687:記憶が示す過去
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「……結局、最後まで現れなかったか」
全ての大型種を倒したところで、過去の映像は終了となった。
後続の通常種はまだまだ存在していたのだが、奴らとは戦うことなく終わりとなってしまったのである。
まあ、際限なく戦い続けるのも困るし、大型が無ければ外壁を破壊されることもないだろう。
――尤も、あれは過去の映像であり、ここでどのような戦果を出しても意味は無いのだが。
(それにしても……さっきの奴は、一体何だったんだ?)
先ほど、ほんの一瞬だけ見えた、人型の化け物。
大型種の陰に隠れ、ほんの一瞬だけしか見えなかったため、見間違いではないかと言われても否定はできない。
しかしながら、あの人型の化け物からは、こちらに注意を向けている意識が感じ取れたのだ。
過去の映像における人々と同じように、ただこちらを認識しているだけとも取れるのだが、そうだとしても他の化け物たちと比べて明らかに意思が強かった。
俺たちを殺そうという、確かな殺意を感じ取ることができたのだ。
尤も、その割には最後まで姿を現さなかったわけだが。
(異質ではあるが、他の化け物と同種ではある。だが、単純にこちらへと襲い掛かってくるだけではない、か)
正直なところ、不明な部分が多すぎる。
しかしながら、ここにきて得られた新たな手掛かりではあるのだろう。
果たして、本来の歴史においては、あの人型の化け物はこの場で何を成したのか。
そして、その後どのような経緯から、あの外壁は破壊されてしまったのか。
それを紐解く手がかりは、『嘆きの記憶』に眠っていることだろう。
「お父様、ありました。残留思念の結晶体です!」
「今更ながら、『嘆きの記憶』ってそういうものだったんですね」
プレイヤーではないルミナは、拾い上げてもその影響を受けないらしい。
堂々と掲げながら飛んで来たルミナの発言に、緋真は感心した様子でそう呟いた。
まあ、これについては俺も驚きというか納得というか、緋真の言葉と同じく『そういうものなのか』という感想だったが。
「残留思念ねぇ……まあ、残留思念が歩き回ってるのがここのボスなんだから、そういうのもあるわよね」
「襲い掛かってくるのと、結晶体になって転がってるの、どっちが自然なんだろうな?」
少々気になり、結晶を持っているルミナの方へと問いかけてみる。
あまり世界観について詳しく調べているメンバーはいないため、その辺りの知識があるとしたら彼女ぐらいなのだ。
俺の質問に対し、ルミナは手の上の結晶体を示しながら声を上げた。
「残留思念がゴースト系統の魔物になることは、よくあるとまでは言いませんが珍しくはない事象です。ですが、結晶という形で物質化するほどとなると、長い年月と土地の条件などが重なると思います」
「年月については納得だが、土地の条件ね。ここが特殊な土地っていうのは、ティエルクレスを抜きにしても由来があったってことか」
とはいえ、クエスト内でそれに関する話が出てこなければ、特に気にしなくてもいい要素なのだろうが。
ともあれ、まずはここの記憶を確認してみることとしよう。
そうすれば、この後に向かうべき場所のヒントが見られるはずだ。
頷きつつ結晶体を受け取り――瞬間、ある筈のない声が弾けた。
『何だこの数は!? 一体、どうなって――』
『矢を射かけろ! 奴らを近づけさせるな!』
『でかいのが来るぞ! もっと矢を放て!』
『畜生……奴ら、城へ向かって――』
毎度の如く、要領を得ない言葉の群れ。
一つだけわかったのは、この外壁と門を破壊した化け物たちが、今度は城へと向かって行ったという点だけだ。
次なる目的地が判明したのはいいことなのだが、行き先が城というのは中々困る。
何かしらあるだろうとは予想はしていたのだが、既に崩れて土台しか残っていない城の何処を探せと言うのか。
悩ましくはあるのだが、とりあえず行ってみないことにはなにも始まらない。
「城ねぇ……さて、どうしたもんか」
「見事に崩れてますもんね」
城に向かうこと自体は、そう難しくはないだろう。
問題はどこを探索するかだが――とりあえず、行ってみれば何かしらわかる可能性は高い。
これまでも、指定されたエリアに向かえば過去の映像を発見できたのだ。
とりあえずは城に近付いてみて、映像が発見できればそれで解決するだろう。
見つからなかったその時は、虱潰しに歩き回ってみるしかないだろうが。
ひとまず真っ直ぐと、城の跡地へと向けて歩き出しながら、改めて抱いた疑問を仲間たちへと向けて投げかける。
「やっぱり、あの化け物共の動きには指向性があるな」
「さっきの音声だけのはともかく……あの群れでしたからね。示し合わせたように城に向かって行ったのは事実なんでしょう」
「話の流れ的にも、城にある何かが目的だったんでしょうね」
予想に過ぎない話ではあるが、おおよそ間違ってはいないだろう。
あの化け物たちは、このレーデュラムの城にある何かを手に入れるために、大挙してここまでやってきたのだ。
さて、であればその『何か』とは何なのか。
結局は想像の域を出ないため、何を考えたところで勝手な想像にしかならないのだが。
「しかし、あの生物味のない化け物共に、共通の目的ね……そんな示し合わせて動くほどの知能があるのか、あれは?」
「そうは言っても、実際に固まって動いていたわけじゃないですか」
「その通りなんだよな……指示を出してる奴がいるのか、ってところか」
思いつくのは、先程見かけた人型の化け物だろう。
あれについては、他の化け物とは違い、何かしらの意思があるように感じられた。
尤も、目の前で相対したわけではないため、詳細までは全く不明なのだが。
「海から現れた化け物が、目につく限りの人々を殺しながら一直線に城へと向かった。そこで目的を果たしたとして、その先はどうなったのかしら?」
「素直に海に帰ったのか、はたまた可能な限り殺し続けたのか。どっちにしろ、記憶で見られないなら確かめようもないな」
今のところ、見ることができているのは襲われている最中の光景だけだ。その後がどうなったのか、全くの不明なのである。
まあどちらにせよ、結末は碌なものではないだろうが。
小さく嘆息を零しつつ、大きめの瓦礫を避けながら先へと進む。
恐らくは貴族たちの住まう街だったであろう、この外壁の内部。恐らくは大挙して押し寄せた化け物共に踏み潰されたのだろう、形を残している建物はほとんど存在しない。
特に、襲撃を受けていたこの門の側などは顕著なのだろう。
(化け物に道理を説いたところで意味は無いが、酷いもんだ)
非戦闘員を狙わないなどという、理性も道理も働くような相手ではない。
奴らは区別することなく、人々を殺し続けたことだろう。
それは、奴らにどのような事情があったとしても、赦されることではない。
――そのように憤ったところで、最早意味は何も無いのだが。
(ティエルクレスは、そんな思いだったのかもしれんな)
或いは、それを知ることこそが、このクエストの本質なのかもしれない。
この国の騎士団長だったティエルクレスは、あの光景を目にして何を思っていたのか。
その感情は、筆舌に尽くしがたいものだろう。口が裂けても、それを理解できるなどと言うことはできない。
だが、それでも――その一端程度であれば、俺も知っているつもりだった。
本来であれば美しかったであろう、巨大な噴水広場を通り抜けて、その先へ。
見えてきたのは、崩れ去った外壁に包まれたエリアだった。
「ん……クオン、ここから先が城の敷地になるみたいよ」
「見事にぶっ壊されてるな。数の暴力だけじゃない、何かしら火力のある攻撃を出せる奴もいたんだろう」
「じゃないと、城を全部破壊するなんてことはできないですしね。あ、でも徐々に風化して崩れた可能性もありますよ?」
「それもあり得るだろうが、奴らと戦わされてる身としては、最悪の可能性を考えておいた方がいいからな」
何しろ、記録の中とはいえ、あの化け物共と戦わなければならないのだ。
奴らにそのような攻撃手段があるならば、詳細は分からずとも覚悟しておかなければ対処しきれないかもしれない。
不気味な、あの人型の化け物。奴がどのような攻撃手段を持っているのか、全くの謎なのだから。
「そら、またすぐに戦わなくちゃならなくなる。とんでもない攻撃をされるかもしれんのだから、あらかじめ覚悟しておけよ?」
既に、耳にはあのノイズが届いている。
位置からして、城の敷地内。既に本丸まで攻め込まれている状況ということだ。
どんな攻撃が飛んでくるかも分からんし、気を引き締めてかかるとしよう。