必要経験値が多くなっていく。それは、キャラクターのレベルと同じような仕組みだ。
俺たちのような第十段階の成長武器では、半日戦い続けた程度では最大値まで持って行くことはできなかった。
フィノの成長武器も、そう容易く増えるということはないだろう。
それに、仮に第十段階に到達することがあったとしても、そこから解放の度に経験値を消費することとなってしまう。
成長段階が下がらなかったとしても、そうそう連続で使えるようなものではないのである。
「まあ、実際にどうなるかは兎も角として、こっちにとっても有益ではあるからな。とっとと次に行くか」
ここはレベリングにもちょうどいいエリアであるため、自分たちの強化にも向いている環境だ。
次に大きな成長があるとすれば、それはルミナとセイランの節目レベルになるだろう。
レベル40での成長もそうだが、気になることは――
「……テイムモンスター、次の進化段階はあるのかねぇ」
「あー、それはちょっと、私も気になってました」
アリスが周囲の探索を始めている中、その様子を眺めながらしみじみと呟いた言葉に、横から緋真が同意を発する。
前回、レベル34で進化したテイムモンスターたち。
これまでの上がり方で考えるならば、レベル46で進化するのが妥当だろう。
しかしながら、俺は次の進化段階があるようには思えなかったのだ。
「嵐王ってのは、それだけで伝説の魔物扱いだったからな。しかも、あの進化イベントで戦った奴は、あくまでもワイルドハントのままだったし」
「そのままずっと成長し続けるって感じでしたよね。あの本体がレベルいくつだったのかは分かりませんけど」
ヴァルハラガーディアンのルミナ、ワイルドハントのセイラン。
どちらも、種族としては最上位に存在すると考えられるが――さて、この先の進化段階など存在しているのか。
仮に進化しなかった場合、ここから先は節目のレベルでの成長だけになってしまうのだろうか。
現状、テイムモンスターたちのレベルという意味では、俺が最前線を突っ走っている。
だからこそ、この先がどうなるのかの情報は一切存在しない。いや、探せばどこかに存在するのかもしれないが、それに時間をかけるぐらいならレベル46まで上げた方が手っ取り早いだろう。
「進化があればかなりの戦力強化になるが……まあ、そこはあまり期待せずにおくことにしようか。どっちにしろ、今回はそこまでレベルを上げるほどの時間も無いだろうからな」
「とりあえず、シリウスの強化までは何とか間に合いそうですけどね」
シリウスの進化に向けては、今日中に二つレベルを上げておきたい。
ここまで来ると一つレベルを上げるのにも中々苦労するようになってきたし、効率的に進めたいところだ。
――そう考えていたところで、周囲を偵察していたアリスが戻ってきた。
「みんな、あっちの方に次の群れがあったわ」
「了解、流石だな。デカブツはいたか?」
「ええ、今回はいたみたいね……法則性は分からないけど」
「現状、倒した数でもなさそうですし、完全に低確率のランダムですかね?」
ブレイカーという大型のワニとは、昨日の時点で数回戦闘を行っている。
いずれもシリウスに任せておけば苦戦するような相手ではないため、普通のワニと戦う時とそれ程変わりはない相手だ。
とはいえ、流石にシリウス以外が噛みつかれたら無事では済まないため、戦う際は一応注意はしているのだが。
「最近、どうやったらシリウスが倒れるのかを考えてはいるんだが、全く倒れる気がしないな」
「単純に防御力、耐久力が高いタイプだから、防御貫通は苦手な筈なんですけどね」
「流石に、敵で防御貫通を持っているのは滅多にいないですからねぇ……プレイヤーは割と意識的に取る人が多いですけど」
敵が強くなるにつれて、その高い防御力を無効化する手段が重要視されてきているということだろう。
俺の場合は特に物理攻撃に特化しているため、防御貫通はかなり重要なスキルだ。
そういう視点の上では、シリウスを倒すことも不可能ではないのだが――正直、この全身凶器の巨体を倒すのは相当に苦労することになるだろう。
そういう風に育てたとはいえ、大層な怪物になったものだ。
「ま、より強い怪物になって貰うためにも、あのワニは糧にするとするか……シリウス!」
「グルルッ!」
今は小さくなっていないシリウスは、ズドンズドンと地響きを立てながらワニの方へと向かってゆく。
対し、どう考えても不利でしかない筈のワニたちは、恐れることなくシリウスへと向けて突撃してくるのだ。
この単純思考は実に助かるのだが、一体どういう生態なのかと疑問を抱いてしまう。
ともあれ、ワニたちはシリウスの巨体も気にすることなく突撃し、その四肢に噛みついて水の中まで引きずり込もうとする――が、ダンプカーよりも遥かに重いであろうシリウスを、川の中まで引きずることなどできるはずもない。
そうして自らシリウスの鱗で傷ついているワニたちへと向けて、俺たちは攻撃を開始した。
「楽でいいんだが、楽過ぎるのも考え物だな」
胴を攻撃されたワニたちは、流石に無視することはせず、ヘイトをこちらに向けて襲い掛かってくる。
とはいえ、通常のワニ程度であれば相手にはならないし、シリウスの鱗のダメージと今の胴へのダメージで、かなり体力が削れている状態だ。
この戦法を取り始めてから、苦戦するような戦いは皆無な状況である。
面白みには欠けるが、今は効率を求めなければならない場面だ。我慢して狩りを続けなければ。
「――『生奪』」
斬法――剛の型、刹火。
ワニたちの行動は一辺倒で、とにかく噛みついては水の中に引きずり込もうとする。
純粋に攻撃力は高いし、水の中まで連れ込まれれば一たまりもない。
単純極まりない戦法ではあるが、複数同時に襲い掛かられれば十分な脅威となる。
楽に倒すことができているのは、あくまでも相性がいいからだろう。
「その辺り、エレノアの慧眼には感謝すべきかね」
ワニの噛みつきを避けながら振るった刃が、その首筋を掬い上げるように撫で斬る。
頑丈な外皮を持つワニであるが、それでもアサルトの方はそこまで体力が高いわけではないのだ。
既に体力が半減している状態では、正面からの攻撃でも十分に致命傷となり得る。
カウンターで突き刺さった刃はワニの体力を削り切り、その勢いのままに体を地面へと横たわらせた。
――レベルアップの通知が流れたのは、そのすぐ後のことであった。