688:残影
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驚くべきことに、というべきか――先程までと同じように踏み入れた過去の映像の中には、想定外の光景が広がっていた。
城門を破って城へと突入した無数の化け物たち。それらは、俺たちが手を出すまでもなく、細切れに斬り刻まれていたのだ。
あの斬撃をあまり通さない体であるにもかかわらず、その体は正面から真っ二つに斬り裂かれている。
溶ける前の死体は鋭利な刃で斬り裂かれたというより、強引に引き千切ったような斬撃痕だったが、どちらにしろ普通では考えられないような戦闘が行われていた。
「成程、あれが噂の騎士団長様か」
「うわぁ……先生とは別方面でとんでもないですね」
防御力よりも動きやすさを重視したようなボディアーマーと、その上に纏ったコート状の外套。
燃えるような赤い髪を靡かせる、長身の女騎士――恐らくは、あれこそがティエルクレスだろう。
彼女は身の丈ほどもあるような、巨大な片刃の大剣を軽々と振り回しながら、並み居る化け物たちを次々と引き裂いていたのだ。
粘液を突破しているのは果たしてどのような仕組みなのか、それは気になったが、生憎と確かめているような場合ではないだろう。
「あまり必要は無さそうだが、手助けはするぞ。残党処理だ」
「もうちょっと早い時点から映像が始まれば、色々見れたかもしれないのにね」
「何がどうなってるのか、さっぱりですね……雑魚しか残ってないですし」
緋真の言う通り、周りに残っているのは通常の化け物ばかりだ。
大型種の姿や、例の人型の姿も全く見当たらない。この程度の相手ならば、ティエルクレスは容易に屠ることができるだろう。
とはいえ、それをただ眺めているだけというのも趣味が悪い。残党の処理ぐらいならば手伝ってもいいだろう。
俺の言葉に従い、全員で散開しつつ化け物の駆除に当たる。数も大幅に減らされている通常種など、物の数ではないのだ。
(……だが、それにしても数が少なすぎる)
疎らに城へと向かって行くだけの化け物は、先程門の前に殺到してきていた数と比べると明らかに少ない。
奴らの死体は溶けるように消えてしまうため、ティエルクレスがここまでどれだけの数を倒したのかは分からない。
だがとてもではないが、襲ってきた化け物の密度は、こんなものとは考えづらかった。
「《奪命剣》、【呪衝閃】」
ゴムのように伸びる槍で二匹の化け物をまとめて貫きつつ、周囲へと視線を走らせる。
だが、追加の化け物が潜んでいるような様子も、例の人型の視線も感じない。
一体、あれほどの数の化け物が、何処に行ってしまったというのだろうか。
この程度の数でティエルクレスを押し切れるとは思えないが、しかし事実としてこの国は滅びてしまっている。
何かがあったと考えるのが自然だろう。
「分からんが、とにかくこいつらを片付けるか……《練命剣》、【命衝閃】」
通常種とはいえ、やはり斬撃は通じづらい。
俺にとっての有効な攻撃手段は、【命衝閃】と【呪衝閃】、それから【咆風呪】ぐらいなものだろう。
こいつらの厄介な点は、物理だろうが魔法だろうが、とにかく斬撃属性の攻撃を軽減してしまう点だ。
例え呪文によって攻撃属性を魔法にしていたとしても、斬撃攻撃ではほとんど通用しないのである。
だが、ティエルクレスはそれをものともせずに魔物のことを引き裂いている。果たしてどんな仕組みなのかと観察していると、彼女の持つ武器が魔力を纏っていることに気が付いた。
(レア装備、だったか? あれの類か)
特殊なクエストなどで手に入る、成長武器と性質の近い特殊武装。
固有の特殊能力を持っており、また武器強化によって性能を高めることのできる、強力なアイテムだ。
とはいえ、それらが手に入るようなクエストはどれも高難易度であり、持っているプレイヤーもそこまで多いというわけではないらしいが。
それに、オンリーワンの性能を持っている成長武器の方が人気としては高いらしく、そういった武器の持ち主はそれほど見かけたことはなかった。
(武器の性能もあるが、本人の技量も凄まじい。あれだけ武器を振り回してるくせに、まるで隙が見出せんとはな)
巨大な武器を振るっているティエルクレスであるが、その動きには切れ目がまるで存在しない。
武器の重さすらも利用して体を移動させ、次なる攻撃への布石としているのだ。
その戦い方はまるで竜巻だ。途切れることなく振るわれる大剣の攻撃は全てが必殺、更にはそこに特殊な効果まで付与されている。
成程確かに、カエデが絶賛するほどの実力であるらしい。こうして見えている一端だけでも、彼女の実力の高さは納得できるものであった。
同時に――果たして、彼女がどのように命を落としたのか、この光景からだけでは見出すことができない。
「……まだ、この先がありそうだな」
化け物を殲滅して武器を降ろし、ティエルクレスの姿を見つめる。
これまでの映像と同じように、こちらを認識している気配はある。
しかしながら、彼女はこちらを確認することもなく、そのまま城の向こう側へと向けて走って行ってしまった。
焦っている様子だったが、やはり戦場はここだけでは終わらなかったのだろう。
「どんどん敵が強くなっていったから、もっとヤバいのが出てくるかと思ってたんですけど……拍子抜けでしたね」
「ティエルクレスのお披露目だったんでしょうね。その分、彼女の強さも見せ付けられたけど」
「ああ……正面から戦うと結構きつそうですね」
緋真の言葉通り、ティエルクレスと正面切って戦うのはかなり厳しいだろう。
果たして、ボスとして出現する彼女がどのような状態なのかは不明だが、俺でもかなり苦戦は免れない。
だが、それと同時に楽しみでもあった。あの嵐のような剣戟を掻い潜り、刃を交えるその瞬間は、何物にも代えがたい財産となるだろう。
「ティエルクレスについては後のお楽しみだ。それよりも、まずはここの記憶だな」
「この状況なら、恐らくはティエルクレスの記憶なんでしょうね」
先ほどティエルクレスが戦っていた場所、そこにはこれまでと同じような結晶体――『嘆きの記憶』が転がっていた。
確認すれば、ナンバリングは予想通りの番号で、見る順番としても間違っていなかったことが分かる。
だが今回の結晶体は、これまでとは違い燃えるような赤い色をしていたのだ。
ただ赤いというより、燃えるような刺々しい印象を受けるそれ。名前こそ『嘆きの記憶』だが、俺にはこれが怒りの記憶であるようにしか見えなかった。
「……ティエルクレスの記憶か。これから戦う相手の内心なんぞ、覗くものではないとは思うんだがな」
小さく溜め息を吐き出して、紅の結晶体を拾い上げる。
瞬間、頭の中に響いたのは、煮えたぎるような怒りの混じる言葉であった。
『突然現れただと!? どうなっている!』
『おのれ、薄汚い化け物共がッ!』
『砕け散れ、ここから先へは一歩たりとも進ませはしない!』
『水を使った転移……しまった、裏手か――』
これまでのものとは違い、未知の敵を前にした恐れや戸惑いの色はない。
そこにあったのは、ただ己の国を侵略されたことに対する怒りの声だった。
どうやらティエルクレスは城にいたらしく、だが敵がここに来るまで状況を察知できなかったようだ。
彼女の実力を抜きにしても、その状況自体が不自然なものに感じるが、果たして何か事情があったのか――そのヒントとなるのが、最後の声であるだろう。
「水を使った転移か。奴らが突然現れた仕組みはそれってことかね」
「この辺りに敵が少なかったのは、あそこの噴水を使ったってことでしょうか?」
「可能性としてはあり得るな。相変わらず奴らの目的は分からんが、手札の一つは知ることができたか」
さて、ティエルクレスは城の裏手側へと向かって行ったようだ。
水に関して心当たりがあるということは、池か何かが裏手側に存在しているのだろう。
今も残っているのかどうかは分からないが、ここはティエルクレスの後を追った方が良さそうだ。
「ティエルクレスも出てきたことだし、そろそろ真相に近付いて欲しいところなんだがな」
「次辺り城を落とされてそうだし、何か分かるんじゃないかしら?」
「身も蓋もないですけど、過去の映像ですからねぇ」
奇襲を受けて国の中枢に攻撃を受けているのだから、全体が混乱していたとしてもおかしくはない。
こうなってしまえば、訓練を受けた軍隊とて烏合の衆だ。
今のところほとんど意思は見えていないが、化け物共は中々に狡猾だったのかもしれない。
機械的な動きでそれを隠蔽していたのだとしたら、本当に恐るべき相手だが。
「……先に進むか。何が起こったのか、いい加減知りたいところだ」
ティエルクレスの戦いが、どのような結末を迎えたのか。
その答えを見るために、城の裏手へと足を向けたのだった。