686:レーデュラム北部
書籍版マギカテクニカ第9巻が11/17(金)に発売となります。
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一度中央部まで戻り、北部へと向けて移動を始める。
この街はレーデュラムの首都であっただけに、為政者が暮らしていたであろう城の跡地は存在している。
場所としては北側寄りの立地だが、普通に通る分にはそこを避けて進むべきなのだろう。
だが、既に街は崩壊し、城を囲っていたであろう外壁も破壊されてしまっている。
正直なところ、周囲の瓦礫と混ざってしまっているため、どこが境目だったのかもよく分からないほどだ。
「……諸行無常だな」
「コメントしづらい感想ね」
「見慣れたようで、そうでもない光景なんでな。ここまで風化した廃墟ってのは初めてだ」
破壊されたばかりの街並みなら、幾らでも目にしてきた。
爆風に抉られ、薙ぎ倒された建物。立ち上る黒煙と炎、真新しい悲劇の痕跡。
嫌というほど目にして、そして踏み越えてきた光景だ。
だが、この街にあるものは、その上に時間というフィルターが覆いかぶさっている。
遠い過去の記録。現実味を薄れさせるほどの時間の流れ――愉快な気分でないことは確かだが、それでも多少はマシであった。
(相手が悪魔じゃなかったっていうのも一つの要因ではあるが――それはそれで、気になることがあるんだよな)
これで、街を滅ぼしたのが悪魔であったなら、あの戦争の光景の焼き増しであっただろう。
そういう点では気分的にも少しマシではある。しかしその一方で、この街を滅ぼした化け物の目的が見えてこない点が腑に落ちないのだ。
「……何故あの化け物は、この街を狙ったんだろうな」
「さあ……? むしろ、今それを調べてる最中じゃないですか」
「いや悪い、言い方が違ったな。何故、この街――この国以外を狙わなかったのか、だ」
俺の言葉に、緋真はきょとんとした表情で首を傾げる。
化け物の目的が分からない――それは先ほどから何度も口に出している疑問だ。
業腹だが、悪魔の目的は分かりやすい。奴らはリソースを得るために人間を襲い、その存在が持つエネルギーを吸収している。
それは奴らがMALICEという存在であるが故の性質であり、ここを襲った化け物には当てはまらないだろう。
尤も、過去のことをそこまで調べたわけではないため、本当にここしか襲われなかったのかどうかは不明なのだが。
「今もあの化け物共が存在しているなら、何かの拍子に現れたとしてもおかしくはない。だが、現状であいつらに横槍を入れられるわけにはいかない」
「原因さえ分かっていれば、それを避けることもできると」
「分かっていてもどうしようもない、という可能性もあるにはあるが……それでも、知っていれば対策はできるし、逆に何かに利用することもできるだろうさ」
その辺りも含めて、果たして真相は明らかになるのかどうか。
今のところは、現場で戦っていた者たちの記憶ばかりで、真相に繋がるような情報は出てきていない。
そろそろ、何かしらの手掛かりが欲しいところではあるのだが――
「……そういう意味では、ここから先は何かしら手掛かりがありそうだな」
「城ってことは、行政区ですしね。敵の数は少ないかもしれないですけど、手がかりは多そうな感じですし」
「けど、壁も破壊されてるわよ? 城も崩れてるし、中は調べられないんじゃない?」
「確かにな。土台は残ってるが、後は殆ど瓦礫の山だ」
屋外であれば何とかなるだろうが、建物内の情報は殆ど得られないだろう。
とはいえ、このエリアにも何かしらの情報が眠っている可能性は高い。
少しでも形を残している建物を探してみるか、或いは埋まっていない地下室でも探索するか。
とはいえ、このエリアはそこまで広いわけではない。ランドマークを巡るだけならば、そこまで時間はかからないだろう。
「まあいい、とりあえず中に入って、探せる場所は虱潰しだ。幸い、敵は襲ってこないからな」
「件の騎士団長様はどうしたのかしらねぇ」
「あっさり出て来られてもそれはそれで困るが……一切姿を見せに来ない、というのも中々怖いもんだな。足を踏み入れたものに対して、問答無用で襲い掛かってくるんじゃなかったのか?」
「私たちがこの国の味方をしてるから、とか? まあ、過去の映像ですけど」
ふむ、と首を傾げる。過去の映像、『嘆きの記憶』――それは果たして、誰の記憶だ?
だが、その疑問を口に出すよりも早く、俺の耳にノイズが響いた。
「っと、先に道案内が来てくれたか」
「中に入ったら突然ですね。やっぱりこっちが順路だったのかな……」
「あっちかしら、外壁の瓦礫の中」
今回は歩いている内に遭遇するというより、エリアに入った途端に出現した印象だ。
この過去の映像は、外壁の内部からでなければならなかったということか。
ともあれ、考察は後でいい。今は、このノイズの元――過去の映像を、確かめなければならないのだから。
崩壊した外壁の方へと近付くほどにノイズは強くなり、また視界もちらつき始める。
やがて俺の視界に広がったのは、目の前に聳え立つ外壁だった。
「ま、そうなるだろうな……ルミナ、セイラン、シリウス! お前たちは上から行け! 人間を巻き込むなよ!」
「はい、お父様!」
威勢よく頷く翼を持つ者達は、空へと舞い上がり壁の向こう側へと向かう。
それを見送りつつ、俺たちは《立体走法》などを用いて壁の上へと駆け上がった。
立ち並ぶ弓を持った兵士たちの映像、彼らはこちらを認識しながら、しかしこちらに話しかけてくることはない。
その奇妙な不気味さを感じながらも壁の向こう側を覗き込み――思わず、絶句した。
「おいおい、これは……」
「何なんですか、この数?」
そこには、地面を埋め尽くすほどの化け物の群れ。
大型を含めた、大小さまざまな化け物が、敷き詰められたかのように並んでいたのだ。
兵士たちは、必死に矢を放ちながら抵抗を続けているが、その侵攻を押し留めることはできていない。
弓矢という武器は、金属を錆びさせるあの化け物には多少相性がいいだろうが、それでも限度というものがあるだろう。
矢の数は、決して無限というわけではないのだから。
「ちッ……遠慮なく魔法を使え、ポーションはあるから惜しむ必要はない!」
「勿論ですよ、こんなのマトモに相手なんかしてられません!」
魔法の詠唱を始める緋真やアリスの様子を横目に、俺は眼下の様子を観察する。
ルミナやセイランも遠慮なく魔法を放ち、それらが着弾する中でシリウスは当たるを幸いとばかりに暴れ回っている。
本当ならブレスを放ちたいところだが、拡散型となったシリウスのブレスをここで放つわけにはいかない。
幸い、奴らの体液ではシリウスの体は殆ど錆びることはない。多少は影響があるようだったが、簡単に修復できる程度の被害だった。
「一体何がどうしたら、ここまで大量の化け物が集まってくるんだか……《ワイドレンジ》、『命風呪』!」
《練命剣》の力で威力を底上げし、更に射程を伸ばして【咆風呪】を放つ。
僅かに金色の光の混じった黒い風は、地を舐める様に前方へと広がり、化け物たちを飲み込んでいく。
近距離にいた化け物たちはそれだけで干からびるように消え、遠くにいた化け物たちも大きくその体力を削られる。
そこにすかさず放たれた緋真の魔法が、残っていた化け物たちを吹き飛ばして燃やし尽くす。
「強くはない、が……何だってここまで集まってくる?」
「この先に何かあるんじゃないの?」
「……やはり、その線かね」
ちらりと、後ろに視線を向ける。
未だ、形を保っていた街の城館。果たして、このエリアに何が眠っていたというのか。
だが、まずはこの化け物共を片付けなければならないだろう。
「距離の余裕はできた、降りるぞ」
「大きい奴を潰しに行きますか!」
厄介なことに、ここにはそれなりの数の大型種が存在している。
強化したとはいえ、【咆風呪】だけで何とかできるような相手ではないのだ。
雑魚は範囲魔法で片付け、大型種は自分の手で片付けねばなるまい。
歩法――陽炎。
餓狼丸に生命力を集中させながら駆け抜け、こちらへと振り下ろされる鎌の一撃を回避する。
奥にはまだまだ小型の敵が山ほどいる。時間をかけていると、またも余計な連中に邪魔をされることになるだろう。
「《練命剣》、【命衝閃】!」
斬法――剛の型、穿牙。
巨大な化け物に肉薄し、形成した生命力の槍でその顔面を貫く。
がくりと揺れた化け物は、そのまま溶けるように消滅し、俺はすぐさま次の獲物へと取り掛かかろうとして――ふと、視界の端に妙なものを捉えた。
(――何だ、あれは?)
攻撃目標を次へと移動させる、ほんの刹那の間。
僅かに視界の端を過っただけのそれは、俺の見間違いでないなら、人型の化け物であると言えただろう。
化け物の群れの向こう側、ほんの僅かに見えただけのそれ。残念ながら、それを改めて確認する時間はなかった。
「クソ……分からんことが多すぎる」
悪態を吐きながら、一匹ずつ化け物を殺して回る。
――残念ながら、それらを全て片付けている間に、人型の化け物を再度確認することは叶わなかった。