684:過去の断片
崩壊しているレーデュラムの街であるが、その大きさは中々のものだ。
元が海に面した国であったということだし、そこそこ栄えてはいたのだろう。
今は見る影もないこの光景であるが、隅々まで探索をしようとするとかなりの時間を要してしまうだろう。
つまり、ノーヒントで過去の映像を探そうとするのは困難だということだ。
「たぶんですけど、全部集めると何かしらあると思うんですよね、これ」
「『嘆きの記憶』を、か。確かに、ナンバリングされてるぐらいだから複数あるのは間違いないが、それを全部か?」
「わざわざクエストになってるぐらいだし、ありそうではあるわよね」
どうやら、緋真の考えにはアリスも賛成であったようだ。
今まであまり探したことはなかったが、クエストはその経過によって結末が異なるものがあるらしい。
大抵はクエスト内での行動や、そこで見つけたアイテムなどが絡んでくるらしいが、このアイテムもその類だと考えているのだろう。
そう言われれば、そういう可能性も十分に考えられる。問題は、それを探す手段が少ないということぐらいだが。
「闇雲に探すのも難しいな……アリス、さっき見つけた時、何かしら痕跡はなかったか?」
「直前で魔力の異常は感じたけど、それぐらいね。近付いたら分かるかもしれないけど、辿れるような痕跡は見当たらなかったわ」
「だよなぁ……結構な難題だな、こりゃ」
今のところヒントになるのは、先ほど手に入れた記憶の中で聞こえた声ぐらいだ。
東の方と言っていたが、それぐらいしか当てになる情報が無い。
もしも標的を見逃してしまったら、探すのには相当苦労することになるだろう。
全ての記憶をコンプリートするとなると、その難易度は大きく高まる筈だ。
「とりあえずは東に行くしかないが……さて、どうしたもんかね」
「一応地図には、元々何があったのかは描かれてるみたいですし、いざとなったらこれを巡ってみたらいいんじゃないですか?」
「時間はかかりそうだが、それぐらいしかないか。ランドマークなら何かしら起きる可能性は高いしな」
緋真の提案には溜め息を零しつつも同意し、大通りを進む。
その言葉の通り、このエリアのマップには、『○○の跡地』といった名称のランドマークが点在している。
そういった場所ならば、何かしらのイベントが発生する可能性は十分にあるだろう。
手が無くなったら、そういった場所も探してみることとしようか。
「しかし、何なんだかなあいつらは」
「さあ……喋らないから主義主張も不明ですし」
「化け物の条件みたいな感じよね。人の言葉を喋らないってやつ」
「理解不能な存在の恐怖か。確かに、背景のはっきりした悪魔よりもよほど不気味だ」
あの化け物共は、名前も分からなければ目的も分からない。
分かっていることはただ、海から現れたというその一点だけなのだ。
そういう意味では、《見識》を使っても名前すら見られなかったことは、演出面では正解なのかもしれない。
尤も、システム面を――箱庭の裏側を知っている側からすると、より不気味な存在に思えてしまうのだが。
(……まあ、イベントに採用しているぐらいなんだから、システム的にも許容された存在ではあるんだろうが)
不要なことに気を揉んでいる自覚はある。苦笑を零しつつ思考を切り上げ、俺は改めて周囲へと意識を集中させた。
辺りに広がっているのは瓦礫の街だ。残っているものは殆ど無く、未踏の地だというのに使えそうなアイテムは見当たらない。
『MT探索会』のような考察派からすればどこも宝の山なのかもしれないが、生憎と俺には興味のないものだ。
この期に及んで、悪魔以外の脅威に意識を割いている余裕はない。
「しっかし……魔物すらいませんね。石碑が生きているってわけでもないのに」
「例の騎士団長様が、周囲の魔物すら刈り取っているのかしらね?」
「だとするなら、俺たちが襲われていないことが不可解だがな」
仮にそれで出てくるのであれば、探索の邪魔をされると考えるべきか、或いは標的がさっさと出てきてくれたと喜ぶべきか。
まあクエストという形で関わってしまった以上、中途半端に情報を仕入れるだけというのは何とも締まらない。
折角ならば、良い形でクエストを完遂したいところだ。
「さて、何か見つかりそうか?」
「相変わらず、見た感じじゃ分からないわね。近付けば、あのノイズみたいなのが走るんでしょうけど」
「ある程度範囲があるとはいえ、結構近付かないと出ないからなぁ、あれは」
ぼやきつつも、大通りを東へと向けて進んでいく。
このままずっと進めばまた街の外に出て、その先は港へと向けて進んでいくことになるだろう。
そのまま真っ直ぐ誘導されればそちらへ辿り着くのかもしれないが、さてまっすぐ進むことになるのかどうか。
逆に、寄り道せずに進むと記憶を回収しきれないという可能性もある。情報が少ないという状況は面倒なものだ。
胸中で苦笑しながら足を進め――ふと、聴覚が異常を察知した。
「……これは」
「来ましたか。真っ直ぐですかね?」
「ノイズが大きい方に行ってみりゃわかる。いつでも戦えるように準備しておけよ」
餓狼丸を抜き放ち、慎重に気配を探りながら先へと進む。
どうやら、次の地点はこの大通りの先――特に、右手側に寄った位置にあるらしい。
地図で確認すると、どうやらこの先にあるランドマークの辺りからノイズが発生しているようだ。
「衛兵隊の詰所跡地か。激戦になっているかもしれんな」
「確かに、瓦礫とかも破壊の痕跡が酷いですね……」
「というか、道が塞がれてないかしら」
アリスの言う通り、大通りであるにもかかわらず、道が瓦礫によって塞がれてしまっている。
どうやら、戦いの中で周囲の建物が倒壊した結果であるらしい。
折り重なった瓦礫は、よじ登れば崩れかねないし、無理矢理に進むことは困難だろう。
まあ、飛べば容易に乗り越えられるのだが。
「あの辺りだな、行くぞ」
俺の言葉に全員が頷き、武器やスキルを準備する。
戦闘の準備が完了したことを確認し、俺たちはゆっくりとそのノイズの大元へと向けて歩き出した。
視界がちらつき、音もまたノイズの中から連続性を失い――やがて、俺たちの視界には瓦礫の山ではない光景が姿を現す。
――それは、化け物の大軍を食い止めようと奮闘する、兵士たちの姿であった。
「シリウス、奥に突っ込め! 人間を踏みつけるなよ!」
「ガァアアッ!」
尋常じゃないその数は、マトモに相手をしていられるようなものではない。
リスクも込みで、俺はシリウスへと出撃を命じた。あれだけの数が相手だとしても、シリウスならば後れを取ることはない。
まあ、あの錆びを発生させる体液については一抹の不安があるのだが、シリウスは修復もできるため問題はないだろう。
翼を羽ばたかせて跳躍したシリウスが、化け物の群れのど真ん中に突っ込んでいくのを見送りつつ、俺は戦っている兵士の合間を縫って化け物へと肉薄する。
「《ワイドレンジ》、『煌餓閃』!」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく刃を旋回させ、黒の混じった生命力の刃を押し広げる。
斬撃が効きづらいとはいえ、それでも多少はダメージを与えられるものだ。
一撃で仕留め切れなかったとはいえ、ダメージを与えつつ敵を後退させることができた。
そこに、緋真とルミナの魔法が突き刺さり、その体力を削り切りながら後方へと吹き飛ばす。
おかげで、戦線には多少の余裕を持たせることができた。
(兵士たちの声は……相変わらず、認識できんか。こいつらも、こちらの姿を認識してる割に接触はしてこないし、よく分からんな)
まあ、過去の映像に言うだけ無駄ではあるのだが。
ともあれ、彼らにはなるべく被害を出さぬよう、この化物たちを片付けたい。
戦いを長引かせれば、それだけ被害も増す可能性が高い。こいつらのことは、速攻で片をつけることにしよう。
これまでには見なかった、大型の化け物も存在している。
形状は一緒だが、純粋に大きい。シリウスほどではないが、あれ一体で建物など容易に打ち壊せることだろう。
「……ここで何があったのかは分からんが、その当時のようにはさせんさ」
小さく呟き、敵の殲滅へと意識を集中させたのだった。





