692:遠き日の悪夢
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レーデュラムに現れた化け物たちは、全て同じ特徴を有した存在であった。
青と黄色の混じった表皮と、それを覆う粘液。見た目こそ異なれど、その性質だけはどれも変わらない。
最も数の多かった通常種は、一言で言えば馬鹿でかいウミウシだったが、この化け物はそれが更に進化したような姿だと言えるだろう。
(こいつは化け物共の親玉か、或いはリーダーのような個体に過ぎないのか――)
生憎、意思は感じれど喋る様子はないため、コイツ以上の戦力があるのかどうかは分からない。
だが、この魔力と威圧感。レーデュラムが滅んだ直接的な原因は、この個体にある可能性は否定できない。
相変わらずの、粘液に包まれたぶよぶよとした体表。だが、大きさはこれまでのものの比ではなく、下半身は海の中だというのに三階建ての家並みの高さがある。
形状は通常種に似通っているのだが、恐らくは背中に当たるであろう部分には落花生のような形の突起物が複数生えていた。
そして、腹の部分からは例の刃の生えた腕がいくつも生えている。
(形状的には芋虫か? いや、だが腕っぽい部位もあるし……分からん、何だコイツは)
真の姿を現した悪魔でももうちょっと分かりやすい姿をしているというのに、何なんだコイツは。
思わず舌打ちをしつつも自身へと強化を施し、俺はティエルクレスに並ぶようにこの化け物の前へと立ち塞がった。
大剣を手にするティエルクレスは、これまでと同じようにこちらを認識し――
『――助力に感謝する』
「……っ! どういう仕組みかは分からんが、ここなら意思疎通は可能みたいだな」
化け物から注意を逸らすことなく、間違いなく俺へと向けてそう口にした。
これまでの映像では、登場人物は俺たちのことを認識しつつも会話をすることはできなかった。
というより、言葉を言葉として認識することができなかったというべきか。まるで白影を使っている時のような、奇妙な感覚だったのだ。
しかし、最後の記憶と思われるこの場所では、ついに彼女と会話することも可能になったらしい。
「ゆっくり話をしたいところだが、そうも言ってられんか……ルミナ! ティエルクレスを援護しろ! シリウスは正面を任せたぞ!」
「お父様は――」
「自分で何とかする!」
正直なところ、この化け物は俺とは相性が悪い。
斬撃系の攻撃がほとんど通用しない以上、俺の攻撃手段の大半が封じられてしまうのだ。
何とかして奴の耐性を突破するか、援護に回るしかない。
幸い、ここではティエルクレスという極大の戦力を味方に加えることができる。彼女をアシストすれば、大きな力となってくれることだろう。
「さて、どうしたもんかね……『練喰牙』」
巨大な化け物は、海の中から身を乗り出すような形でこちらに姿を現している。
半身を持ち上げると、腹の下にある無数の腕がこちらを向くような状態だ。
虫の足じみたその腕が無数に蠢く姿は、ムカデか何かのようで怖気を覚える。
だが、そんな見た目で怯んでいられるような相手ではない。こいつは間違いなく、高位の悪魔に匹敵するような怪物だ。
「グルルルルルッ!」
俺の指示に従い、そんな化け物へと向け、シリウスは正面から戦いを挑む。
荒れ狂う海の雨風をものともせず、本来の大きさへと戻ったシリウスは、強靭な前足の刃を化け物の推定顔面へと向けて叩き込んだ。
その衝撃に、地面を濡らしていた水たまりが吹き飛び、雨風すらも一瞬姿を消す。
だが、相変わらず斬撃のダメージはそれほど通っていないらしく、化け物へはさしたる痛痒は与えられなかったようだ。
それでも、奴の注意を引くには十分だったようで、ティエルクレスへと向けていた意識をシリウスへと向け直したようだ。
それを確認した俺は、横合いから接近しつつ左手に持った短剣を奴の胴へと突き刺した。
「無いよりはマシだが……さて、どうしたもんか」
【命喰牙】に《練命剣》を纏わせたこれは、通常よりも吸収効率が上がっている。
刺しておくだけでダメージを与え続けられる上、こちらも回復できるのだから便利なのだが、相手のHPの総量から考えると大したものではないだろう。
「ガアアアアアッ!」
『……!』
シリウスは、あの化け物と正面から殴り合っている。
斬撃よりも打撃の方がまだ通りがいいと気づいたか、どちらかと言えば拳で殴打するような戦い方だ。
当然、化け物の方も攻撃を受けて黙っているわけもなく、腹から生える腕と刃でシリウスの体を滅多打ちにしている。
が、物理攻撃はシリウスにはそれほど通用はしない。腕に生える刃も、シリウスの体に突き刺さることはなかった。
『真龍か。それも初めて見る種だな……大層なものを従えているようだ』
「お褒めに与かり光栄だが、あいつに任せていても決着はつかんぞ」
『分かっているさ。私も、お前たち任せにするつもりは無い』
シリウスに正面を明け渡したティエルクレスであるが、その戦意は一切衰えていない。
むしろ、隙を晒している化け物に対し、ギラギラとした殺意を滾らせている状態だ。
『感謝する。これで思う存分、この腐れた海の廃棄物共にこいつを届けてやることができる』
語り口は冷静であるのだが、その言葉の中には灼熱の如き怒りが滲み出ている。
そんな彼女の怒りに応えるかのように、手に持つ大剣も魔力を帯びて唸りを上げた。
そしてそれと同時に、俺とほぼ変わらない長身を誇るティエルクレスの体を、複数のスキルエフェクトが包み込む。
一歩、右足を前へ。それと共に、掬い上げるように放った大剣の一閃――それが放たれた瞬間、ティエルクレスの持つ大剣の刃が、文字通り伸びた。
効果はほんの一瞬だけ。しかし、大きく射程を伸ばしたティエルクレスの一閃は、化け物の体ごとその先の海までも断ち割ってみせたのだ。
(魔力を消費して、刀身そのものを伸ばせる能力。その他にも効果はありそうだが……)
しかし、ティエルクレスの強さの本質は、その武器ではない。
彼女を包むスキル。果たして、いくつを並行して発動しているのかは知らないが、それらは全てステータスを強化する類のスキルであると考えられる。
即ち、攻撃そのものは武器の性能と頑丈さに頼り、自分自身の身体能力を極限まで高めることこそが、ティエルクレスの戦闘スタイルなのだ。
業の精密性のため、ステータスではなく武器の攻撃力そのものの上昇に特化した俺とは、似て非なる戦い方だと言えるだろう。
「全く、予想以上の怪物だ」
接近戦のみを評価すれば、ディーンクラッド以上の戦闘能力だと考えられる。
恐るべき実力だが、今は味方だ。彼女の力を無駄にするわけにはいかない。
「ティエルクレス! 無差別に周囲を巻き込むスキルを使う、アンタが離れてから使うが、範囲に気を付けてくれ!」
『構わん! このクソ共を細切れにできるならな!』
力強い返答に思わず笑みを浮かべながら、凄まじい速度で駆け巡るティエルクレスの背中を見送る。
果たして、極まったプレイヤーならばあの領域に達することができるのか。
一番近そうなのはアンヘルや戦刃辺りに思えるが、その辺りは将来に期待することとしよう。
「さて、ティエルクレスが目立ちすぎるとシリウスの頑張りが無駄になる。こちらも張り切らせて貰うとするか」
大きなダメージを受けた化け物は、その原因であるティエルクレスを探し、意識が逸れたその瞬間にシリウスのアッパーを受けて大きく仰け反る。
その間にも緋真とルミナの魔法が放たれ、化け物の体に突き刺さっては爆発を巻き起こしていた。
粘液を浴びているシリウスの体には徐々に錆が浮いてくるが、《自己修復》のスキルによってそれもすぐさま元通りになっているようだ。
とはいえ、あれはMPを消費する。シリウスがガス欠になるよりも早く、あの化け物の息の根を止めなければならない。
故に――
「ゲテモノだが、悪食なお前には関係あるまい――貪り喰らえ、『餓狼丸』!」
俺の言葉に呼応して、餓狼丸の刀身が唸りを上げる。
漆黒のオーラは化け物から生命力を奪い始め――しかし、ただ吸い殺すだけでは芸が無い。
こちらも手札を晒して、この古い悪夢を終わらせてやることとしよう。