689:破局の日
書籍版マギカテクニカ第9巻が11/17(金)に発売となります。
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城はそれなりに大きく、しかも崩れ去っているため通り抜けづらい。
道は所々が瓦礫によって塞がれてしまっているため、裏手へと向かうにも一苦労だ。
まあ、その間に邪魔するものが出現するわけでもないため、通ること自体はそれほど難しいわけではないのだが。
「見事にぶっ壊れてるな。完全に瓦礫の山だ」
「元の形なんて完全に無いですし、何が何だったのかさっぱりですね」
「化け物に襲われて壊されたなら、お宝も残っていそうなものだったのにね」
人間が相手でないなら略奪もされてはいないだろうが、これでは発掘も期待できないだろう。
崩れ去った瓦礫は苔むし、隙間からは草花が生えてきている。
瓦礫というより、小さな山のような様相であった。
具体的な年代は分からないため、果たしてどれほどの時間が過ぎ去ったものなのか、俺たちには想像もできない。
だがそんな遥かな過去を、俺たちは少しずつ辿ってここまで来ているのだ。
「ちょいと遠回りはさせられたが、そろそろ城の裏手だな。まだノイズは聞こえないが」
「他にヒントもなかったですし、合ってるとは思うんですけどね」
「お父様、あちらに池があります」
少しだけ浮いていたルミナが、先を指差しながらそう告げる。
どうやら、俺たちの向かうべき場所はそちらにあるようだ。
「ルミナ、道は続いていそうか?」
「はい、私が先導しますね」
上から状況を確認できるルミナなら、迷わず目的地まで辿り着くことができるだろう。
そうして瓦礫の隙間を縫うように進んだ先、そこには緑色に濁った池の姿があった。
枯れていないところを見るに、地下から水は湧き出しているようなのだが、その量はそれほど多くは無いのだろう。
川となって流れ出すほどの量ではないためか、水は澱み濁ってしまっている。
管理する者のいなくなった水場では、それも仕方のない話だろうが。
「それなりに広いな。あの化け物共は、この池を出入り口に使ったのか」
「位置的には、完全に城の裏側ですね。壁の瓦礫からも、この辺りは出入り口にはなっていなさそうですし……あんまり警戒していなかったんじゃないですかね?」
「完全に無警戒の背後を突かれて、国の中枢まで侵入されたか。それも集団で」
それはどうしようもないと、肩を竦めて溜息を零す。
想定していないような内側からの攻撃、そんなものに対処できるような組織はそうそう存在しない。
たとえティエルクレスという優れた騎士がいたとしても、到底防ぎ切れるようなものではないだろう。
ましてや、彼女はしばらくの間正面で釘付けとなり、後方からの攻撃に気付いていなかった。
その間にどこまで攻撃を受けたのかは不明だが、致命的なロスであったことは間違いないだろう。
「ふむ……とりあえず場所はあっていそうなものだが、ノイズは聞こえないな」
「他に水場っぽいところも無いですしね。でも、聞こえないってことは別の場所なんでしょうか?」
「今更他の場所を探すっていうのも違和感があるわね。何か見逃しているのかしら?」
「『嘆きの記憶』のナンバリングはきちんと順番になっていたから、少なくとも城の前までは見逃さずに来れていたはずだ」
あそこまでの道順は正しい。なら、順当に次のスポットを探せばそれで解決するはずだ。
まあ、それがどこだか分からないから困っているのだが。
「とりあえず、近くを探索してみるか。他にヒントもなかったからな」
「城の裏手の方って情報だけでしたからね」
実際に裏手なのか、または裏手に向かう途中で何かがあったのか。はたまた、俺たちが何かしらの見落としをしているのか――
他にヒントになりそうな情報が無い以上は、この辺りを探索する他に道はない。
「ここで化け物たちに城まで侵入されてることに気付いて、城の中に入ったとか?」
「城が崩れていないならそちらを探索するのもアリだったが、こりゃ流石に無理だろう」
緋真が口にした可能性は俺も考えていたが、生憎と崩れ去った城の中を探索するような方法はない。
過去の記憶の中で探索できたとしても、こちらに戻ってきたら瓦礫の上に放り出されることになる。
下手をしたら瓦礫に埋まる可能性もあるし、そちらで記憶を閲覧するということはないだろう。
だが逆に言うと、城の中の記憶は見ることができないということになる。
であれば、城を護るために動いていたティエルクレスは、果たしてどこに向かったというのか。
「グルル?」
「お父様、シリウスが何かを見つけたようです」
「おん? どうした、何があった?」
思いもしなかった形での呼びかけに、思わず眼を見開きながらルミナの方へと歩み寄る。
彼女の傍にいたシリウスは、その巨体を伏せるようにしながら地面に鼻先を近づけていた。
それほど大きくはないサイズの瓦礫。どうやら、その下に何かが埋まっているようだ。
「その瓦礫の下、地面の感じがちょっと違いますね」
「地下への入り口、かしら?」
「退かしてみればわかることだ。シリウス、その瓦礫を横に動かせ」
「グルッ」
瓦礫と言えど、生ける重機の如きシリウスにはちょっとした障害物に過ぎない。
巨大な手で瓦礫を掴んだシリウスは、あっさりとそれを持ち上げ横に移動させてしまった。
細かな瓦礫は残っているが、この程度は障害にはなり得ないだろう。
ともあれ、そんな瓦礫の下から現れたのは、地下へと続く階段であった。
「地下なら残っている可能性があるとは思っていたが、本当に地下室があろうとは」
「どうやって作ったかはともかくとして、ティエルクレスは本当にこっちに向かったのか?」
「……城が襲われてる最中にこっちに行ったのなら、確かに違和感があるわよね」
表で戦っていたティエルクレスの様子からして、襲撃されている城を放置して地下に向かうものだろうか。
もし次なる記憶がこの先にあるならば、果たして彼女に何があったというのか。
そして、あの化け物共が地下に向かった理由も。
「分からんことだらけだが……気になることは事実だな。気を付けて進むぞ。シリウスは小さくなっておけ」
「グルッ」
「お父様、照明は私が」
ルミナが生み出した光の魔法で周囲を照らしつつ、地下へと侵入していく。
さて、この先に何があるのか――いや、何があったのか。
徐々に聞こえ始めているノイズが、この先にその答えがあることを如実に示していた。
「狭いな。この場で戦闘になるのは正直困るんだが」
「一人ならともかく、二人で並んで戦うのはちょっと厳しそうですね」
地下へと続く階段、そしてそこから続く廊下は、石材で補強されている頑丈な通路だ。
だが、人が二人並んで歩くのが限界程度の広さであり、戦闘を行うとなった場合はどう考えても幅が足りない。
この広さでは、餓狼丸を振るうことも制限されてしまうだろう。まあ、扱えないわけではないのだが。
しかし、その懸念の反面、この道が正解であることは確かなようだ。
僅かではあるが、ノイズが耳に届き始めている。次なる過去の映像は、この先にあるということで間違いないらしい。
「……アリス」
「大丈夫、罠の類は無いわ。少なくとも、今も稼働している物はね」
「音的には、もっと真っ直ぐ行った所みたいですね。そこの部屋とか、ちょっと気になりますけど」
廊下はまだ先に続いているが、右手側には部屋へと続く扉がある。
過去の映像とは直接は関係ないだろうが、こうして形を留めている施設自体が貴重だ。
何かしら、過去に関する資料が残されている可能性も否定はできない。
「とりあえず、扉にも罠はないわね。開けてみる?」
「そうだな。何か情報になるものがあればいいが」
出入口が瓦礫で塞がれていたため、あまり空気は通っていなかった。
密閉されていたというほどではないが、ある程度風化は防げていたことだろう。
そのため、多少は資料が残っていることも期待できる――そんな考えと共に押し開けた扉の中は、雑多に物が積み上げられた倉庫のようであった。
「ふむ……日用品が大半だが、よく分からん道具も多いな」
「こっちは薬の作成用の道具ね。だいぶ劣化してるけど」
「そこは仕方ないんじゃないですか? こっちにあるのは《錬金術》系のクラフト道具ですね」
「成程、研究施設のような場所だったのか」
何を研究していたのかは知らないが、国なのだからそういう施設もあるだろう。
外に通じる抜け道辺りかと考えていたのだが、これは思わぬ収穫だった。
尤も、風化していないとはいえ経年劣化の進んだ道具ばかり。金銭的な意味での収穫はほぼ無いようだが。
そう思いながら開いた机の引き出し――そこには、束ねられた羊皮紙が収められていた。
劣化に強い羊皮紙ではあるが、インクはその限りではない。かなり文字は薄れてしまっているが、それでも机の中に入っていたためかなり劣化を抑えられているようだ。
『港――の、報告――漁船が、――――を引き揚げ――』
『――――未知の物質――の性質、強力な――』
『驚異的――――レーデュラムの、新たな時代の幕開けとなる日だ』
最後だけやたらと力強く書いたからか、そこだけは読みやすく残っていた、そんな書類。
端々の単語しか拾うことはできなかったのだが、何となく何が起こったのかを読み取ることはできた。
恐らくは、漁船が偶然引き揚げた何か。持ち帰ったそれを研究し、国の発展に利用できると考えたのだろう。
そして恐らくは、それこそがあの化け物共を呼び込むきっかけとなった――これは想像でしかないが、あながち間違いでもないだろう。
「新たな時代の幕開けか……とんだ破局を呼び込んだものだな」
さて、俺の考察が正しいのかどうか――その答えを探るためにも、更に奥へと進むこととしようか。