069:女王蟻
『レベルが上昇しました。ステータスポイントを割り振ってください』
『《刀》のスキルレベルが上昇しました』
『《強化魔法》のスキルレベルが上昇しました』
『《収奪の剣》のスキルレベルが上昇しました』
『《テイム》のスキルレベルが上昇しました』
『テイムモンスター《ルミナ》のレベルが上昇しました』
シェパードが合流した後、予定通り蟻の群れを殲滅する。
数が多く面倒ではあるが、既に相手にした連中だ。経験した相手であるならばそう苦労することも無い。
まあ、上位種もルークが一匹のみであったし、どうやら巣の規模としては小さめであったようだ。
それでも、雑魚に関してはかなりの数を相手にしたため、レベルアップには十分であったらしい。
この戦闘の前に猿共とも遭遇していたし、ログアウト前にそこそこ稼いでいたおかげだろう。
「相変わらず面倒な相手ですけど……でも実入りはいいですよね」
「上位種の素材と蟻酸鉱か。必要分はあるが、フィノにはいい土産だろう」
ここでしか手に入らない素材なのだから、希少度は高いだろう。
しかも、蟻の群れを相手にするのも中々大変だ。
これを安定して手に入れることは難しい。これを見たエレノアがどうするのかは――まあ、俺の考えることではないか。
まあ、条件次第では取りに来ないでもないが、流石にシェパードの《呪歌》無しでこれをやるのは勘弁してもらいたいところだ。
レベルも上がって火力も上昇してきたが、動きの鈍っていない蟻の群れを相手にするのは面倒この上ない。
まあ、エレノアの人脈を考えれば、《呪歌》の使い手ぐらいは斡旋してくれそうなものだが。
「……まあ、それは話が出てから考えることにするか」
「先生? どうかしたんですか?」
「いや、別に。大したことじゃないさ」
手に入れた蟻酸鉱を軽く投げてはキャッチしつつ、俺はぐるりと周囲を見渡す。
そして――感じた違和感に、己の視線を細めていた。
山奥の森の中、人の気配はないが、生命の気配には溢れていたはずの場所。
だが、今この周囲からは、あらゆる生物の音が消え去っていたのだ。
「…………こいつは」
「先生?」
「警戒しろ、何かがいるぞ」
手に持っていた蟻酸鉱をインベントリに放り込み、即座にスキルの構成の中から《採掘》を外す。
そのまま太刀を抜き放った俺は、周囲の気配により深く意識を集中させていた。
この無駄に敵の数が多い森の中で、生き物の気配が消えることなど普通はあり得ない。
もしも、それがあるとすれば――
「っ、上だ!」
耳に届いたのは、細かな羽音。
一瞬、あの蜂共かと思ったが、その音の質が明らかに違う。
どこか重く、重量感のある羽音。その羽ばたきの主は、空中から木々の間をこじ開けるようにしてこちらを睥睨していた。
その姿は、これまでも目にしてきた蟻共と近しい物。
だが――これまで相手にしてきた蟻共とは、その存在感が決定的に異なっていた。
その大きさは、ルークと比較してもさらに大きい。高さだけでも俺たちの倍はあるのではないかという程の巨体だった。
「でかっ!? 何ですか、あれ!?」
「飛んでる……? 羽蟻までいたんですか!?」
「いや、と言うよりは――女王蟻だろうよ」
■レギオンアント・クイーン
種別:魔物
レベル:35
状態:アクティブ
属性:土
戦闘位置:???
《識別》で見えた結果に、寒気を覚えるとともに口角を吊り上げる。
明らかな格上、久方ぶりの強敵の気配に、俺は笑みを浮かべていた。
さて、いかなる条件で出現したのかは知らないが、こいつ相手には全力で当たる他ないだろう。
女王蟻は、その半透明の翅を震わせながら着地し――威嚇するように、その翅を大きく広げていた。
そして、次の瞬間――
『キィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!』
「が――!?」
「きゃあ!?」
突如として迸った衝撃波が、俺たちを纏めて吹き飛ばしていた。
まるで、突如として台風並みの風を叩きつけられたかのような衝撃。
その勢いにはさすがに立ち続けることはできず、後方へと弾き飛ばされる。
体勢を立て直して何とか着地しつつも、HPが二割ほど削られている事実に、俺は思わず戦慄していた。
魔法ではない、不可視の攻撃。それでこの威力となると――
「ッ……俺が抑える! 緋真、ルミナ、その間に翅をなんとかしろ! シェパード、お前はなんでもいいから援護だ!」
「くっ、了解です!」
「分かりました、お父さま!」
「僕だけ適当ですね!?」
シェパードから抗議の声がかかるが、構っている余裕はない。
相手の手の内がほとんど分かっていない現状、有効な指示など出せる訳が無いのだ。
舌打ちしながらも、俺は即座に女王蟻へと向けて走り出していた。
今の衝撃波もそうだが、これまでの蟻の動きとは全く異なる行動を見せる可能性は十分にある。
まずは、相手の手の内を分析していかなければなるまい。
『シィィィ……!』
「ッ――!」
歩法――烈震。
近づく俺を視認してか、女王蟻はその上半身を持ち上げ、二本の前肢を鎌のように振り下ろしていた。
その巨体の体重が乗っている以上、流水でも受け流すことは困難だ。
それ故に、俺は前へと飛び出し、女王蟻の体の下へと潜り込んでいた。
斬法――剛の型、扇渉。
そのまま、俺はスライディングの要領で体を低く沈め、それと共に女王蟻の足へと刃を走らせる。
だが、刃越しに伝わるのは硬い感触だ。まるで金属のようなその甲殻には、軽く当てた程度の一撃ではまるで効果を発揮しなかったようだ。
舌打ちしつつも、俺は女王蟻の腹の下を潜り抜けて背後へと回り込み――その直後、光と炎が女王蟻の両翅へと襲い掛かっていた。
炸裂する衝撃に、女王蟻の意識は二人の方へと向けられる。どうやら、俺の一閃よりも今の魔法の方が有効であったようだ。
「《呪歌》――【バラード】……!」
そして直後、シェパードの奏でる竪琴の音が響き渡る。
その落ち着いたメロディは、これまでと同じように変わることなくその力を発揮し――けれど、女王蟻は変わった様子も無く、緋真の方へと向かって突撃していく。
「チッ……シェパード、その曲は効果が薄い! 別の支援に切り替えろ!」
「何なんですかこの化物は! 《呪歌》――【ヒーリングサウンド】!」
【マーチ】を利用するという手もあっただろうが、あちらは俺や緋真にはあまり効果を発揮しない。
と言うより、自らの感覚と少しずれが生じるため、むしろやり辛くなってしまうのだ。
そうであれば、持続回復を発揮する【ヒーリングサウンド】の方が有用だろう。
いつ、あの衝撃波が来るか分からないのだ。防ぐことが難しい以上、回復手段を確保しておくに越したことはない。
HPの自動回復速度が速まるのを確認しながら、俺は女王蟻を追いすがるように地を蹴っていた。
しかし、女王蟻の駆ける速度は速い。この巨体でありながら、瞬く間に緋真へと肉薄し――その衝突の瞬間、緋真は自らの足で地を蹴っていた。
斬法――柔の型、流水・浮羽。
相手の攻撃のベクトルに乗りながら衝撃を殺し、緋真は女王蟻の頭に手を付きながらその体に張り付いていた。
そしてそのまま逆立ちの体勢になった緋真は、自らの腕で体を跳ね上げる。
体を捻るようにしながら跳躍した緋真は、空中で脇構えに刀を構え――その瞬間、強い叫びと共に告げていた。
「【炎翔斬】ッ!」
直後、まるで冗談のように空中で推進力を得た緋真は、空中に赤い軌跡を描きながら更に上空へと跳ね飛ぶ。
炎を纏うその一閃は、その軌道上にあった女王蟻の翅に一筋の切れ込みを入れていた。
今のは、炎の魔導戦技か。どうやらこの女王蟻には、炎による攻撃が有効であるらしい。
空中へと跳ね飛んだ緋真は、そのまま空中でくるくると回転し――そこに飛来したルミナとチーコによって回収されていた。
咄嗟の判断だったようだが、良い決断力だ。
「済まんな、緋真。だが、ここからは出し惜しみはしない……《生命の剣》ッ!」
こちらに注意を引かせられなかったのは痛恨の極みだ。
だが、ある程度は相手の性質を理解することができた。この状況で攻める場合、どうしても緋真の方がダメージを稼ぎやすいのだ。
そうなれば、この女王蟻が狙うのは、当然高い火力を発揮する緋真の方。
恐らく、どう攻めようともそれは変わらないだろう。
「――【アイアンエッジ】!」
ならば、相手にダメージを与える役目は緋真に譲る。
俺がすべき仕事は、このデカ物の手札を削ぎ落としていくことだ。
斬法――剛の型、穿牙。
放つのは、全ての勢いを載せた刺突。
その一撃を、俺は女王蟻の後ろ足の関節に突き入れていた。
堅い外殻があろうとも、その関節の内側まで硬質では関節が曲がるわけがない。
俺の突き入れた一撃は綺麗にその関節裏に突き刺さり――その足を貫通していた。
『ギッ!?』
「ッ――――!」
そのまま、俺は即座に刃を捻り、傷を抉った上で刃を抜き取る。
そして、すぐさまその場から跳躍しつつ後退していた。直後、横薙ぎに放たれる振り向き様の薙ぎ払い。
巨体から放たれた一撃の攻撃範囲は広く、急いで後退しなければ間に合わなかっただろう。
ともあれ、今ので後ろ足の一つ、脚関節を破壊した。あの傷では体重を支え切れないだろう。
とは言え、こちらも無事というわけではない。《生命力操作》によってHP消費を増やしたため、今ので二割ほどのHPを削ってしまった。
それでも尚、関節を貫くのがギリギリだったのだから、この女王蟻の頑丈さは非常に厄介だ。
と――その直後、ふと鼻についた異臭に、俺は眉根を寄せながらその発生源へと意識を向けていた。
「な……!?」
同時、目を見開いて驚愕する。
太刀に付着したオレンジ色の液体――粘性のあるそれは、蟻の体液か。
ともあれ、それが付着した太刀が薄く煙を発していたのだ。
この刺激臭、恐らくは酸によるもの。俺は咄嗟にその液体を振るい落とし、刃を袖で拭いながら、他の蟻共から手に入れた素材のことを思い出していた。
付与されていた特殊効果は、腐食や腐食耐性といったもの。
つまりは、この酸性の体液こそがその効果の大本なのだろう。
「クソ厄介な……」
どんな効果であるのかは正確には分からないが、少なくとも武器に良い効果があるものではないだろう。
本当に酸であるとすれば、何度も受ければ太刀が使い物にならなくなってしまう。
敵が目の前にいるこの状況で、武器を失うことは避けたいが――この甲殻も含めて、剣はあまり有効ではないと言えるだろう。
であれば――
「……緋真、お前が鍵だ。とにかく攻撃を当て続けろ」
「先生はどうするつもりですか?」
「正直なところ、やりたくはなかったが――こうするさ」
嘆息した俺は、改めて念入りに太刀を拭き、それを鞘に納めていた。
そしてもう一つの武器である小太刀を抜きながらも、それを構えずに拳を握る。
俺が奴にダメージを与える必要はない。俺はただ、こいつの動きを阻害し続ければいいだけだ。
火の属性によって最も効率よくダメージを与えられる緋真をメインとして、緋真が自由に動けるように奴の動きを撹乱する。
まだ暴けていない手札もあるだろうが――武器を消耗する以上、これは必殺のタイミングまで取っておかねばなるまい。
「さて、正念場だ……油断するな、何が来るか分からんぞ」
「っ……了解です、先生」
喉を鳴らしながら頷く緋真に、こちらもまた首肯で返す。
対する女王蟻は、どうやら痛痒を与えた俺たちに対してお冠の様子だ。
尤も、それで問題はない。こちらに来てくれるならば都合のいい状況だ。
足と翅に損害を与えつつも、未だ女王蟻のHPは健在。総量から比べれば、ほんの僅かに減っている程度だろう。
未だ状況は不利であるが――それでも、俺は高揚を交えた笑みを浮かべていた。
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:26
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:23
VIT:18
INT:23
MND:18
AGI:14
DEX:14
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.26》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.18》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.17》
《MP自動回復:Lv.14》
《収奪の剣:Lv.14》
《識別:Lv.15》
《生命の剣:Lv.16》
《斬魔の剣:Lv.5》
《テイム:Lv.12》
《HP自動回復:Lv.11》
《生命力操作:Lv.8》
サブスキル:《採掘:Lv.8》
称号スキル:《妖精の祝福》
■現在SP:28
■アバター名:緋真
■性別:女
■種族:人間族
■レベル:27
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:24
VIT:17
INT:21
MND:18
AGI:16
DEX:16
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.27》
マジックスキル:《火魔法:Lv.22》
セットスキル:《闘気:Lv.17》
《スペルチャージ:Lv.16》
《火属性強化:Lv.16》
《回復適正:Lv.10》
《識別:Lv.15》
《死点撃ち:Lv.15》
《格闘:Lv.16》
《戦闘技能:Lv.16》
《走破:Lv.15》
サブスキル:《採取:Lv.7》
《採掘:Lv.10》
称号スキル:《緋の剣姫》
■現在SP:30
■モンスター名:ルミナ
■性別:メス
■種族:スプライト
■レベル:15
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:21
VIT:15
INT:30
MND:19
AGI:18
DEX:16
■スキル
ウェポンスキル:《刀》
マジックスキル:《光魔法》
スキル:《光属性強化》
《飛翔》
《魔法抵抗:大》
《物理抵抗:小》
《MP自動大回復》
《風魔法》
称号スキル:《精霊王の眷属》