700:第十段階
「戻ってくるなり、あれこれ巻き込まれるわねぇ」
「俺に言われても困るんだが」
「向こうから来たのは事実でしょうけど、騒ぎを大きくしたのは間違いなく貴方自身じゃない」
『エレノア商会』の本店、最も多くの生産設備を整えた、聖都シャンドラの店舗。
すっかりそこが定位置となっているエレノアは、フィノへの用事ついでに顔を出した俺たちに対し、呆れた表情で失礼な言葉をかけてきた。
尤も、その言い分は否定できないため、視線を逸らすしかないのだが。
「彼らのことなら、別に気にしなくてもいいわよ。最初から織り込み済みだから」
「そりゃまぁ、ああいうのが出るのは仕方のない話だが、完全に放置でいいのか?」
「既に手は打ってあるから、どうでもいいってことよ」
軽く肩を竦めてそう返すエレノアだが、あまり得意げな表情ではない。
これはつまり、エレノア自身が手を回した行動ではないということだろう。
そうなった場合、必然的に対応したのはアルトリウスになるだろうが、エレノアがこのような反応を示すということは――
「アルトリウスの奴、ファムを使ったのか?」
「というより、彼女が自主的に動いただけのようね。適材適所と言えばその通りでしょうけど」
あのクソビッチは、対人という意味ではこれ以上ないほど強力な手札だ。
しかし、有効ではあるがこれ以上ないほど過激な手を使うこともまた事実。
奴が動いたとなると、いかなる手段を使うかは分からんが、敵方の情報は筒抜けになることだろう。
「はぁ、最悪ダブルスパイぐらいはやってそうだな。まあいい、それで有利になるなら仕事をさせておけばいいさ」
「彼女、そんな経験まであるのね」
「詳しくは聞かん方がいいぞ。あの女関連は全部厄介事だ」
「そうしておくわ。それで……貴方が今回持ち込んだ情報だけど、結構な爆弾が多いわね」
言いつつ、エレノアの視線が向かった先は、机の上に並べられているアイテムの数々だ。
言わずもがな、今回の遠征の中で手に入れてきたアイテムである。
成長武器とそれに必要な素材は既にフィノへと預けてあるため、ここにあるのはそれ以外の代物だ。
「まず、通常の魔物のドロップはいいわ。未確認の素材も多々あるけど、この辺りは通常通り処理すればいいから」
「まあ、プレイヤーはほぼ入っていないであろうエリアの素材だからな」
「商品化するには供給が足りないし、研究とオーダーメイド限定でしょうね。貴方の言う、サーベルタイガーみたいな魔物の素材を使った剣も作れるわよ」
サーベラスビーストの腕刃を使った武器は、研究の価値のある代物だろう。
まあ、どこまでの性能を持つのかは作ってみなければ分からないし、多少期待する程度のものではあるが。
しかし、エレノアが言わんとしている点はそこではないだろう。
「だけどねぇ……これ、情報を貰ってもどうしようもないわ」
言いつつエレノアが示したのは、彼女の机を埋めるほどの巨大さを持つ、片刃の大剣。
今回の遠征においては、最大の価値を誇るアイテムであろう、ティエルクレスの隕鉄剣だ。
桁外れの性能を誇るその武器は、今のプレイヤーメイドでは追い付くことのできない代物だろう。
「性能面では、今のトップクラスの武器の五割増し以上。しかも、成長武器のような一点ものではなくて、クエストの報酬として複数回取得可能……まあ、最大評価報酬みたいだからそうそう手に入るわけではなさそうだけど」
「やはり、現状では価値が付けられんか」
「付けようと思えば付けられるけど、今のうちの予算の何割かが吹っ飛ぶわね。それ以上の額で売れば補填はできるけど、それだけの金額を捻出できるクランなんて『キャメロット』ぐらいよ。それでも、屋台骨が傾きかねない出費でしょうけど」
つまり、『キャメロット』に直接売るならギリギリ何とかなるかもしれない、ということか。
とはいえ、アルトリウスも忙しい状況だ。そこまで資金をかき集めている余裕があるかどうか。
高々武器一本に、そこまでするというのもナンセンス――というのは、俺が言うべき台詞ではないだろうが。
「とにかく、それはしばらく貴方が持っていて。情報料は渡すから、それでこのアイテムを量産できる目途が立ったら改めて話をしましょう」
「値崩れするまで待てってか?」
「別に貴方、そこまでお金には困っていないでしょうに。貴方が苦戦するほどのクエストを、普通に攻略できるようになるまでどれだけかかるのかは分からないけどね」
ともあれ、隕鉄剣はしばらくインベントリの肥やしにせざるを得ないようだ。
まあ、状況が許したらアンヘルに貸し出すぐらいならば問題ないだろう。
あいつならば、これだけの武器も問題なく操れる筈だ。
「後は、ティエルクレスの素材関連ね。これも今は手に入らないものだと考えているから、かなり価値は高いわ。それなりに数があるとはいえ、これをすべて買い取るのも中々厳しいわよ」
「と言われても、俺たちも素材だけあっても使わんからな」
「それはそうでしょうけどね。あまりインベントリを圧迫させるのも良くないし、何とかしたいとは思うけど――」
「……ううん、それは買い取ってほしいよ、会長」
と――そんな声と共に、執務室の扉が開く。
現れたのは、俺たちの成長武器を抱えたフィノであった。
珍しく興奮した様子の彼女は、頭上に成長武器を掲げるようにしながら声を上げる。
「それは今後のために絶対必要。少なくとも強化の分は買い取って」
「フィノ? どうかしたの、突然」
「これ見て。姫ちゃんたちも。これは絶対大ニュースだから」
言いつつ、フィノは俺たちの成長武器を机に並べる。
あのフィノがここまで興奮するほどのことだ、相当な強化が施されたのだろう。
そう思いつつ武器の性能に目を通し――思わず、目を疑った。
■《武器:刀》餓狼丸 ★10
攻撃力:90
重量:24
耐久度:-
付与効果:成長 限定解放
製作者:-
■限定解放
⇒Lv.1:餓狼の怨嗟(消費経験値10%)
自身を中心に半径40メートル以内に黒いオーラを発生させる。
オーラに触れている敵味方全てに毎秒0.8%のダメージを与え、
与えた量に応じて武器の攻撃力を上昇させる。
⇒Lv.6:強制解放
餓狼の怨嗟による攻撃力上昇が最大値に到達した状態で、
現段階で蓄積している全経験値ゲージを消費して発動。
五分間の間、全ての攻撃力を大幅に上昇させる。
発動終了後、強制的に成長段階が一段階下降する。
→餓狼呑星
発動残り時間を一分消費して発動。次に行う攻撃のダメージを十倍にする。
残り一分未満で発動した場合、攻撃後に強制解放状態が終了する。
⇒Lv.10:限界突破
強制解放後の成長段階下降を防ぐ代わりに、
蓄積している経験値ゲージを全て消費する。
■《武器:刀》紅蓮舞姫 ★10
攻撃力:86
重量:21
耐久度:-
付与効果:成長 限定解放
製作者:-
■限定解放
⇒Lv.1:緋炎散華(消費経験値10%)
攻撃力を上昇させ、攻撃のダメージ属性を炎・魔法属性に変更する。
また、発動中に限り、専用のスキルの発動を可能にする。
専用スキルは武器を特定の姿勢で構えている状態でのみ使用可能。
→Lv.1:緋牡丹
上段の構えの時のみ使用可能。
斬りつけた相手に周囲から炎が集まり、爆発を起こす。
→Lv.2:紅桜
脇構えの時のみ使用可能。
横薙ぎの一閃と共に飛び散った火の粉が広範囲に爆発を起こす。
→Lv.3:灼楠花
霞の構えの時のみ使用可能。
突き刺した相手に特殊状態異常『熱毒』を付与する。
→LV.4:灼薬
正眼の構えの時のみ使用可能。
全身に炎を纏い、ステータスを向上させる。
→LV.5:朱椿
下段の構えの時のみ使用可能。
周囲の炎を吸収して、HPとMPを回復させる。
→LV.6:火日葵
脇構えの時のみ使用可能。
振り上げと共に放つ火球が大爆発を起こす。
→LV.7:緋岸花
下段の構えの時のみ使用可能。
突き刺した地面を中心に、触れるとダメージを与える炎の華を咲かせる。
→LV.8:火嘆芥子
中段の構えの時のみ使用可能。
相手に纏わり付き、一定時間ダメージを与え続ける赤紫の炎を刃に纏う。
→LV.9:緋桐
霞の構えの時のみ使用可能。
渦上の炎を直線に生み出し、相手を捕えながら高速で移動できる。
→LV.10:紅蓮華
任意の構えから使用可能。
斬りつけた相手の傷口に炎を纏わせ、炎の花を発生させて内側から焼き尽くす。
⇒Lv.6:強制解放
緋炎散華を発動している状態で、
現段階で蓄積している全経験値ゲージを消費して発動。
緋炎散華の専用スキルの威力を上昇させ、クールタイムが全て五秒となる。
また、相手の耐性を無視してダメージを与えられるようになる。
発動終了後、強制的に成長段階が一段階下降する。
⇒Lv.10:限界突破
強制解放後の成長段階下降を防ぐ代わりに、
蓄積している経験値ゲージを全て消費する。
■《武器:短剣》ネメの闇刃 ★10
攻撃力:82
重量:18
耐久度:-
付与効果:成長 限定解放
製作者:-
■限定解放
⇒Lv.1:暗夜の殺刃(消費経験値10%)
発動中は影を纏った状態となり、敵から認識されづらくなる。
また、発動中に限り、認識されていない相手に対する攻撃力を大きく上昇させる。
更に、3秒に一度、1秒前にいた場所に幻影を発生させる。
⇒Lv.3:夜霧の舞踏(消費経験値5%)
《暗夜の殺刃》の発動中のみ使用可能。
周囲に霧を発生させ、敵からの発見率を大幅に下げる。
⇒Lv.5:無月の暗影(消費経験値10%)
《暗夜の殺刃》の発動中のみ使用可能。
2秒間の間だけ体を透過させ、相手の攻撃をすり抜ける。
⇒Lv.7:孤影の毒刃(消費経験値5%)
《暗夜の殺刃》の発動中のみ使用可能。
発動後一度だけ、攻撃を命中させた相手を『致死毒』状態にする。
⇒Lv.9:死境の淵(消費経験値5%)
《暗夜の殺刃》の発動中のみ使用可能。
自身の『即死』付与成功率を上昇させる。
⇒Lv.6:強制解放
暗夜の殺刃を発動している状態で、
現段階で蓄積している全経験値ゲージを消費して発動。
発動後、敵一体を攻撃してから一分間、自身のHPがゼロにならなくなる。
一分経過時、発動中に受けたダメージを十倍にして相手に与える。
発動終了後、強制的に成長段階が一段階下降する。
⇒Lv.10:限界突破
強制解放後の成長段階下降を防ぐ代わりに、
蓄積している経験値ゲージを全て消費する。
「これは……」
「成長段階下降の防止……こんなことができていいの?」
「書いてあるんだからできるんだろうが、まさかこんな効果が生えてこようとはな」
★10という節目、何かしらの大きな強化はあるだろうとは思っていた。
それがまさか、強制解放の無制限化になるとは。
いや、経験値を消費しきってしまうため、一度の戦闘に使えるのは一度だけであることに変わりは――いや、だからこその経験値ジェムか。
しかも、武器性能の低下を大きく防ぐことができるし、再びの強化の必要が無くなる。
これは間違いなく大きな要素だろう――もう一度ティエルクレスと戦う必要もなくなるわけだしな。
「……成程、そういうことね。フィノ、貴方、自分の成長武器をレベル10にするつもりね」
「うん。そうすれば、何度も解放状態での武器作成ができる。多少無茶をしてでも、急いで★10にしないと」
どうやらそれがフィノの目的であったようだ。
フィノの成長武器の解放状態については、詳しい効果までは知らない。
だがそれが、鍛冶作業における強力なバフになることは間違いないだろう。
――それこそ、龍王の素材すらも加工できるほどに。
「……分かったわ。これは、商会にとってもかなりの価値ね。クオン、ティエルクレスの素材についてはすべて引き取るわ」
「金は大丈夫なのか?」
「何とかするわ。それより、一つお願いがあるのだけど」
じっと、こちらの瞳を見つめながら、エレノアは声を上げる。
その目の中に映る色に、俺は思わず背筋が粟立つような感覚を覚えた。
エレノアが本気になった、その事実を感じ取ったが故に。
「とにかく強い魔物の素材を集めてきて。数が多ければ多いほどいいわ。来たら来ただけ、造って売るから」
「……了解だ。俺たちにとっても、これ以上ないほど価値のある仕事みたいだからな」
さて、目的を達したフィノがどのような武器を作り出すのか。
それを知るためにも、この仕事は積極的にこなすこととしよう。