703:ティエルクレスのスキル
川の近辺でのワニ稼ぎを始めてからしばし。
狩場としては中々に効率が良い場所であったが、今回の稼ぎについてはいくつか気付いた点があった。
まず何よりも目立っているのは、ティエルクレスのスキルのレベル上昇についてだろう。
ここまで幾度かワニの群れと戦ってきているのだが、まだスキルのレベルが上昇していないのである。
「レアスキルだからって奴か……」
この現象自体には覚えがある。以前に《魔技共演》を取得した時と同じような感覚だ。
つまるところ、レアスキルであるが故に、レベルを上げるにも相応の経験値が必要になるということか。
通常のスキルであったなら、もっとポンポンとレベルが上がっていたことだろう。
尤も、それだけ強力なスキルであるということであるし、たとえレベルが低くとも効果を実感できる。
ゆっくりだとしても成長していってくれるなら文句はない。
同時に――
(ティエルクレスは、一体どんなスキルレベルになっていたのやら)
これだけ成長しづらいスキルを十全に操っていたティエルクレスは、果たして数値にするとどのようなレベルだったのか。
知りたいような知りたくないような、何とも複雑な気分だ。
何にしても、あのレベルに辿り着くまでにはかなりの時間を必要とすることだろう。
果たして、悪魔たちと決着をつけるのと、どちらが先になるか――それは今考えても詮無いことか。
ともあれ、使えるスキルであることは間違いない事実。次の戦いまでに、できるだけ育てておくべきだろう。
そして、もう一点であるが――
「緋真、アリス。成長武器の経験値の具合はどうだ?」
「……微妙ですね。そう聞いてくるってことは、先生もですか」
「ああ、これまでに比べるとかなり溜まりが遅いな」
ついに★10のランクにまで達した成長武器たちであるのだが、大きな成長を遂げた代わりに、どうやら育ち辛くなっているらしい。
これだけの敵を倒しているにもかかわらず、経験値ゲージがそこまで上昇していなかったのだ。
未だ解放にも足りていない程度の量となると、果たして最大値に達するまでどれだけの時間がかかることか。
尤も、目に見えて増えているだけまだマシとも言えるのだろうが。
「ちょいと解放も試してみようかと思ってたが、これは中々使えんな」
「と言っても、溜まり切ってもそれはそれで勿体ない気はするのよね。強制解放……いえ、限界突破だったわね。これを使うと経験値がゼロになるわけだし」
成長武器の完全解放は、成長段階の下降が無くなった代わりに、蓄積しているすべての経験値を使用するというシステムに変化した。
まあ、下降した時点で全ての経験値を消費しているようなものなので、アリスの指摘した点はあまり変化してはいないのだが。
しかし、気分的な問題は確かにその通りだ。苦労して溜め込んだ経験値ならば、無駄に消費してしまうのは勿体なく感じてしまう。
それも致し方のない話であるし、気にしていても仕方がないのだが。
「しかし、この性質……運営が経験値ジェムを実装したのは、これを見越してのことだったのかね」
「用途の一つとしては考えていたんじゃないですか? 後追いの成長武器を一気に強化させようというのもあるとは思いますが」
前回のワールドクエストで、運営が交換報酬として用意した経験値ジェム。
成長武器の経験値を直接上昇させるあのアイテムは、ゆっくりとプレイしている以上はそこまで出番のないアイテムであったはずだ。
だが、第十段階の成長武器が、成長段階の下降を防げるのなら話は変わる。
解放が終了し、経験値を消費しきったとしても、再び経験値を補充して発動させることができるのだから。
まあ、俺の場合は再び餓狼丸がHPを吸収しきるまで待たなければならないのだが、それでも十分すぎる切り札となるだろう。
「問題は経験値ジェムの確保手段が無いことか……次はそれだけ交換してもいいかもしれんな」
「スキルの方は足りてますからね。むしろ枠の方が足りてないですし」
スキルオーブは強力だが、枠が無ければ使いようがない。
そういう意味では、今必要となるのは経験値ジェムの方だろう。
問題は、それを確保する手段がイベント報酬にしか存在しないことだろう。
エレノアもそれ以外に発見できていないと言っていたし、普通に手に入れる手段は存在しない可能性も十分にある。
現状における完全解放の連続使用は、持っている経験値ジェムをすべて使っても一回が限度。
長期戦を考えるなら、もっと多くのジェムを確保したいところであった。
「イベント以外で手に入る手段があればいいんだがな、と……」
「ん、次のがいたみたいね」
新たなワニの気配を察知し、そちらの方向を確認する。
驚いたことに、俺とほとんど変わらないタイミングでアリスも敵の気配を察知していた。
どうやら、《超直感》は感知系スキルに対してかなりのボーナスを与えているらしい。
その仕組みについてもやはり気になるのだが――
「先生、あれ……大きくありません?」
「二回りぐらいは大きいな。上位種だろうが、エレノアからはそんな話は聞いていなかったよな?」
「説明はされていなかったわね。えーと……『ブレードアリゲーター・ブレイカー』らしいわ」
名前はちょっと違うが、やはりワニであることに変わりはない。
しかし、二回りほど体は大きく、生えている棘もかなり立派で鋭くなっているようだ。
それに加えて、アサルトではカバーされていなかった下半身についても強固な外皮で覆われており、全体的に隙のない生態となっているようだった。
他に伴っているのは五体程度のアサルト。これについては気にする必要はないが、やはり新種は警戒せねばなるまい。
「ふむ……シリウス、とりあえずあのデカいのを受け持ってくれるか?」
「グルルッ!」
「他は気にしなくていい、念のためな」
シリウスならば後れを取ることはないだろうが、何か特殊な能力を持っている可能性も否定はできない。
複数を相手にして隙を作り、不用意に攻撃を受けることは避けた方がいいだろう。
幸い、他のワニ共の数は五体。俺たちが一人一体を相手取ってちょうどいい構成だ。
シリウスが上位種を受け持たなければならない時間も、そう長くはないだろう。
「グルァアアッ!」
俺たちが構えると同時、威勢よく咆哮を上げたシリウスが、ブレイカーへと向けて正面から突撃する。
それに対し、相手もまた一切怯むことなく、真正面から受けて立とうと走り出した。
見るからに体重差があり、シリウスと正面から殴り合うにはパワーもウェイトも足りていないと思うのだが、果たして何か能力でもあるのだろうか。
そんな疑問を抱きつつ、俺は突っ込んだシリウスを避けようと散開した別のワニへと接近した。
「さて、どう動いてくるのかね」
接近した俺に噛みつこうとしたワニの攻撃を回避しつつ、シリウスたちの様子を確認する。
巨体を揺らしながら接近し、正面から相対した二体の大型生物。
シリウスは、その巨大な前肢で、爪を叩きつけるように振り下ろす。
対し、ワニの方はそれを背中辺りの外皮で受け止め、そのままシリウスに噛みつこうとし――
「ギャシャァアッ!?」
――その一撃の重さを支えきれず、地面へと叩き付けられた。
一応防御姿勢は取っていたが、何かしらのスキルを使おうとしていたわけではなく、自身の耐久力で攻撃を受けきって反撃しようとしていたようだ。
「普通ならそれも通じるかもしれんがな……『生奪』」
中途半端な攻撃力が相手であれば、その戦法は決して間違いではなかっただろう。
しかし、シリウスは純粋に攻撃力も高く、また相手をスタンさせるほどの衝撃を与えることも可能。
自ら受けきれないような攻撃を放ってくるという考え方は、どうやらあのデカいワニの頭には無かったらしい。
(上位種になっても知能は低く、単純にパワーとタフネスがあるだけのタイプってわけか)
全身が頑丈になっただけに、通常倒すのには苦労する相手だろう。
だが、正面から相手どれるシリウスがいるなら、それも問題にはなり得ない。
地面にひれ伏した相手に対し、巨大な足を振り上げたシリウスの姿を確認し、俺は問題ないと判断して目の前の相手だけに集中することにした。
「普通なら大層厄介だろうが、相手が悪かったな」
噛みつかれた時点で終わりなのに耐久力が高くなるのは面倒だっただろう。
攻撃を受けつつ反撃で噛みついてくるのは、回避もし辛くなるかもしれない。
――それもこれも、正面から完全に抑え込めるパワーがあるなら話は別なのだが。
地面を揺るがすほどの衝撃が後方で発生するのを感じ取りつつ、俺は餓狼丸の刃をワニの胴体へと向けて突き入れたのだった。