694:怪物の正体
書籍版マギカテクニカ第9巻が11/17(金)に発売となりました。
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俺の指示を受け、シリウスは勇ましく巨大な咆哮を上げる。
化け物の粘液を浴び、体の随所を錆びさせながら、それを修復し――消耗戦に近い戦いをしながら、彼の戦意は僅かにすらも鈍っていないのだ。
押し潰そうと身を乗り出して迫る化け物に対し、シリウスはあえてそれに乗るような形で、奴の下に体を潜り込ませた。
大きさで言えば負けている。重量は――果たしてどうかは分からないが、体格で劣っていることは紛れもない事実だ。
だが、たとえ重さで負けていたとしても、シリウスは決して奴に劣るということはない。
「グルァアアアアアアアッ!!」
下から掬い上げるような爪が、化け物の腹部と思われる辺りに突き刺さる。
踏みしめる地面は爆ぜ割れ、砕け散る。それでも、深々と地面に突き刺さる鋭い爪が、シリウスの巨体を固定していた。
そしてシリウスは、左手でも相手を握り潰すようにその身を掴み、化け物の巨体を両腕で支えながら、まるで背負い投げをするかのように引っ張り始めたのだ。
シリウスの意図に気付いたのか、化け物も腕や触手を使って攻撃を集中させているが、単純な物理攻撃ではシリウスを崩すことはできないだろう。
そして――
「ルォオオオオオオオッ!」
尻尾までもを使って化け物の体を完全に浮き上がらせたシリウスは、相手の体を陸の上にまで強制的に放り投げた。
柔らかい巨体が地面に叩き付けられ、近場にあった倉庫類はまとめて薙ぎ倒される。
その辺りの破損は流石に見逃してほしいところだが、今はそれを気にしている場合ではない。
重要なのは、地に打ち上げられた化け物の体、海中から明らかになったケツだか尻尾だかの辺りのことだ。
この化け物の尻尾部分からは、触手を束ねたような太い紐が伸びており、それが海中にまで続いていたのだ。
具体的な効果までは分からないが、これがあの化け物にとって重要な器官であることには間違いあるまい。
「ティエルクレス、頼む!」
『無論、分かっている! 【瀑斧】!』
例によって粘液を纏っている化け物の一部、俺では一息に断ち斬ることは困難だろう。
だが、ティエルクレスならばその限りではない。空を蹴り上空へと駆け上がった彼女は、大剣を掲げながら流星のように落下する。
それはまるで首刈りの斧、断頭台の如き一撃だ。地へと墜落したティエルクレスは、その落下のエネルギーの全てを刀身へと伝えながら、化け物から伸びる紐を断ち切ったのだった。
『――――ッ!?』
相変わらず声を上げる様子もない。だが、その様子は確実に変化していた。
これまでの泰然とした動きとは異なり、明らかに焦った様子が見て取れたのだ。
どうやら、化け物は海にまで戻ろうとしているらしい。だが生憎と、この場でそれを認めるようなものは一人としていなかった。
「畳み掛けるぞ! 《ワイドレンジ》、【命呪衝】!」
シリウスは全身に錆が浮いているが、それを修復しつつも化け物の体を押さえつけている。その隙に、俺たちは一斉に攻勢へと転じた。
元々化け物の体力は高かったのか、餓狼丸の吸収も既に最大値。俺の攻撃力は、最大限に高まっている状態だ。
これならば、この化け物相手にも十分なダメージを与えられることだろう。
歩法――陽炎。
シリウスの腕によって地面に押さえつけられた頭部、その顔面と思わしき場所へと向けて突撃する。
動きを止められているとはいえ、化け物の体は完全にフリーになったわけではない。
現に、奴の背中から伸びる触手は、俺へと向けて次々と棘を飛ばしてきている状態だ。
狙いが甘いため命中していないが、陽炎に騙されている仕組みは未だによく分からない。
「ま、関係ないがな!」
斬法――剛の型、穿牙。
地面が砕けている上に粘液が零れており、足場は大変に悪い。
だが、エレノアたちの作ったこの靴ならば、悪路であろうとも問題は無かった。
強い一撃と共に放つ、神速の刺突――黒を纏う生命力の槍は、化け物の顔面へと大穴を穿った。
そして即座にテクニックを解除、触手による追撃を避けるために距離を取る。
それと共に今の攻撃の効果を確認し、俺は口元を笑みに歪めた。
(再生が遅い! やはり、あの触手が回復手段だったか!)
海中へと続いていた触手、あれはこの化け物の回復、再生を担っていた器官だったのだろう。
海水か、或いは海底にある何かを吸収する機構であり、それによってあのぶよぶよとした体を回復させていたのだ。
だが、ティエルクレスによって触手を切断されたことにより、コイツは体力を回復する手段を失った。
もしかしたら他にも利用方法があったのかもしれないが、補給路を断った今ならば関係のない話だろう。
「光よ、刃となりて!」
薄暗い空の上、ルミナが掲げる刃に光が点る。
灯台のように輝く光が薄闇を払う中、三つの光が宙を舞った。
最初に動くのは、凄まじい速さで風雨を振り払い駆けるセイラン――否、その背から身を乗り出したアリスだ。
クロスボウから放たれた矢は、化け物の身に突き刺さって赤い紋様を刻み込む。
それと共にセイランの背中から飛び出しつつ繰り出した刃は、不可視の槍を形成して、刻んだ紋様へと傷を穿った。
「クァアアアアアッ!」
そして、アリスが離脱したことにより身軽になったセイランは、その身に黒い嵐を纏いながら突撃する。
放たれる棘は嵐の暴風で逸らし、振り下ろす一撃は雷を纏いながら、アリスの刻んだ弱点を正確に打ち抜いた。
解放された風はまるでドリルのように、アリスの穿った穴を押し広げ、ぶよぶよとした表皮の内側を外へと晒す。
その穴へと向けて放たれるのは、緋真とルミナによる強力な魔法の一撃だった。
「術式解放――!」
「――穿ち、撃ち貫け!」
セイランが広げた傷口へ、二人の魔法は吸い込まれるように収束し、そして爆ぜる。
その衝撃は、化け物を押さえつけていたシリウスの体が揺れるほど。
化け物の背中は焼け焦げ、吹き飛び――その内側にあった、白い体を露わにした。
「ダイオウグソクムシ……?」
一言で言うなら、それは白いダンゴムシのような生物の形状をしていた。
ウミウシのような、ぶよぶよとした表皮の内側には、多数の足を持つ甲羅状の外皮の生き物が収まっていたのだ。
他の化け物もそうだったのか、コイツだけなのかは分からないが――とにかく、これこそがコイツの本体ということだろう。
外皮は相当に分厚かったようで、本体の大きさはシリウスと変わらない程度だ。
【命衝閃】ですら、本体に届いていたかどうかわからないほどの厚さである。
「分かりづらい生態をしやがってからに……だが、これなら攻撃は通るだろう!」
「グルルルルッ!」
本体を確認したシリウスは、外皮を引き剥がさんと爪を差し込む。
化け物の方も自分が王手をかけられたことを理解しているのか、必死に暴れて逃れようとしているようだ。
だが――生憎と、それをするにはあまりにも遅い。既に、詰みの状況なのだから。
「あいつらの魔法を受けて、本体は多少傷がついた程度か……そっちの方が耐久力は高いようだが――」
――刃が滑らないならば、俺にとっては容易い相手だ。
シリウスの体を足場に駆け上がり、本体が露出している部分にまで到達した俺は、未だ残っているアリスの刻印へと向けて刃を振り下ろした。
「――『練命破断』!」
斬法――剛の型、白輝。
強く踏み込みながら振り下ろした一閃は、強固な体をまるで豆腐か何かのように一文字に斬り裂く。
どれだけ強固な外殻であろうとも、内側まで到達する傷があるならば、そこから断ち切ることも容易いだろう。
――他でもない、この化け物を狩ったであろう彼女ならば。
『感謝する。最早、阻むものはない!』
落下してきたティエルクレスが、その大剣を俺の付けた傷跡へと叩き込む。
深々と突き刺さったその刃へ魔力を注ぎ込んだティエルクレスは、突き刺さったままの大剣を順手へと持ち替えながら、ぽつりと小さく呟いた。
『断ち切れ――【破濤】!』
踏みしめた右足が、強固な化け物の外殻を僅かに陥没させる。
魔力を注ぎ込まれた大剣は唸りを上げ――刀身を伸ばした振り上げによって、化け物の体を半ばから断ち切ったのだった。