677:川の仕掛けと魔物の分布
先ほどの悪魔の襲撃からしばし。
度々襲い掛かってくる魔物を撃退しながら北上を続けた俺たちは、再び一本の川に行き当たっていた。
それ自体は別に驚くことでもないのだが――
「ルミナ、それは確かか?」
「はい、間違いありません。この川には、先程のような仕掛けは施されていないようです」
「私のスキルにも何の反応もないわね……隠されているものは無さそうよ」
ルミナとアリスの断言に、思わず眉根を寄せる。
先ほど渡った川には仕掛けられていた、渡るものを感知する仕組み。
それが、この川には仕掛けられていないというのだ。
「どうしてでしょうかね? あれって侵入者を検知するためのものだし、こっちにもあっておかしくないと思うんですけど」
「その通りだ。だが、事実としてここには仕掛けられていない……なら、その理由は何だ?」
「それは――」
想像もつかないのか、緋真は言葉を詰まらせ沈黙する。
まあ、俺とてその理由は分からんし、無理もない反応であるのだが。
尤も、だからといって即座に思考を停止してしまったら意味がない。
多少なりとも考察しておけば、頭の中も整理できるというものだ。
「まずは単純に考えていい。恐らく、仕掛ける理由が無いか、仕掛けることができなかったかのどちらかだ」
「理由がないって……侵入者を検知するための仕掛けなのにですか?」
「あくまでも考察だから真に受けるなよ? つまり、あの二つの川だけで、エインセルの目的が達成できているんじゃないかっていう仮説だ」
エインセルの目的がどこにあるのかは断言できない。
しかし、この川に仕掛けが施されていない理由を“不要だったから”と仮説するならば、エインセルの目的はあの二つの川だけで達成できていると考えられる。
「下流の渡河を警戒するための仕掛けには、二つの川を利用するだけで十分だったのか。或いは――先ほど襲ってきた悪魔たちがいたであろう、森の中の拠点を護るための仕掛けだったか。もしくは、その両方か」
「……あの森の中、やっぱり調べた方がいいかしら?」
「いや、気になるが、止めておいた方がいい。今はエインセルと事を構えるわけにはいかん」
今でさえ、追っ手を撃退したことで警戒されてしまっているかもしれないのだ。
これ以上奴らを刺激するような真似はしたくはない。
「まあ、これはただの仮説だ。次の川には仕掛けられているかもしれんし、そうなったら前提は崩れるからな」
「それはそうですけどね。でも、今の話を聞くと、あの森のことが気になっちゃいますよ」
「……ちなみにだけど、“できなかったから”の場合は? 道具が足りないとか、そういう理由になりそうだけど」
アリスの疑問の言葉に、軽く肩を竦める。
確かにその場合、川に流している薬品だか何だかの量が足りなかったからだと考察できるだろう。
それはエインセル側の力不足であるため、こちらとしては一部歓迎すべきことなのだろうが――
「……致し方なく抜かしたのであれば、奴らはやりたくてもできなかったということになる。つまり、代替手段を用いてくる可能性が高いだろうな」
「ああ、つまり人員を増やしての警備ってことね」
「そうだったら面倒だ。悪魔は勿論、魔物とも戦いづらくなるからな」
そうではないことを祈りつつ、俺はセイランに合図を送って川を飛び越えた。
ここから先は、山脈が北西寄りに傾いている。
単純に北へと向かうだけならば若干の遠回りになるのだが、やはり目立たないように移動するには、このまま山脈に沿うように北へと移動していくべきだろう。
多少遠かろうと、西側にズレながら進めばエインセルの目からは逃れやすいだろう。
「……色々あったけど、思ったより進めてるわね」
「ああ、多少の遅れはあるが、いいペースだと思うぞ。山脈が途切れるところぐらいまでは今日中に何とか進みたいところだな」
徒歩であればそこまで辿り着けなかっただろうが、騎獣に乗りながらであるため進むスピードは中々だ。
特に大規模な戦闘にでも巻き込まれない限りは、山脈の北端とは言わずとも、それに近い場所までは辿り着けることだろう。
先ほどまでのトラブルも、特に足を止めることなく移動しながら対処できたのは大きかった。
「ん、何か、またちょっと雰囲気変わりましたね?」
「ふむ?」
確かに緋真の言う通り、森の雰囲気が少し変わっている。
植生が少し異なっているというのもあるが、それ以上に気配が違うのだ。
先ほどまでよりも、生命力を感じる。森の深部に入っているわけでもなく、木々の密度もそこまでではないというのに、だ。
「緋真、お前も周囲の気配には気を配っておけ。何が出てくるかは分からんぞ」
「了解です……でもまた、随分と急に雰囲気が変わりましたね」
「こういうところはゲームらしさを感じるわね。川を一つ挟んだだけで敵の出現パターンが変わるみたいな」
俺は他のゲームをやったことが無いのでイメージが湧かないのだが、アリスや緋真にとっては納得できる事象であったらしい。
そういうものだと言われてしまえばそこまでなのだが、何とも不思議な感覚だ。
ともあれ、この雰囲気の変化が魔物の出現パターンによるものであるならば、警戒と共に期待しよう。
先ほどまでとは異なる魔物と出会えるかもしれないからな。
「魔物と戦えるのはいいが、あまり拘束されないタイプでいてほしいところだな」
「効率よく倒せて、適度に強いっていうタイプならいいんですけどね」
「それって、攻撃力が高くて防御力が低いタイプの敵じゃないの? まあ、喰らわなければいい話だけど」
実際のところ、アリスの言うようなタイプが、俺たちにとっては最も戦いやすい相手であると言える。
相手の攻撃は避けるなり受け流すなりして、確実に攻撃を叩き込めばいいだけなのだから。
とはいえ、今の俺たちは相手の防御を貫く手段も豊富に持っているし、防御力が高いタイプでもそれほど困りはしないのだが。
単純に、効率よく経験値を稼げる手段というだけだ。
「レベルの高い敵を素早く効率的に処理しながら先に進む、か。確かに理想ではあるな」
「経験値も移動スピードも両方確保出来たらハッピーですしね」
さて、果たしてそう都合よく行くのかどうか。
それは、この先で待ち受けている魔物次第である程度明らかになることだろう。
木々の合間に身を隠し、じっと息を殺しながらこちらを観察している気配。
動きはないが、獲物に喰らいつかんとする殺気は容易に感じ取ることができる。
この気配には、緋真も既に気が付いているようだった。
「ルミナ、あちらだ。炙り出してやれ」
「っ、はい!」
流石にルミナは敵の気配を捉え切れていなかったのか、驚いた様子で魔力を滾らせる。
緋真にやらせても良かったのだが、流石に森の中で遠距離攻撃を放たせるのはリスクが大きい。
意図的にやらなければ燃え広がらない仕様であることは分かっているのだが、それでもせめて近接攻撃だけに留めておきたいところなのだ。
ともあれ、ルミナが放った光の玉は、魔物の頭上辺りに到達したところで衝撃となって炸裂した。
しかし、相手にも見えていたがために、それが爆ぜるよりも一瞬早く、草木の隙間からその姿を現す。
■サーベラスビースト
種別:魔物
レベル:131
状態:アクティブ
属性:地
戦闘位置:??
それは、巨大な鋭い牙を持つ四つ足の動物。
あまり該当する姿の動物に心当たりはないのだが、恐らくはサーベルタイガーをモチーフにした魔物なのだろう。
口から伸びる巨大な鋭い牙、前肢の関節部から横に生えている鋭い刃。
体の大きさはセイランよりも一回り小さい程度であるが、それなりに小回りは利きそうな身軽な動きだ。
「ネコ科の肉食獣か。全員、油断するなよ」
周囲の気配を探っても、他にこちらを狙っている存在は察知できない。
恐らくは群れではなく、単体で行動している魔物ということだろう。
つまり、個としての戦闘能力はそれなりに高いものであると見積もった方がいい。
俺はセイランの背中から飛び降りつつ、餓狼丸を抜き放って構えた。
さて、ここから先に出現する魔物の強さ、まずは実際に体験してみることとしよう。